加害
水
加害
作品名 加害
人を刺した。深くはないように感じたが、人を刺した経験がないのでその傷が父を死に至らせるかはわからない。しかし、決して軽い傷ではないように感じられる。刺した、と表現するより、切りつけたと表現するのが正しいのかもしれない。そんなことはどうでもいいことだ。とにかく、怒りを包丁に乗せ、人間を傷つけた。
人を刺した経験こそなかったが、人を傷つけることは何度もあった。肉体と精神、どちらもだった。だが、他人を傷つけることは自分にとって不利益なことが多かったのでやめざるを得なかったが、家族には違った。 不利益とは、嫌われることだ。俺は、自分の気持ちには人一倍敏感で、嫌われることを恐れていた。他人を気付つけると、嫌われる。それが嫌だった。しかし、家族は俺を嫌うことはない。だから俺は家族を傷つけた。傷つけたくなかった。たとえ嫌われないとしても、愛をそんな形で返すことをしたくはなかった。
親には愛されていると思う。ただ愛が自分を救うわけではなかった。こんなことは言い訳に過ぎないかもしれないが。
あるいは親の愛だけでは足りなかったのかもしれない。だが、他人から愛を得る能力はなく、愛を信用することもできなかった。欲の入り混じった愛を受け入れてくれる人が欲しかった。愛を得るために、人とのかかわりを求めた。そのたびに、人を傷つけた。意図的に傷つけることもあったし、無意識に傷つけることもあった。自分の弱さをごまかすために、相手の弱さを見つけ、そこを突き、悦に浸っていた。その性質は隠そうとしても、無意識に表れることが多々あった。自分の本質は、人を傷つけるような形をしていることに気付いた。
どうするのが正しかっただろうか、それを考えない日はない。父を刺したことだけではなく、人生すべてにおいてだ。
いつも何かに衝動をぶつけることで気を保っていた。最初はゲームから始まり、大人になるにつれ、もっと直接的に衝動を抑えられるようなものに頼るようになった。本質的には変わらないが、薬や酒などは、与える不利益が多かった。感情を抑えられなくなり、俺本来の加害的な性質が解放されることが多々あった。他人からだけでなく、自分も自分のことを信用できなくなった。何かから解放されるためにしていたことが、余計に自分を抑圧するようになっていた。若いころはこの日々からの脱却を図っていたが、そのために行っていたことがうまくいくことはなかった。そして、だんだんと自棄になっていった。自棄になっていても、どうなっても、人生は続く。
父を刺した後、様々な考えが脳裏に浮かんだ。刺した理由は、わからない。わからないこともないが、考えられない。すべてがぼんやりとして見える。
母が泣いている。サイレンの音が鳴り響く。記憶が飛ぶ。
加害 水 @eim1
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