Chapter-4・停電の妄想

ガシャン、とグラスが落ちる音がした。足元に水がかかる感触がする。

店のあちこちから食器や人のぶつかる音がする。幸い停電は一分ほどで復旧したが、店の中は軽い惨事になっていた。

「フラグ回収、乙……」

「……見事だったな」

上を向いてつぶやく竜吾に燐が返す。みのりはちょこんと席に座ったままだったが、有紗の姿がない。

「そうだ、あいつは?浦瀬」

「あぁ、有紗ならどうせ店の外まで逃げたとかだろう」

そう話していると、店の外から有紗が顔を出した。

「ごめーん、びっくりして逃げちゃった」

えへへ、と頭をかきながら有紗が席に戻ってくる。店員に割れたグラスを片付けてもらい、四人はまた話を再開した。

「それにしてもすごかったですねー」

「フラグ回収が?」

「ううん、ゲームです」

みのりが肩をすくめる。

「やっぱり『予知ゲーム』ってやつなんじゃないんですか、すごいですよね」

この四人、とはいえゲーム内に有紗はいなかったが、少なくとも現実における四人がゲームを通して出会った瞬間にパソコンが落ちる。そして、出会った瞬間ではなくとも出会ってから割と時間の経たないうちに停電が起こる。微妙ではあるなら確かに例のゲームが予知ゲームであるという噂の信憑性を高めるには十分すぎる出来事だった。

「やっぱり、噂は本当だったのね!」

怖がりな有紗が嬉々として言う。散々怖がっていたくせに自ら首を突っ込みに行くスタイルは相変わらずだ。

「確かに、信じるに値はするな」

「実証、されちゃいましたねー」

「で、このあとどうするんだ」

四人はしばらく顔を見合わせた。

「いやいやいや、まだ本題話してすらねーだろ」

「本題……あぁ」

そういえば本題はゲームのキャラクターについてだった。予知の話ですっかり忘れてしまっていた。

「それにしても、覚えてる限りだと本当にそっくりさんですよねー」

みのりが呑気に言う。しかし、その通りだ。実際に会って脳内のキャラクターと見比べてみたが、不気味なほどに雰囲気が似ている。服も、合わせてきたわけではないのに今日着ていた服とほぼ同じデザインのドット絵だったことを思い出す。

「ね、服も、髪も同じ」

「いくら二頭身のドット絵で情報量が少ないとはいえ、似すぎじゃね?」

本題が、終わった。有紗がグラスの底の方に残った僅かな水を飲もうとする虚しい音だけが響く。

「こら有紗、それもう無いだろ」

「まだあるわよ……地味に、少し」

「意地汚いぞ」

その音すらも聞こえなくなってから数十秒。竜吾が手を叩いて立ち上がる。

「ぼ、僕は新発売のゲームを買いに行くと言う用事があるから、ここで失礼する」

「お前はこのゲームよりゲームの方が……ええいわかりづらい、フラッシュゲームより新発売のゲームの方が大切だと言うのか?」

「そうに決まってんだろjk」

そう言い放つと竜吾は席を立つ。新発売のゲームも嘘ではないだろうが、単に沈黙に耐えられなくなって逃げたいだけなのだろう。

「んー、新しいゲームは密林でお取り寄せすればいいし、こっち優先だと思いますよー」

そう言ってみのりが立ち上がった竜吾の腕を引っ張る。全体重をかけて引かれたその力に屈した竜吾はすごすごと席に戻り座る。突っ伏したままの恨み言が虚しく聞こえた。

「だって密林は届くの遅いしスレはネタバレ大杉ワロスだしその間にネタバレ食らいますた☆とかそれこそマジクソだし買いに行けないならせめて今すぐお手元にデリバリー!ぐらいやってくれなきゃ僕は絶対に納得しないぞjkコノヤロウ……」

明らかにドラゴファイアだとわかるその呟きに、一同は軽くため息をついた。

「天から降ってきたり誰かが落としたりしねぇかな……」



「うおっ!」

数分後。無言のまま重い空気の流れる四人の席の前で、見知らぬ男が転んだ。転んだ表紙に手に持っていた紙袋から大量のゲームのパッケージが溢れる。

「んだよ、うるせぇな……ん?」

鬱陶しげに視線を落とした竜吾が固まる。視線の先には散乱したゲームのパッケージ。男が必死にかき集めてるそれは、すべて同じパッケージのゲームだった。竜吾に倣ってそちらに視線を向けた燐が呟く。

「もしかして、お前」

「てめぇ転売ヤーか!」

言葉を遮られ、不服そうな顔をする燐をよそに竜吾が男に指を突きつける。男は一度竜吾を睨むと視線を床に戻し、ゲームを集める作業へと戻った。竜吾はそれに構わず言葉を続ける。

「この僕の前で転売用のゲームを広げるとは、てめぇいい度胸してんじゃねぇか!」

「別にりゅーくんはそんな偉くもないし、この人も好きでぶちまけたんじゃないと思いますよー」

あたりに響く大声で怒鳴る竜吾にみのりが冷たく言い放つ。

「でーも、みぃも転売は悪いことだと思いますよー」

その冷たい笑顔を、男に向ける。二人から敵意を向けられた男はようやく顔をしっかりと上げた。

「有紗、行くぞ」

「へ、どこに?」

「売ってた店だ。顔を教えれば出禁くらいにはなるだろ」

それは困る、と男が燐の方を見る。燐はそれに構わずすたすたと歩き出そうとする。

「どうか、どうかそれだけは」

「じゃあ、お店に返さないといけませんねー?」

みのりが一歩詰め寄る。男が一歩下がる。みのりが二歩詰め寄る。男は下がろうとして、壁にぶつかった。その隙に竜吾が男の腕を掴んだ。みのりが反対側のサイドを固める。

「反省したらお店にゴー!です。きちんと訳を話して返しなさい」

みのりが可愛らしくジェスチャーをするが、その細められた目は冷たく男を捉えていた。男は項垂れると、二人に連行されて店まで連れて行かれた。



「なんかすごい騒ぎだったわね」

「そうだな」

結局二人と男を見送り席に戻った燐と有紗が呟く。座ったところで足に何かが当たった。机の下に潜って見てみれば、それは男が拾い損ねたゲームだった。

「何それ、落ちてたの?」

「ああ、大方拾い忘れだろう」

そう言って軽くゴミを払うと燐はそれを机の上に置いた。

燐の思考は十分程前、竜吾が恨み言を吐いていたところまで戻る。彼は大体「今すぐなんらかの方法で手元にゲームが来ないかな」「天から降ってくるとか」「誰かが落とすとか」と呟いていた。大抵において実現不可能なそんな文句が、今叶ったのだ。

「偶然……だよな、さすがに」

竜吾まで予知ゲームならぬ予知人間になるなんてあり得ない。そう考えつつ、燐は机上のパッケージを眺めた。

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妄想無敵のメガロマニアReBoot 巡屋 明日奈 @mirror-canon27

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