第121話 魔導王の猛威

「まずは、邪魔者じゃまもの排除はいじょしようか」


 マーリンの声が冷たくひびく。そのつえが空を切る音と共に、周囲の空気がこおりついた。

 はだ粟立あわだち、呼吸が白くもやとなってあがる。


 突如とつじょ、無数の氷のやりが現れ、わたしたちに向かって飛んでくる。

 青白くかがややりは、まるで月光をめたかのように美しい。そのするどい切っ先が、わたしたちをつらぬこうとせまる。


(これは、リリアンの……? でもちがう……似てるけど別……!)

「させるかっ!」


 シャルがけんるう。金属をる音がするどひびき、黄龍こうりゅう勾玉まがたまの力で呼び出されたかみなりが空気をふるわせる。

 雷光らいこうが氷のやりくだぜていく様は、まるで花火のようだ。


 くだけ散る氷の破片はへんが、カランカランとゆかに散らばった。その音が、玉座の間にすずやかにひびく。

 氷の欠片かけらは月の光を受けて、ルビーか血のようにかがやいている。


「なかなかやるね。でも――」


 マーリンが微笑ほほえむ。その表情は、かつてわたし魔法まほうを教えていた時と同じだった。

 やさしく、おだやかで、孫を見守る祖父のような笑顔えがお


 なのに、その目は冷たく光っている。

 月光を受けたひとみには、もうわたしの知っているマーリンの温かさはなかった。


「まだまだだよ」


 かれつえからほのおが放たれる。それは通常のほのおとはちがい、青白い光を放っていた。

 まるで太陽の表面のような、凶暴きょうぼうかがやきを放つほのおが、うずを巻きながらおそいかかってくる。


 空気がゆがむほどの熱が玉座の間をつつむ。窓からむ月の光さえ、その熱でらめいて見える。

 のどかわき、肺にむ空気が熱すぎて、息をするのもつらい。


「くっ、あっつ!」


 シャルがけんほのおはらおうとするが、ほのおは生き物のようにけんけて蛇行だこうし、彼女かのじょの足元をくす。

 シャルは退くが、その瞬間しゅんかんすでに火傷を負っていた。

 彼女かのじょの足首が、痛々しく赤くがっている。


「シャル!」


 わたし即座そくざに回復魔法まほうを放つ。青白い光が彼女かのじょつつみ、傷が消えていく。

 魔法まほうの光の中で、やけどのあと綺麗きれいに消えていった。


「ありがと! でも気をつけて! こいつ……!」


 シャルの警告通り、マーリンの攻撃こうげきは止まらない。

 かれつえが再び空を切る音がひびく。


 今度は暴風がわたしたちをおそう。その風は鋭利えいりやいばとなって、周囲のすべてをいていく。

 風が柱をく音が、キィンと耳にさる。


「貴様……! 我が城で随分ずいぶんな暴れようだな!」


 イリスが魔力まりょくまとい、マーリンに立ち向かう。

 彼女かのじょの白銀のかみが風にい、その身にまとったバリアが青くかがやきながら、風のかえしていく。


「それが魔王まおうの力かい?」


 マーリンは、どこか楽しそうにイリスを見つめる。その表情には、子供の遊びを見守るような余裕よゆうがあった。


「あのころとはちがう。もう我を封印ふういんすることなどできんぞ!」

「そうかな? 君の力は、まだまだわたしの予想をえていないがね」

「何……!?」


 マーリンのつえから、今度は漆黒しっこくの光が放たれる。

 それは光をむような、月の光さえも吸収してしまう深いやみだった。


 まるで空間そのものをむようなやみが、重たい空気と共にせまってくる。

 そのやみれた場所から、バリバリと音を立てて空気がこおっていく。


「な……!」


 イリスの力が、やみまれていく。

 氷がけるような音と共に、彼女かのじょのバリアがくずれていった。

 彼女かのじょの表情が、一瞬いっしゅんだけ恐怖きょうふの色を見せた。


「イリス!」


 シャルがり、イリスをきかかえて退く。シャルのよろいがぶつかる音がひびく。

 わたし即座そくざ二人ふたりに回復魔法まほうを放った。二人ふたりの体力が回復し、万全ばんぜんの状態になる。


 ……だけど、これは。あまりに格がちがう。

 回復したところで、意味があるとすら思えない。

 マーリンの魔法まほう威力いりょくは、わたしたちの想像をはるかにえていた。


「はぁ……なかなか手強てごわいね」


 マーリンが感心したようにつぶやく。言葉に反しその姿は、まるで散歩でもしているかのように余裕よゆうに満ちていた。

 つえを支える手に、一片いっぺん緊張きんちょうも見られない。


「一体なぜ、貴様はここまでして『かく』を求める!? 魔界まかいほろぼす理由でもあるのか!?」

「いや、別に。ただ優秀ゆうしゅうなエネルギー源だからね。わたしの国のために必要なんだ」

「……国?」


 わたしは思わず声をらす。マーリンが国について語るのを聞いたことはなかった。

 千年前。マーリンは確か、国の王様だったとか……?


「ああ。でもそれは、また別の機会に話そうか」


 マーリンの表情が一瞬いっしゅんだけくもる。その目には、まるで遠い日の記憶きおくを見つめるような色がかんでいた。

 そこには、わたしの知らない感情が宿っていた。


「マーリン……」


 わたしは迷いを感じていた。目の前にいるのは確かにわたし師匠ししょうだ。あの山小屋で、やさしく魔法まほうを教えてくれた人。

 かれがなにかの目的があって、そのために非道に手を染めているなら……手を貸してあげたい。ほかの道があるはずだって、助けたい。


「迷ってる場合じゃないよ、ミュウ」


 マーリンはやさしく微笑ほほえむ。その表情には、どこか悲しげで、つらそうな色がかんでいた。

 まるで、わたしの気持ちを察するかのように……。


わたしと君は、今や敵同士かたきどうしになったんだ。敵とは戦わなければ、すべてをうばわれることになる」

「でも……!」

「さて、そろそろ本気を出そうか」


 その言葉と共に、マーリンの周りに様々な属性の魔法まほう渦巻うずまき始めた。

 ほのお、氷、かみなり、風――魔導まどう王としての力を、かれは見せつけようとしていた。


 その魔力まりょくうずは、まるで小さな竜巻たつまきのよう。空気をふるわせ、ゆからし、わたしたちのかみを激しくらめかせる。

 圧倒的あっとうてきな力の前に、わたしたちはただ立ちすくむことしかできなかった。


 マーリンの周りで渦巻うずま魔法まほうの光が、虹色にじいろ閃光せんこうとなって放たれた。

 そのかがやきは目を射るほどの強さで、一瞬いっしゅん目をそむけざるを得ないほどだった。

 空気がふるえ、耳鳴りのような音がひびく。


「ミュウちゃん、下がって!」


 シャルがわたしの前に飛び出す。ゆかる音と共に、けんかみなりまとわせ、マーリンの魔法まほうに立ち向かう。

 彼女かのじょの赤いかみが、かみなりの光に照らされてう。


 しかしそれは、まるで大河の流れに立ち向かうようなものだった。

 魔法まほううずは、止めどなくせてくる。


 シャルのけんくだく氷の破片はへんほのおかし、ほのおを消し飛ばす風をかみなりつらぬく。

 氷のくだける音、ほのおらぐ音、風のうなり、雷鳴らいめい稲妻いなずま

 それらが重なり合い、それは世界の終わりのような光景だった。


 すべての魔法まほう完璧かんぺき連携れんけいを取りながら、わたしたちをめていく。

 ゆかこおり、かべげ、空気はゆがんでいた。


「まだだ……! 『かく』よ、我に力を!」


 「かく」の放つ赤い光が彼女かのじょつつむ。それはクロムウェルがやったのと同様、その力を身に行為こうい

 赤い光は生き物のようにうごめき、イリスの体にまれていく。

 白銀のかみが風になびき、その全身から魔力まりょくあふす。


「ふうん。まあ、そんなに大したものじゃない。やっぱり力はそのまま取り出さなきゃね」


 マーリンのつぶやきと共に、イリスの魔力まりょくこおりついたように止まる。

 まるで時間が止まったかのように、魔力まりょくうずが静止した。


「な、何!?」


 次の瞬間しゅんかん彼女かのじょの体が宙にかび、かべたたきつけられた。

 石壁いしかべにヒビが入る音が、玉座の間にひびわたる。


「ぐはっ……!」


 イリスの口から血がこぼれる。彼女かのじょの体が、人形のようにかべからがれ落ちる。


「イリス!」


 わたし即座そくざに回復魔法まほうを放つ。青白い光が彼女かのじょつつむ。

 しかし、マーリンの攻撃こうげきは止まらない。


「はぁっ!」


 シャルがかみなりまとったけんでマーリンにりかかる。黄龍こうりゅう勾玉まがたままばゆい光を放ち、その一撃いちげきは大気をふるわせた。

 周囲の空気が、けん道に沿ってゆがんでいく。

 だが――


「あんまり肉弾にくだん戦は得意じゃないんだけどね」


 マーリンはそのけんを、まるで子供の玩具おもちゃでもはらうかのように、つえはじかえす。

 金属が打ち合う音がかわいた音を立て、火花が散る。


「な……っ!? 大嘘おおうそじゃん!」

うそじゃありません」


 シャルの体が大きくはじばされる。彼女かのじょよろいきしむ音を立てる。

 彼女かのじょは受け身を取ろうとしたが、その前にマーリンのほのおおそいかかった。

 青白いほのおは、まるでへびのように彼女かのじょからみつく。


「うあっ!」

「シャル!」


 わたしの回復魔法まほうが追いつく前に、今度は氷のやり彼女かのじょつらぬこうとする。

 青白くかがややりは、まるで月光を固めたかのように美しく、そして冷たかった。


「させ……るか!」


 イリスがり、シャルの前に立つ。彼女かのじょが展開したかべが氷をかろうじて止めた。

 魔力まりょく衝突しょうとつ音が、玉座の間にひびわたる。


 わたしは全力で回復魔法まほう二人ふたりに放つ。青白い光が傷を治していく。

 火傷は消え、打撲だぼくあとも消えていく。


 でも、それは一時的な延命でしかなかった。

 わたしたちの呼吸はあらく、あせゆかしたたちる。


「君たちはよくやった。でも、そろそろ終わりにしようか」


 マーリンのつえが、天を指す。その先はしから、虹色にじいろの光がれ出している。

 すると、玉座の間の空気が重くよどんでいく。まるで時間が止まったかのようだった。


魔導まどう王の名のもとに命ずる。万象ばんしょうよ、我に従い一切いっさいくだけ」


 その一言の詠唱えいしょうと共に、すべての魔法まほう一斉いっせいに解放された。


 ほのおと氷と風とかみなり、そして漆黒しっこくやみが混ざり合い、巨大きょだいうずとなっておそいかかる。

 その光は目を射るほどの強さで、まるで小さな太陽が部屋へやの中に生まれたかのよう。


「くっ……!」


 最後の力をしぼり、イリスが魔王まおうの力でわたしたちを守ろうとする。

 彼女かのじょの白銀のかみが風にい、その体からあふ魔力まりょくが青い光のかべとなる。


「うおおおおおおっ!!」


 しかし、マーリンの魔法まほう容赦ようしゃなくわたしたちをんでいった。

 まるで巨大きょだいな波にまれるような感覚。体がき、宙をう。


 目の前が真っ白になり――次の瞬間しゅんかんわたしたちはゆかたおれていた。

 くだけた石の上に横たわる体には、まるで千の針でされたような痛みが走る。


 体が動かない。回復魔法まほうを放とうとしても、うでが上がらない。

 息をするたびに、肺が焼けるような痛みを感じる。


「ふむ。まだ生きているね。よかったよ」


 マーリンがゆっくりと近づいてくる。その足音が、まるで死神しにがみの足音のようにひびく。

 月の光に照らされたかれかげが、わたしたちの上に落ちる。


 かれかべまれた「かく」の前で立ち止まると、それをえぐすように取り出す。

 その球体から、血のような赤い液体がしたたちる。ゆかに落ちた液体がかすかに光る。


「これで、わたしの目的も達成だ」

「マー……リン」


 わたしは、かろうじて声をしぼす。のどが焼けるように痛い。

 するとかれは、ゆっくりとわたしに目を向けた。その目は、やさしくおだやかだった。


「君たちはまだ生かしておこう」

「……え?」

「いつか、君たちは……わたしの国民になるかもしれないからね」


 マーリンはおだやかに微笑ほほえむ。その表情は、かつてわたし魔法まほうを教えてくれた時と同じだった。

 なつかしい笑顔えがお。それなのに、今はおそろしく感じる。


 その言葉と共に、マーリンの姿がうすれていく。

 まるできりが晴れるように、その体が透明とうめいになっていった。


 気がつくと、玉座の間にはわたしたち三人だけがたおれていた。

 冷たいゆかに横たわる体に、月の光が降り注ぐ。


「くそー……なんなの、アイツ~……!」


 シャルが、歯を食いしばってつぶやく。その声にはくやしさと共に、どこかおそれの色が混じっている。

 イリスも、シャルと同じようにくやしそうにこぶしにぎりしめていた。


(……マーリン……)


 わたしつかれと体の重さから、思わず目を閉じた。

 意識が遠のいていく中、マーリンの最後の言葉が、まるでのろいのように耳の中でかえされていた……。

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