第128話 輝ける街

 ……光が満ちる。


 転移装置の向こうにした瞬間しゅんかん、世界が真っ白に染まっていく。

 視界がうばわれ、体が宙にかぶような感覚。耳鳴りがして、めまいがする。


「うわぁ! なんかスゴい! ミュウちゃん見てる!?」


 シャルの声が、遠くから聞こえてくる。彼女かのじょの手は、まだしっかりとわたしの手をにぎっていた。

 その感触かんしょくだけが、この不思議な空間での唯一ゆいいつの確かな存在だった。


「光の中を泳いでるみたいだよね! あたし、結構これ好きかも!」


 ……いつもどおり、シャルは楽しそうだ。

 でも今のわたしには、彼女かのじょのように楽しむ余裕よゆうはなかった。

 魔界まかいのときもそうだったけど、この転移慣れないよ~……!


 頭がクラクラする。意識が遠のきそうで、シャルの手を強くにぎりしめる。

 すると、彼女かのじょわたしの手をやさしくにぎり返してきた。温かい。


 そして、光がうすれ始めた。


(え……?)


 ……目の前に広がる光景に、わたしは目を見開いた。


「なにあれ、建物!?」


 巨大きょだいな柱が、天までびている。いや、柱というには……。

 それは透明とうめいかべおおわれており、内部に何かが見える。

 小さな窓がたくさん並んでいて、カーテンや人影ひとかげが見えるものもある。


 まるで……積み上げられた家、とでもいうべきものだろうか。

 見上げれば見上げるほど高く、雲に届きそうなほどだ。


 その巨大きょだいな建造物が、視界のおよぶ限り立ち並んでいる。どれも色とりどりで、それぞれ異なる形をしている。

 丸い筒型つつがたのもの、四角いもの、螺旋らせん状に曲がったもの。

 様々な形の建造物が、空へとびていく。


(なにか書いてある……?)


 その壁面へきめんには、大きな文字や絵がかびがっていた。まるで空中にかんでいるようにも見える。

 それらは時折色を変え、文字が流れるように動いていく。目がくらみそうだ。


(それに、人がたくさん……)


 わたしたちが降り立った地上には、大勢の人々がっていた。

 街道かいどう……というには、あまりにも整然としている。

 灰色の石でできた道は、まるで鏡のようになめらかで、その上を人々がせわしなく歩いていく。


 かれらの服装も、見たことがないものばかりだ。

 シンプルで体にぴったりとしていて、ギルドや東方大陸で見た服とは全く異なる。色使いもひかえめで、白や灰色が多い。


 その人々の手には、光る板のようなものを持っている者が多い。

 何かを操作しているようだが、一体何をしているのだろう。

 皆一様いちように足早で、だれかと立ち止まって会話をわす様子もない。かと思えば、広い空間でだれかと話している人もいる、みたいだ。


 空には……何か銀色の物体が飛んでいる。鳥ではない。まるで金属でできているかのようだ。

 虫のようにブンブンと音を立てながら、建物の間をうようにっていく。


 そして、人々の頭上を何かが走っていた。

 細い柱で支えられた道のような場所を、銀色の箱が音もなくすべるように走っている。

 中には人が乗っているようだが、馬も車輪も見当たらない。


「す、すごい……! なにこれ!? ミュウちゃんも見てる!?」


 シャルが興奮した様子で声を上げる。

 彼女かのじょの目はかがやいていて、まるで子供のように目をかがやかせていた。


 わたし圧倒あっとうされていた。こんな光景は、本でも見たことがない。

 いつか図書館で読んだ「空中都市」の挿絵さしえも、この場所に比べれば子供の落書きのようだ。


 空を見上げると、青い空の下に白い雲。それだけは人間界と同じに見える。

 でも、その合間をうようにう銀色の物体や、天まで届きそうな建造物の群れは、まるで夢の中にいるような錯覚さっかくを覚えさせる。


 と、その時。


「あ……」

「なんだ、あの二人ふたりは?」

「子供……? 変わった服装だな」


 気がつくと、周囲の人々がわたしたちを不思議そうに見つめていた。

 その視線に気づき、わたしは思わずシャルの後ろにかくれる。


 よろいを着た剣士けんしと、つえを持ってローブを着た子供。

 それは周りの人々の服装とはまるでちがっていて、とてもいていた。


(やっぱりここが……アヴァロンなのかな)


 わたしたちは、伝説の都市にてしまったのだろうか。

 そう考えていると、シャルが大きな声を出した。


「すっごーい! ねえねえミュウちゃん! あれ見て! なんかいてるよ! え、これって何!? 道どうなってんのー!?」


 街頭でさわぐシャルに、ますます注目が集まる。人々の視線が痛い。MPが減っていく……。

 な、なんとかシャルを落ち着かせないと……!


 そう思った矢先、銀色の物体がわたしたちの前に降り立った。


 わたしたちの前に現れた物体は、人の形をした……人形、とでも言うべきものだった。


 全身が銀色の金属でできており、その表面は鏡のようにかがやいている。

 その姿は人間を模しているのに、どこか人間らしさが欠けていた。


 関節は球体でつながれており、動くたびに機械的な音を立てる。

 胸には何かの文字が刻まれているが、見たことのない文字だ。


 目のような部分が赤く光り、わたしたちを見つめている。その冷たい光は、まるで獲物えものを見定めるけもののよう。


「来訪者識別開始。規定外の装備、服装を確認かくにん。職務質問を開始します」


 無機質な声がひびく。その声は人間のものではないようだ。

 まるで金属をたたいて出したような音色で、それでいて言葉として意味を持っている。

 それを聞いているだけで、背筋がこおるような感覚におそわれる。


「所属と身分を明かしてください。この街での暴力行為ぼうりょくこういは禁止されています」

「所属? 身分? えっとー……何の話?」


 シャルが困惑こんわくした様子で声を上げる。彼女かのじょの手が、背中の大剣たいけんつかびていく。

 その動きは一見自然に見えるが、戦いに備えた緊張感きんちょうかんただよっている。


(やばい。シャル、けんくつもりかも……!)


 わたしあわててシャルのうでつかむ。シャルの体が強張こわばっているのがわかる。戦闘せんとう態勢に入りかけている。

 彼女かのじょうでの筋肉が、戦いの準備をするかのように固くなっているのがれてわかった。


 周囲を見回すと、人々がわたしたちから距離きょりを取り始めていた。

 整然と並んでいた人の流れが、わたしたちを中心に大きく円をえがくように変化している。


 警戒けいかいするような目で、遠巻きに様子をうかがっている。中には小さな光る板をわたしたちに向ける者もいた。


「所持品検査を実施じっしします。武器の所持は違法いほうです」


 銀色の人形は、ゆっくりとわたしたちに近づいてくる。その足音は、コツコツと不気味にひびく。

 一歩進むごとに関節が動き、そのたびに金属音がひびいた。


違法いほうって……あたしたちは冒険者ぼうけんしゃだよ? けんだって仕事道具なんだし!」


 シャルの声が強くなる。さっきまでの楽しそうな様子は消え、戦闘せんとう時のような緊迫感きんぱくかんただよはじめる。

 その声に、さらに周囲の人々が後ずさる。


「武器の所持、規定外の装備。さらに所属不明。拘束こうそく措置そち実施じっしします」


 その言葉と共に、銀色の人形のうでが変形し始めた。

 金属のこすれる音と共に、複雑な機械が組み上がっていくような光景が広がる。


 金属音と共に、うでび、先端せんたんが青白い光を放ち始めた。その光は不吉ふきつな予感を感じさせる。


「へー……やるつもり!?」


 シャルがけんく。金属音がするどひびく。

 彼女かのじょの赤いかみが風にれ、その目には戦いへの覚悟かくごが宿っていた。


 周囲から悲鳴が上がり、人々が一斉いっせいす。

 整然としていた通りは、一瞬いっしゅんにして混乱に包まれる。


「シャル、ダメだよ……!」


 わたしは必死で声をしぼす。でも、もうおそかった。


「非協力的な態度、武器の使用準備を確認かくにん威力いりょく行使を開始します」


 銀色の人形のうでから、まばゆい光が放たれる。それは魔法まほうにも似ているが、全く異質なエネルギーだった。

 その光は空気をふるわせ、わたしかみが逆立つような感覚を引き起こす。


「ミュウちゃん、下がって!」


 シャルはわたしかばうように前に出る。彼女かのじょの背中から、けんを構える強い意志が伝わってくる。

 銀色の人形は、さらに数体が空から降りてきた。

 空を飛んでいた銀色の物体が変形し、人型になったのだ。


 わたしたちは完全に包囲されている。はない。

 周囲の建物の窓からも、好奇こうきの目が注がれているのが感じられる。


(やばい……戦闘せんとうになったら、どうなるか……!)


 その時、すずやかな声がひびいた。


「警備システム、作動停止。認証にんしょうコード、E-L-L-I-S」


 とおるような声の主は、白衣のような服を着た少女だった。


 彼女かのじょの長い緑のかみが風にれ、蒼色あおいろひとみ眼鏡めがねおくするどく光る。

 その姿は周囲の人々とはちがい、どこかわたしたちに近い雰囲気ふんいきを持っていた。


 銀色の人形たちは、その声を聞くと一斉いっせいに停止した。

 目の赤い光が消え、うでも元の形にもどっていく。

 まるであやつ人形にんぎょうのように、その場で動きを止めた。


二人ふたりとも、大丈夫だいじょうぶ? 警備ドローンたち、ちょっと融通ゆうずうかないのよね」


 緑髪りょくはつの少女は、申し訳なさそうに首をかしげる。その仕草には、不思議と親しみやすさを感じた。


「警備? どろーん?」


 シャルはけんを収めたものの、まだ警戒けいかいを解いていない。わたしつえにぎりしめたまま、少女を見つめる。

 周囲の人々も、少しずつ通常の生活にもどはじめていた。


わたしはエリス。この街の科学者よ。もしかして、あなたたちは……別の世界からたの?」


 その言葉に、わたしたちは顔を見合わせた。

 別の、世界……?


「別の世界って……マジ?」

「そうよ。ここはアヴァロン。空にかぶ都市、最先端せんたん技術の集積地! でも、なんでかたまに別の世界からたって人が現れるの」


 エリスの答えに、シャルがおどろいた声を上げる。

 その声が透明とうめいかべ反響はんきょうして、不思議な音響おんきょうを作り出す。


「えっ、本当に!? やっぱここがアヴァロンなの!?

 でも、映像で見たのと全然ちがう……。魔法まほうの街だと思ってたのに」


 シャルの言葉に、エリスは小さく笑う。彼女かのじょの白い服が、透明とうめいかべに映る光を反射してかがやいている。


魔法まほう? ああ、かなり昔は使ってたみたいね。でも今はちがうわ。ここではすべて科学技術。わたしたちはそれを『テクノロジー』と呼んでいるの」


 エリスは説明しながら、手にした小さな板を操作する。

 その指が素早すばやく動くたびに、まるで魔法まほうのように空中に半透明はんとうめいの文字や図がかびがった。

 文字は青くかがやき、まるで水中にかんでいるかのようにらめいている。


「この光る板は『タブレット』。わたしたちの生活を支える基本的なツールよ。街を走る箱は『バス』、空を飛ぶのは『ドローン』。すべて科学の力で動いているの」


 次々と説明されるその言葉の数々は、わたしたちには聞きなれないものばかり。シャルは目をかがやかせながら聞いている。

 わたしの知っている単語とは全く異なるひびきを持った言葉の数々。それは新しい世界の入り口のようだった。


「すごーい! なんかよくわかんないけど、すっごくすごそう!」

(確かに、ここには魔力まりょくの気配がほとんど感じられない……)


 高層建築の間をうように走る銀色の箱――バス。

 その中には大勢の人が乗っており、窓から外をながめている。


 空を飛ぶ銀色の物体――ドローン。

 それは羽のない鳥のように、するすると空を泳ぐように進んでいく。


「さて、あなたたち。とりあえず、ここでの滞在たいざい許可が必要よね」


 エリスは再びタブレットを操作する。空中にかぶ文字がわり、わたしたちの姿が映し出された。

 その映像は実に鮮明せんめいで、まるで鏡を見ているかのよう。

 こんなに細かい絵をける画家がいるとは思えない。


「はい、これで暫定的ざんていてき滞在たいざい許可は取れたわ。警備システムもあなたたちを『来訪者』として認識にんしきするはず。これで街の中も自由に動けるようになるわ」

「ありがとう! でもどうしてそんなに親切にしてくれるの?」

わたしは入国審査官しんさかんみたいなこともやってるから。この国の住人には、みんな役割があるんだよ。大人おとなも子供もね」


 役割……。それは、何だろう。わたしは所在なく辺りを見回す。

 通りをう人々はみな、目的を持って動いているように見える。

 魔界まかいとはちがう、しっかりとした生活と文化がここにはある。


「そうね。とりあえずは、そこの建物で休んでいって」


 エリスが指差したのは、わたしたちの目の前にそびえる超高層ちょうこうそう建築だった。

 空まで届きそうなその建物は、ほかの建物より一際ひときわ高く、まるで街を見守るように立っている。

 表面は全面が鏡のようにかがやいており、夕暮れの空が美しく映りみはじめていた。


 建物の中に入ると、ゆかは白くかがやく石でめられ、かべには様々な模様がかびがっている。

 天井てんじょうからはやわらかな光が降り注ぎ、まるで太陽の光のよう。でも、その光源は見当たらない。


「で、これがエレベーター。中に入ったら、上か下に運んでくれるよ」


 わたしたちはエリスに案内され、自動で開いたとびらの中、せま部屋へやのようなものに入る。

 内部は鏡張りで、わたしたちの姿が無限に反射して見える。


「うわっ、れた!?」

「気にしないで。落ちたりしないから」


 苦笑くしょうするエリス。エレベーターで上層階まで案内され、広々とした一室に通された。

 部屋へやの家具はすべて白を基調としており、ところどころに青い光が装飾そうしょくとしてまれている。


 窓からは街が一望でき、はるか下を人々がう様子が見える。

 この高さから見ると、人々はまるで小さな点のように見えた。


「じゃあ、また後でね。しばらく二人ふたりで話したりしてて!」


 エリスが去った後、わたしたちは窓きわに立ち、眼下に広がる光景をながめていた。

 窓のガラスはおどろくほど透明とうめいで、まるでそこに何もないかのよう。


 夕暮れの街に、次々と光がともはじめる。

 建物の窓が一つずつ明るくなり、道には街灯がかがやはじめた。

 光の色は様々で、建物の表面に映し出される文字や映像が、まるで星座のように街をいろどっている。


「なんだか……ホントにすごいところにちゃったね」


 シャルの声は、いつもより少し落ち着いている。

 わたしたちのかげが、夕陽ゆうひに照らされてゆかに長くびていく。


 日がしずむにつれ、街はより一層幻想的げんそうてきな姿を見せ始めていた。暗くなった空を、光の帯が縦横に走る。

 それは魔法まほうの光ともちがう、人工的でありながら美しいかがやきだった。


「この街で、マーリンに会えるかもしれないんだよね」

「……」


 わたしは小さくうなずく。でも、どこか引っかかるものがある。

 着ている服も、使っている道具も、街並みも、すべてがわたしたちの知らないもの。

 確かにここは、わたしたちの生きていた世界よりもはるかに発展している。けど……。


「でも、マーリンってマジですごいんだね。こんな街を作っちゃうなんて」

(う、うーん……確かにそうだけど)


 シャルの言葉に、わたし曖昧あいまいな返事を返す。

 すごいのは間違まちがいない、けど。白くなったわたしたちの世界を思い出し、複雑な気分になる。

 遠くの建物に映る夕陽ゆうひが、まるで燃えるように赤くかがやいている。


 窓の外では、空を飛ぶドローンの光が、星のようにまたたいている。

 それはわたしたちの世界の星空とはちがう、人工的な星座を作り出していた。


 わたしたちの世界とちがい、色彩しきさいに満ちた夜空を見上げた。

 その光景はうつくしくもあり、どこかさびしくもあった。

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