コミュ障すぎて会話するだけでMPが尽きる最強ヒーラー〜追放されたけど、うるさい陽キャ剣士と組んで旅に出ます〜

第130話 アヴァロンの暮らし（後編）

「とりあえず……三日後まで、ゆっくり街を案内させてもらってもいいかしら？」

　マーリンの謎（なぞ）めいた映像に引っかかりを覚えた様子ながら、エリスがそう提案する。

　手にしたタブレットの端（はし）をトントンと叩（たた）きながら。

　頭上では透明（とうめい）な天井（てんじょう）を通して、銀色のドローンが行（ゆ）き交（か）う姿が見えた。

「でもその前に……。服を変えたほうがいいわね。二人（ふたり）の服は目立ちすぎるもの」

　エリスは私（わたし）たちの姿を見る。鎧（よろい）に剣（けん）、そしてローブ。この世界ではかなりの違和感（いわかん）があるのだろう。

　通りを行（い）き交（か）う人々は皆（みな）、光沢（こうたく）のある素材で作られた洗練された服を着ている。

　中には服自体が光を放っているように見えるものもあった。

「いいねぇ！　買い物！　この世界の服、可愛（かわい）いし！」

「ええ。ほら、そこの建物に服飾店（ふくしょくてん）があるの。行ってみましょう」

　エリスに案内された建物は、外壁（がいへき）が大きな窓になっていた。

　その窓ガラスは、触（ふ）れると僅（わず）かに色が変化する不思議な素材でできている。

　中では様々な服が、まるで宙に浮（う）いているように陳列（ちんれつ）されている。

　建物の上部には店名が光の文字で浮（う）かび上（あ）がり、時折色を変えながら輝（かがや）いていた。

「へぇー……なんか、浮（う）いてるみたいだね」

「ホログラムっていう技術よ。実物は奥（おく）にあるの」

　店内に入ると、やはり外と同じように清潔感のある白を基調とした内装。

　でも、壁（かべ）の装飾（そうしょく）や調度品にはアンティークな……というか、私（わたし）たちの世界の雰囲気（ふんいき）も感じられた。

　天井（てんじょう）からは柔（やわ）らかな光が降り注ぎ、床（ゆか）には細かな模様が描（えが）かれている。

　その模様は足音に反応して、かすかに色を変える。

　中には数人の客がいて、半透明（はんとうめい）の映像を操作しながら、服を選んでいる。

　映像の中の服は、まるで本物のように布地が揺（ゆ）れ、光の加減で色が変化していく。

「まずはサイズを測りましょう」

　エリスは私（わたし）たちを、大きな鏡のような場所へ案内した。

　その周りには細かな装置が並び、時折青い光が点滅（てんめつ）している。

「これ、何するの？」

「じっとしていてね」

　シャルが鏡の前に立つと、青い光線が上から下まで走る。

　まるで雨のように光の粒子（りゅうし）が降り注ぎ、シャルの体の輪郭（りんかく）を捉（とら）えていく。

　そして空中に、私（わたし）たちの体のサイズが数値で表示された。数字が宙に浮（う）かび、ゆっくりと回転している。

「うわっ！　すごい！　一瞬（いっしゅん）で計れちゃうの？」

「ええ。この方が正確だし、お客さんも楽でしょう？」

　すごい……身長とか胸囲っぽい数値が一瞬（いっしゅん）で浮（う）かんだ。数字が空中でゆらゆらと揺（ゆ）れている。

　ところでシャルと私（わたし）の身長と胸囲……だいたいどっちも20くらい差があった気がする……気のせいかな。

　エリスはタブレットを操作し、いくつかの服を選び始めた。

　空中に次々と服の映像が浮（う）かび、ホログラムの私（わたし）たちが試着している。

　映像の中の服は風になびいたり、動きに合わせてしわが寄ったりと、まるで本物のよう。

「シャルさんは、動きやすさを重視した設計のものがいいわね。素材も、剣術（けんじゅつ）の動きを妨（さまた）げないものを……」

　エリスが選んだのは、薄（うす）い銀色のチュニックと、黒のパンツ。

　装飾（そうしょく）は控（ひか）えめだが、光を受けると美しく輝（かがや）く素材でできている。

　布地の表面には細かな模様が織（お）り込（こ）まれており、見る角度によって色が変化するように見える。

「わあー、これカッコイイ！　試着していい！？」

「どうぞ。着替（きが）え室はこっちよ」

　シャルは楽しそうに着替（きが）え室に向かう。着替（きが）え室の扉（とびら）は半透明（はんとうめい）で、中に入ると自動的に曇（くも）りガラスのように変化した。

　私（わたし）にも、エリスが服を選んでくれた。

　白を基調とした、膝丈（ひざたけ）のワンピース。袖（そで）や裾（すそ）には、青い光のような模様が施（ほどこ）されている。

　その模様は布地に織（お）り込（こ）まれているのではなく、まるで光そのものが糸になったかのよう。

　あと、フードも付いている。……いいね！

「ミュウさんはフードが好きそうだから、それを付け足しつつ女の子っぽくしてみたわ」

（好きっていうか……目を合わせなくてよくなるから……）

　ちょっとすれ違（ちが）いを感じつつ着替（きが）えてみると、確かに体が軽い。

　まるで服を着ていないかのよう。それでいて、適度な暖かさもある。

　布地は呼吸をするように、体温に合わせて温度を調整してくれるみたいだ。

「ミュウちゃん、似合ってるー！」

　シャルが着替（きが）え室から出てきた。銀色の服が、彼女（かのじょ）の赤い髪（かみ）によく映（は）えている。

　肩（かた）から腰（こし）にかけてのラインが美しく、動きやすそう。

　彼女（かのじょ）が腕（うで）を動かすたびに、布地が光を反射して波打つように輝（かがや）く。

「あたしもすごく動きやすい！　このズボンの素材、なんなの？　すっごく軽いんだけど」

「新素材よ。強度は鎧（よろい）以上だけど、重さは布のようなもの。科学の力ってすごいでしょう？」

　エリスが誇（ほこ）らしげに説明する。その言葉に、シャルは目を輝（かがや）かせていた。

　店内の柔（やわ）らかな光が、新しい服によく馴染（なじ）んでいる。

「おふたりとも、とてもお似合いですわ」

　店員らしき女性が近づいてきた。

　彼女（かのじょ）もまた、私（わたし）たちと同じような素材の制服を着ている。

　彼女（かのじょ）の動きに合わせて、制服の模様が細かく明滅（めいめつ）していた。

「ありがとうございます。これ、いただけますか？」

　エリスがタブレットを翳（かざ）すと、店員は微笑（ほほえ）んで頷（うなず）いた。

　タブレットの画面に淡（あわ）い光の輪が広がり、取引完了（かんりょう）を示す音が鳴る。

「はい。認証（にんしょう）完了（かんりょう）です。お気をつけてお帰りくださいませ」

　外に出ると、さっきまでとは違（ちが）う視線を感じる。もう、奇異（きい）の目で見られることはない。

　通りを行（ゆ）き交（か）う人々の中に、自然と溶（と）け込（こ）んでいく感覚。

　シャルも嬉（うれ）しそうに、新しい服を着こなしている。

　通りに並ぶ光る広告や、空を飛ぶドローンの中でも、私（わたし）たちの姿は全く違和感（いわかん）がなかった。

「それじゃあ、街を案内するわね。アヴァロンには、まだまだ素敵（すてき）なものがたくさんあるの」

　エリスの後に続いて歩き出す。通りに並ぶ木々の間から、暖かな風が吹（ふ）いてきた。

　葉の間を漏（も）れる光が、新しい服の表面で優（やさ）しく輝（かがや）いている。

■

「まずは、この近くのレストランに行ってみましょう」

　エリスが案内してくれたのは、街の一角にある円柱状の建物。

　外壁（がいへき）はガラスでできており、内部が丸見えだ。

「料理はホログラムで注文して、ロボットが運んでくれるの。でも、作っているのは人間のシェフよ」

　半透明（はんとうめい）の映像から料理を選び、シャルが次々と注文する。私（わたし）もいくつか選んでみる。

「おお！　すごい！　料理が目の前で再現されるんだね！」

　シャルが料理の映像を手で掴（つか）むようにして回転させ、材料を確認（かくにん）している。

「ミュウちゃん、これ見て！　なんかクルクル回せるよ！」

（楽しそう……シャル）

　エリスは私（わたし）たちの反応を楽しそうに眺（なが）めていた。

■

「次は公園よ。アヴァロンは自然との調和も大切にしているの」

　建物の谷間に突如（とつじょ）として現れた緑地帯。

　木々の間を光が差し込（こ）み、まるで森の中にいるよう。

「空中庭園って呼ばれているわ。建物と建物の間にある空間を利用して、こうして緑地を作っているの」

　シャルが木の幹に触（ふ）れる。本物の木だ。葉の間からは小鳥のさえずりも聞こえてくる。

「へぇー。なんか、意外！　もっと無機質な感じかと思ってた」

「それじゃつまらないでしょう？　人間には自然も必要なの」

　確かに、この景色（けしき）を見ていると心が落ち着く。科学の街にこんな場所があるなんて。

■

「ここが噴水（ふんすい）広場。夜になると、光のショーが始まるのよ」

　広場の中央には大きな噴水（ふんすい）があり、水が複雑な形を描（えが）きながら流れ落ちている。

「すご！　水ってこんな風に操（あやつ）れるんだ！」

　シャルが驚（おどろ）いた声を上げる。噴水（ふんすい）の水は、まるで生き物のように形を変え、時には花の形を作ったり、鳥が飛んでいるような形になったりする。

　極（きわ）めつけは、空中に固定されたまま動き回る水の塊（かたまり）だ。まるで魔法（まほう）の光景……なのに、やはり魔力（まりょく）は感じられない。

「科学技術で、水の動きを完全にコントロールできるの。これも芸術的な演出のひとつよ」

　広場の周りには、休憩（きゅうけい）用のベンチが並んでいる。

　座面が光っていて、座（すわ）ると体温に合わせて温度を調整してくれるらしい。

■

　そうして街を巡（めぐ）っていると、シャルが小さくつぶやいた。

「ここって……本当に住みやすそうだよね」

　彼女（かのじょ）の声には、少し物思いに沈（しず）んだような色が混じっていた。

　確かに、この街には不思議と心が癒（いや）される何かがある。

　科学技術の力で、誰（だれ）もが快適に暮らせる。そんな理想が実現された場所。

（でも……）

　私（わたし）は思わず、遠い空を見上げた。私（わたし）たちの世界は、今頃（いまごろ）どうなっているのだろう。

　マーリンによって白く染められた世界は、もう元には戻（もど）らないのだろうか。

　そんな複雑な思いを抱（かか）えながらも、アヴァロンの街並みは私（わたし）たちを魅了（みりょう）し続けていた。

　高層建築の間を縫（ぬ）うように飛ぶドローン、行（ゆ）き交（か）う人々の穏（おだ）やかな表情、そして至る所で感じられる自然との調和。

　科学技術の力で作られた理想郷。それがアヴァロン。

　だからこそ、マーリンの行動の意図が、より一層謎（なぞ）めいて感じられた。

　シャルも同じことを考えているのか、時折遠い目をして空を見上げている。

　しかし、すぐに笑顔（えがお）を取（と）り戻（もど）し、次の場所へと向かっていく。

　エリスは私（わたし）たちの様子を見ながら、静かに微笑（ほほえ）んでいた。

　彼女（かのじょ）は何か知っているのかもしれない。でも今は、それを追及（ついきゅう）する時ではないのだろう。

　夕暮れが近づき、街には徐々（じょじょ）に明かりが灯（とも）り始（はじ）めていた。

■

「ねえ、展望台行こうよ！」

　買（か）い物袋（ものぶくろ）を抱（かか）えたシャルが、突然（とつぜん）提案した。

　エリスは別の用事があるといって、一時離（はな）れている。

「あそこの建物の上、展望フロアが一般（いっぱん）開放されてるんだって。エリスから聞いたの」

　シャルが指差した先には、私（わたし）たちが泊（と）まっている建物よりもさらに高い塔（とう）が立っていた。

　夕暮れの空に、その尖塔（せんとう）が金色に輝（かがや）いている。

　エレベーターに乗り、最上階を目指す。

　ガラス張りのエレベーターからは、上昇（じょうしょう）するにつれて街並みが少しずつ小さくなっていく様子が見える。

　展望フロアに着くと、そこは驚（おどろ）くほど静かな空間だった。

　透明（とうめい）な壁（かべ）を通して、街全体を見渡（みわた）すことができる。

　夕暮れの空の下で、建物の明かりが次々と灯（とも）り始（はじ）めている。

「はぁー……すごいねぇ」

　シャルが窓際（まどぎわ）に寄り、街を見下ろす。

　彼女（かのじょ）の新しい服が、夕日に照らされて銀色に輝（かがや）いていた。

　私（わたし）も隣（となり）に立ち、眼下の光景を眺（なが）めた。

　アヴァロンの街は、徐々（じょじょ）に夜の装（よそお）いに移り変わっていく。

　建物の表面を流れる文字や映像が、より鮮（あざ）やかさを増していく。

「なんかさ」

　シャルが静かな声で話し始めた。彼女（かのじょ）の声には、珍（めずら）しく迷いの色が混じっている。

「ここまですごい世界を作れる人が……なんで、あんなことしたのかなって」

　私（わたし）は黙（だま）って頷（うなず）く。ここにいると、時々忘れそうになる。

　私（わたし）たちの世界は今、白く染められ、生命の気配すら失われているということを。

「だってほら。これだけの技術があるなら、世界を白く染めるとかじゃなくて、こう……もっといいことができるんじゃないかな」

　街には銀色のバスが光の帯を描（えが）きながら走り、ドローンが星のように空を舞（ま）う。

　公園の木々は夕風に揺（ゆ）られ、噴水（ふんすい）広場では光のショーが始まっていた。

　科学の力と自然が調和し、誰（だれ）もが幸せに暮らせる世界。

　アヴァロンはその可能性を示していた。

「でも、まぁ！」

　シャルが急に声のトーンを明るくする。

「三日後に、その理由を聞けるんでしょ？　だったらそれまでは、楽しもうよ！」

　彼女（かのじょ）は私（わたし）の方を向いて、にっこりと笑う。

　その笑顔（えがお）は、いつもの陽気なシャルそのものだった。

　窓の外では、巨大（きょだい）な建物の壁面（へきめん）に映し出された映像が、まるで天空の劇場のように物語を紡（つむ）いでいる。

「ね、ご飯食べに行こう！　エリスが教えてくれたレストラン、まだ行ってないとこあるの！」

　シャルは私（わたし）の手を取り、エレベーターの方へ向かう。その手には、いつもの力強さが戻（もど）っていた。

（うん。そうだね）

　私（わたし）も小さく頷（うなず）く。

　こんなに素晴（すば）らしい世界を作り出したマーリン。彼（かれ）の真意は、きっと単純な破壊（はかい）願望ではないはずだ。

　三日後……その時までは、この不思議な未来都市での生活を楽しもう。

　そう心に決めながら、私（わたし）は街に降りていった。

　光の帯が縦横に走り、建物という建物が、まるで星座のように輝（かがや）き始（はじ）めるアヴァロンの街。

　今夜は、この世界でしか味わえない料理を楽しもう。

　シャルが手にしている地図には、まだまだたくさんの場所が記されていた。

　探索（たんさく）済みの場所に、シャルが丁寧（ていねい）に印をつけている。その横には小さなメモ書きまで。

（シャルらしいな……）

　展望台で見た夕暮れの街並みを思い出す。この三日間で、どんな景色（けしき）が見られるだろう。

　少し、そんなことを考えながら、私（わたし）はシャルの後を追った。