ロリ殺ニンジャー

その1

 朝、交番勤務終了間際、一番眠い時間帯、それでも事件は待ってくれない。


 通報は駅から、痴漢発生、容疑者は確保してあると無線が入った。


 本来ならば生活安全課の仕事だが、あちらはあちらで忙しく手が離せないとのこと、だからとりあえず現場に行って、事情聴取のフリをして、時間を稼げとのご命令だった。


 要するに下っ端は下っ端の仕事だけをして出しゃばるなと、いつもの通りだった。


 ミント菓子をガシガシ噛み砕きながら駅に到着、朝のラッシュの中を分け入りながら券売機の裏側、駅員室へ、通され入るや否やその光景に眠気も吹き飛んだ。


 学校の職員室を連想させる細々散らかった室内、並ぶ椅子と机の手前で出迎えたのは三人だった。


 一番手前で出迎えた一人は若い駅員だった。


 色白で細身、見るからに苛立って立ってる体を派手に揺らす貧乏ゆすりの最中だった。


 その左側、机より引き出された簡素なパイプ椅子に腰をかけているのはメガネの中年男性だった。


 スーツにネクタイ、正しくサラリーマン、悲しいかな年齢は俺と同じぐらい、中年太りで髪の毛薄く、前屈みの姿勢で顔は高揚していて額には脂汗をたらしていた。


 そして問題のもう一人は一番奥、来客用らしい小さめのソファーに座っているのは少女だった。


 肩まで伸ばした髪が茶色く縮れているのは若者ッポイがその実年齢は低学年だろう。どこかの学校の制服姿で、前に抱えた青空色のランドセルに顔を埋め、グズリグズリと泣いていた。


 朝からヘビーすぎる状況に、思わず愚痴りたくなる。


 子供に対する卑劣な性犯罪、許せるわけがない。


 その被害者の子供と加害者らしき大人を、駅員同伴とは言え同じ部屋に入れておくことは間違いなく悪手だ。


 だが、そんなことがどうでもいいほどにヤバいとわかっているのは俺だけだった。


「じゃ後よろしく」


「え? いやちょっと」


「聞いてくださいお巡りさん!」


 挨拶すらなくさっさと立ち去ろうとする駅員、それに驚きつつ止めようとする俺を止めたのは立ち上がった中年サラリーマンだった。


「これは誤解なんです! そう冤罪! 私は何もやましいことなどしていません!」


 やたらとデカくて腹に響く声、これに答える前に駅員は部屋を出ていってしまう。残された俺へ、サラリーマンはズイズイ近づき拳を振るって熱弁してきやがる。


「確かに! 目線は送ってしまいました! しかしそれは決して邪な考えからではありません! ただ小さな子供が! 通勤ラッシュに揉まれ! 頑張る姿に感動していたのです! 私が子供の頃は電車なんて特別な時にしか乗れないものでした! それが大人になって毎日乗るようになって改めて大人の凄さを感じたものです! それを! このような! 子供に!」


 やたらと圧をかけてグイグイくる。


 しかも内容はどうでもいい自己弁論もどき、こんなのに付き合う暇はない。


「いいですか」


「もちろん! そんな子供に欲情などしませんよ! 触れようとも思わない! その揺れるスカートだとか! 湿った頸だとか! 小さくピンクな唇だとか! そんなものに欲情する変態ではありません! ただあの混雑具合! 図らずも体のどこかに体のどこかが触れてしまったのかもしれません! それを! 幼さゆえに! 勘違いしてしまったのでしょう! それで泣いちゃった! そうですよね! ね! ね! そうだよね!」


 強すぎる「ね!」の連呼に少女はビクリを体を震わせ、より一層ランドセルに顔をめり込ませる。


 被害者への過剰な圧力、興奮状態から多弁になっている様子、強引で周囲を顧みない感じ、心象的には完全に黒だった。


 だったらは必ず来る。


 それももうすぐそこまでと、俺の直感は言っている。


 手遅れ、もう始まっている修羅場、俺は臨戦対戦に入るため、腰から特殊警棒を右手に、ニューナンブを左手に、引き抜き構えると、流石の中年男も口を閉じる。


「‥‥脅し、ですか?」


 だが長続きしなかった。


「私を勝手に加害者と決めつけて! それで脅しですか! 暴力ですか! これが国家権力のやり方ですか! それでもあなたは正義の味方のつもりですか! 税金で食わせてもらってるくせに!」


「うるさい死にたくなければ静かにしろ!」


 集中力を乱された苛立ちと何もわかってない苛立ちから思わず声を荒げてしまう俺、だが中年男は怯まない。


「ならば撃てばいいでしょ! 殴ればいいでしょ! ほら! そこの少女が見ている目の前で! 私を撃ち殺しなさい! そうすれば自分が何をしでかしたのか! この少女は生涯忘れないでしょう! さぁ!」


 やたらと両手をバタバタさせながらもちゃっかり銃の射線の先に少女を持ってくる狡猾さ、このまま放っておいたら本番で邪魔をしかねない。ならいっそう、予め足を折っとくか?


 思う間に時間が切れた。


 カラン。


 背後、ドアの開く音、人の入ってくる気配、俺は反射で振り向き銃口を向けた。


 カパン!


 乾いた音、反動、だけども俺は発砲していない。


 向けた銃口にスッポリと、黒光するクナイが捩じ込まれていた。


「アンブッシュは挨拶の間だけ許される。そんなことも知らないとは、ニワカが」


 俳句を読むような口調で入ってきたのは、見覚えのあるヤバいやつ、黒ずくめの忍者だった。

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