これは「失楽」の物語 3
狼は図書館を抜けなぜか開いてる玄関を抜け、気が付くとあっという間に野外に出ていた。
狼は外に出ると同時に止まり、それを確認したメイジが背から降りる。
「ここは天界の中でも最北端に近い。北に世界樹があって、世界の中央には大天使が色々なことを話し合う場所である中央裁議会と全世界を管理し護る世界管理局って場所がある。中央から東に行くと天界に入るための門が。南に行くと診療所、西に行くと天界立大天使学院がある。」
メイジは狼の毛の中をごそごそして、一つの巻物を取り出す。広げるとそれは天界の地図だった。世界樹と、大図書館。それ以外の場所は真っ白で何も書かれていなかったけど、メイジが「大体この辺りだよ!」と指を指して教えてくれる。
「さて、私たちが世界を元通りにするためにはまずこの地図を完成させる。つまり今言った世界樹と大図書館以外の全ての場所を取り戻さないといけないんだけど、クロエちゃんならどこから攻めるかな?」
どこから取り戻すか、それはつまり最北から東西南と、中央のどこから攻めるかということだろうか。
話を聞いた感じ、中央の施設の重要度は高そうだ。世界管理局ってところにはもしかしたら失われた世界の情報があるかもしれないし、中央裁議会…は何をする場所か分からないけれど、名前からして重要度が高そうな場所っぽい。
でも…。
「西か…東。」
それを聞いたメイジの目が丸くなる。
「中央の優先度は高そうだけど、東西南が敵側に堕とされている以上囲まれて全滅するリスクが高い。その点西か東に行けば援軍が中央か南側からしか来ない。増援のことも考えると天界の門、東の方を攻めるのがいいかも。」
拍手の音が聞こえ、地図から頭を上げるとメイジが拍手をしていた。
「クロエちゃんすごい!大体正解だよ!いきなり中央は危険度が高い。大正解だけど、東か西かなら正解は西。学院からが正解かな。」
メイジは地図を見ながら言う。
「実はね。どこから攻めるとか、敵の増援とか言ってるけど、敵の正体、まだよく分かってないんだよね。」
はい?今ありえない言葉が聞こえたぞ?
「敵は天界を堕として世界を壊そうとしている。それは分かってるんだけど、肝心の敵の正体よく分からないの。そんな敵が天界の大門を支配しててさ。よく分からない敵が天界の外から攻めてくるリスクが東側にはあるってわけ。西側を取り戻せば、その影響で大門から入ってくる増援の影響も限りなく少ないし、学院の天使たちの力も借りられる。私たちの戦力が人間七人と限られている以上、こうしないと勝てないってこと。」
「敵の正体が分からないって…あと戦力が人間七人?大天使たちは…?」
「はーいその辺の疑問は一つ一つ解決していこうか。一つ目、敵の正体について。今、私とクロエちゃん、マシロちゃん以外の四人の子たちと世界樹の大天使が学院の調査に行ってくれてるの。今は調査結果待ちってこと。二つ目、大天使は極力、戦わない。大天使不在の間に世界樹や大図書館を滅ぼされたら一気に不利になるから。それに、世界を消している敵さんにその世界の住人は対抗できない。例外は特異点だけど、特異点は人間からしか生まれないらしくて、天使たちは天使であるがゆえに特異点を持たないから敵さんを倒せない。できるのは私たちのサポート役。」
「…それでよく持ちこたえたなあ。」
「まあ天使たちも人外ではあるからね。人間たちしかいないって世界よりかは抵抗できたんじゃないかな。あと西が堕ちた少し後に私がこの世界に来たから、そう。」
メイジは一拍置いてどや顔を決める。
「私って強いんだよ!」
「はいはい。それで、世界樹は。今は天使がいない状態じゃないんですか?」
「ん?いない間は私が護ってる。私は強いからね!」
今度は狼もどや顔をして胸を張る。この人が強い。つまりそれは、こんな見た目ポメラリアンの自称狼が強いということで…。
「複雑だなあ。」
「難しかった?ごめんね分かりにくくって。」
とはいえ、やることは分かった。
私はそ準備期間に特異点の力を進化させて、敵の正体が分かり次第西側の学院を取り戻す。そうすれば学院の天使たちは解放されて、そこを管理する大天使…も…。
「そういえば、学院を管理している大天使はどうなるんです?」
「わかんない!」
今日一元気な声でわかりやすい説明だ。どうしてくれようかこの人。
「可能性は二つかな。一つは施設内のどこかに監禁か封印。もう一つは敵側として私たちと戦うことになる。」
「戦うって、味方ですよね?」
「クロエちゃん。クロエちゃんは堕天って言葉を知っているかな?」
「堕天?」
「天使が闇側に堕ちること。」
風が吹く。まるでメイジの言葉を吹き流すように。
「考え得る中で最悪のパターン。天使は皆人外の力を持っているんだ、大天使と言ったらなおさら。もしそうなったら、クロエちゃんマシロちゃんを含まない現状の戦力だと、多分一人か二人は死ぬかもね。特に私みたいな、能力で自分を強化できない人間なんかは恰好の的だよねえ。おおかみちゃんがいなかったら私は13歳の普通の少女だよ。」
メイジは笑う。
「怖くないんですか。」
無意識のうちに、そんな言葉が零れた。
「死ぬことが。戦うことが。私は、」
「私は一度死んだ人間だよ。」
私よりも身長の高いメイジは私の目の前に立ち、私の目線までしゃがむと頭をぽんぽんと撫でてくれる。
「特異点じゃなければ自分の世界を取り戻すチャンスなんて与えられず、ただ消えるだけだった。私はこのチャンスを逃さないように必死になって生きるつもりだよ。クロエちゃんはどう?」
私は…。
いや、私にもある。生きる理由が。
私が頷くと、にっこり笑って抱きしめられる。
「ん、あればいいんだよ。叶うといいな。クロエちゃんみたいないい子の願い、叶わないなんてことはないよ。」
これが、年上の貫禄か。精神的にも身体的にも完敗だ…。
私が抱きしめられていると、玄関を閉めに来たマシロと目が合う。マシロは私に手を振り、一緒にいるメイジを…見て…。
「あー!」
こちらに向かって走ってくるマシロ。一体何だというのか。
「クロエちゃんだけずるい!私もメイジちゃんと仲良くしたいのに!」
さっきからメイジの話には出ていたけど、いつの間にこの二人は出会っていたのか。
というか先輩をちゃん呼びか、すごいなこの子。
「おいで~マシロちゃん!はい、ぎゅ~!」
マシロはメイジの胸に飛び込んで抱きしめあう。
「…適わないな。」
「ん?クロエちゃんもどうぞ。はい、ぎゅ~」
マシロと一緒に抱きしめられる。なんというかこの感じ、どこかで感じたような…。
ま、いいか。
「メイジ先輩。教えてください。特異点の力を進化させる方法を。」
先輩は信用に足る人物。今までの会話からそう感じ、この世界の先輩ということで先輩呼びをしようと思ったのだけど、当の本人は突然の先輩呼びにニマニマしだした。
「ほ~?先輩か。私は呼び捨てでもなんでもいいんだけどな?」
「先輩です。メイジ先輩。よろしくお願いします。」
私が頭を下げると、横からマシロが顔を出す。
「クロエちゃん!私は私は?」
「マシロ。」
「もっとあるじゃん!マシロちゃんとかしろっちとか!」
「そんなこと言われても。先輩じゃないし、あだ名で呼ぶほど親しくもないし。名前の後ろに何もなくても私はあなたのことが大好きよ。ね、マシロ。」
「大好きならいいか…?でもでもクロエちゃん、名前だけだと不愛想だよ!」
「そんなことないよマシロ、これからもよろしくね。」
「ねえねえクロエちゃん、私のことは?」
「メイジ先輩。」
「クロエちゃん!」
マシロにぽかぽか叩かれながら、私は笑う。
なんというかこの世界に来て、初めて心から笑えたと思う。
風は止み、太陽が私たちを照らした。
なにがあっても、きっとこの三人なら大丈夫。
根拠なく、そう思った。
これは「逆転」の物語~This is a story of reversal~ よぞら @tamamo0614
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