これは「失楽」の物語 2
「使命?」
「キミ自身の世界を取り戻す方法は、ボーっと願う以外にも方法があるってことだよ。」
そう言って一冊の本を私に差し出す。
本を受け取る。題名はなく、表紙には簡素な加工が施されている。
中身を見ると、何も書かれていない真っ白なページがひたすら続いていた。まるで出来立ての紙をそのまま綴じて本の形にしましたというレベルで何も書かれていない。
「なんですかこれ?」
「今は失われた、とある世界の全てが記された本。不思議だね。世界の外郭はこうして残っているのに中身が見当たらない。
ぽかんとする私の手から本を取り、大切そうに本棚に仕舞って、もう一冊本を差し出す。表紙に記されたタイトルは天界全歴。
「表紙の通りだよ。この世界天界の全てを記した本。読んでごらん。」
言われるがままに本を開くと、案の定真っ白なページ。それが数百ページも続く。
パラパラとページをめくっていくと、後ろの数十ページに天界大図書館と世界樹の説明。そしてそれを守護する二人の大天使の名前と、この世界に住む七人の人間の名前。
「昔々天界には、図書館…この建物と世界樹の他に五人の大天使と天使が護り管理する施設があったのさ。もちろん、それらは全歴にも記載されていた。私が何を言いたいのか、分かるかな?」
世界を記した本の内容の消滅。
天界の天使・施設の消滅と、天界全歴の関連情報の消滅。
少しの思考の末、私は一つの結論を導き出した。
「天界も、今まさに消えようとしている最中…。」
「大正解。天使たちの、文字通り必死の抵抗で大図書館と世界樹は持ちこたえてはいるけどここも決して安全ではないし、大図書館が堕ちたら世界樹が堕ちるのも時間の問題。天界が堕ちたら、私たちが管理していたあらゆる世界も終わりを迎える。」
天界全歴を本棚に仕舞って、ウリエル様の瞳に私が映る。
「人間の、年端もいかない少女にこんなことを頼むのは気が引ける。だけど、キミたちに頼るしか世界を救うことはできない。再び頼む。天界を、全ての世界を救うために協力してはくれないかい?」
そう言って、深く頭を下げる。
「さっき会話に出した通り、かつてはここ天界大図書館と世界樹、それと同等の施設が五つあった。それら全て取り返せば、天界の力で全世界を元通りにできるはずなんだ。本から抜かれた物語をもう一度本の中に戻す方法は存在する。物語の作者がもう一度同じ話を作るか、抜かれた物語を取り返せばいい。しかし物語の作者は存在しない。世界の創造主は既にいないから。だから…。」
「抜かれた物語を取り返す?」
私の言葉に、ウリエル様はこくりとうなずいた。
「いやでも待ってください。取り返すって言い方だと、まるで。」
「世界を奪った犯人は天界にいる。それも、失われた五つの施設の跡地に。」
「はい?」
「
世界が消えた原因は天災ではなく、悪意のある何者かの仕業だったと。
それを聞いた私は不思議な感情を抱いていた。世界を消されたことに対する怒り?悲しみ?いや、そんな物ではない気がする。
消えてしまった大切な人を探し出す、それが私の目標であり生きる理由。そんな私が他人のために戦い、命を賭して世界を救うことができるだろうか。
その瞬間、この感情を理解した。
これは不安の感情だ。
「…お話は理解しました。しかし、私はただの人間。世界を救う能力なんて無いのでは?」
私は残念ながら普通の人間。なんなら普通の少女よりも非力な方かもしれない。同年代くらいであろうマシロよりも小柄だし。
そんな私の疑問に、ウリエル様は答える。
「人間はね、時にすごい能力を持っていることがある。その能力のおかげで、キミは住んでいた世界を失っても存在が消えずに天界に流れ着いたんだ。」
「そんな能力が、私に?」
「そうだよ。能力の名は特異点。自分の住む世界という枠組みで縛られずにあらゆる世界で存在ができる能力。特異点が世界と世界を行き来する度、この能力は進化する。進化の過程で特異点の能力は異能力となって自分の武器になるんだ。キミもマシロも、天界に存在出来ている人間は全員この能力を持っているし、最近来たキミとマシロ以外の五人の少女は特異点の能力が進化した異能で戦っている。見てもらった方が理解が早いかもね。おいで!メイジ!」
大図書館の扉が音を立てて開かれる。振り向くと、扉の前に立っていたのは…。
「犬?」
毛がもっふもふな犬が、へっへっと息を立てておすわりをしている。
いやまさかね?この犬がそんなわけ…。
「紹介しよう、彼女が天界に住む人間の少女の一人。メイジちゃんだ。」
どうやらそんなわけあったらしい。
「いや、犬なんですけど。」
「む、犬だってメスなら少女であることには変わりあるまい。」
「…何が出来るんです?犬に。」
「お、それはわんこのことを舐めている、そう捉えても構わないかな?」
「言った、わんこって言った!やっぱりかわいいだけの犬なんですね?」
まさか天界の人間の一人が犬だったなんて…ん?人間?
この人さっきまで、というか天界全歴にも、犬の記載はなかったはずだけど…?
何を信じて良いのか分からず思案していると、聞いたことのない少女の声が響く。
「あ!おおかみちゃん、やっと見つけたよ!こらあ!勝手に走って行っちゃダメでしょ!」
ぱたぱたと階段を上がってくる音。少しして赤い頭巾を被った女の子が現れた。
まあそんなことは今の私にはどうでもいい。今聞き捨てならない言葉が聞こえた気がする。
「おおかみ…狼?!これが?!」
「冗談はさておき、紹介しよう。赤い頭巾の彼女の名前はメイジ。そしてあのおおかみこそが彼女の、特異点の能力が進化した姿。その名も…!」
ウリエル様は大きく息を吸って、力強く叫ぶ。
「おおかみちゃんだ!!!」
「犬ですよねあれ?!」
「犬じゃないよ?!」
「わふっ!」
四者四様。いや犬を四者に入れていいのかは分からないけど。
メイジと呼ばれた少女は狼?を抱っこして私に近づく。
「確かに毛並みはもっふもふだし、瞳はくりくりで可愛らしいけど犬ではないよ。おおかみちゃんだよ。」
「いや、狼ってもっと。」
目元は凛々しく、狙った獲物は逃がさない仕事人。それが私の中の狼のイメージだ。それがなんだろう。この狼は、ポメラリアンというか、毛玉というか。
「おおかみちゃん、いざという時はかっこいいんだよ!」
ほう?
「目元は凛々しいし!」
うん?
「狙った獲物は逃がさないし!」
うん。
「私のことは絶対守ってくれるの!」
うーん…。特徴だけ聞いてると狼なんだけどなあ。実物が、その。ポメラリアンなんだよな…。
「あ、自己紹介がまだだったね。初めまして!私の名前はメイジ。私もあなたと同じ、自分の世界が無くなってここに来た人間。こっちはおおかみちゃん。私のお友達で、私のことを守ってくれるいい子!あなたのお名前は?」
「…クロエ。」
「クロエちゃんか!よろしくねクロエちゃん!」
そう言って手を取り、ぶんぶん振られる。この感覚は憶えがある。
この人あれだ。マシロタイプだな?
「はい、よろしくおねがいします。」
「メイジは人間たちの中でも最古参の子だからね。いろいろ教わるといい。」
耳を疑うセリフ。え、この人が最古参?
「あ、その顔は信じてないな~?連れていけおおかみちゃん!」
「えっちょっ!」
狼がぼんっと大きくなり、メイジが狼の背に私のことを乗せる。そして自分は背に座ると、すごい速度で走り出した。
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