その3
「男社会の警察組織の中で、私のような女が署長をやっていくのには相応の苦労があるのだよ氷河君」
「はっ」
「上のものからは見下され、下のものからは軽んじられる。同じ不祥事でもそこに『これだから女は』と付けられる」
「はっ」
「それでも君を庇うのは、君が優秀だと知っているからだ。そうだろう?」
「自分は、そうあろうと努力しております」
「その結果が今回の一件、行方不明だった二十八人の身柄の保護に成功、ただし君が証言する屋台も、のっぺらぼうも、発砲した弾丸も未発見、また迷宮入りが一つ増えてしまったが、本題はそこではない。これで……何人目だね? 君とコンビを組んだ警察官が戦線離脱を余儀なくされるのは?」
「はっ。六人目であります」
「違うだろ? 君の言うその中で、二番目は初めから存在していない。書類も、同僚の記憶からも、一才存在していない架空の人物だ、と言ったところで素直に納得できるにであれば、君は初めからここにはいないだろう」
「はっ」
「先に言っておくが、今回の件で君への懲罰はない。同時にお手柄ともならない。いつも通りの処理だ」
「はっ」
「この決定に納得のいかないものも多いが…‥二十八人だ。君の発砲で見つかった行方不明、それだけの人数が、君が言うにはラーメン屋台に、囚われていた。普通ならば大事件だ。だが報道されていない。何故だ?」
「はっ。その程度の行方不明など、ここでは撮るに足らない事件だから、であります」
「語弊はあるが、概ね君の言う通りだ。衰弱事件も、被害者が見つかったから一時話題になった。しかし扱いは三面記事、ニュースでも最後の方にちょろりとやる程度だ。今回以上の大事件、未解決事件、不可解な現象が頻発している。それも増加傾向だったのを、君が来てくれてから半減にまで抑えられるようになった。そのことに関しては、感謝している」
「はっ」
「だがね…‥一つだけ聞かせて欲しい」
「はっ」
「君は、あの後輩を事件解決に利用したんじゃないかね?」
「署長!」
「すまない。失言だった。ただ署内に不安が広がっているのも事実だ。慢性的な人員不足もある。だから懲罰ではないが、当分君は一人で行動してもらうことになる。いいね?」
「はっ」
「以上だ。行っていい」
「署長。一つだけ、宜しいでしょうか?」
「後輩のことかね? 言った通り戦線離脱だ。栄養失調は軽微だったが、他の被害者と同様に精神面に問題が見られる。医者の診察も監察官の聴取にも家族の面会でも、ひたすらラーメンのことしか話題にしない。意思疎通ができているように見えてできていない状況だ。しかも出されたお粥をぶちまけて暴れたらしい。うどんを出して落ち着かせたが、警察官どこか日常生活も危ぶまれる状態だと聞いている」
「……そう、ですか」
「……伝言だ。直ったらどこか美味しいラーメン奢って欲しいと、少なくとも恨み節はなかったよ」
「それは……ありがとうございます」
「わかったら行きたまえ。事件はまだまだ山積みなんだ。職務を果たせ」
「はっ!ー」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます