第75話 守護獣を撃破せよ

「あああああぁーー!」


 暗闇くらやみの中を落下する感覚。冷たい風がほおを切り、耳をつんざくような風切り音。

 シャルの悲鳴が反響はんきょうする。そして――


「いったぁ!」


 追加のシャルの悲鳴と共に、わたしは冷たくかたい地面にたたきつけられた。

 衝撃しょうげき一瞬いっしゅん呼吸が止まり、全身ににぶい痛みが走る。

 頭がぐわんぐわんと鳴り、目の前で星が散るような感覚。口の中に土っぽい味が広がる。


「くっ……みなさん、大丈夫だいじょうぶですか……?」


 リンの声が、どこか遠くから聞こえてくる。

 彼女かのじょの呼吸も乱れているようだが、着地の衝撃しょうげきをうまくがしたのか、声にはまだ力強さが残っている。

 わたしも受け身くらい勉強しておくべきだったかな……。


「うぅ……ミュウちゃん、ちょっと回復お願い……」


 シャルの弱々しい声に、わたしは急いでつえを構える。

 暗闇くらやみの中で、かすかにつえが温かみを帯びるのを感じる。

 つえ水晶すいしょう部分がわずかに青白く光る。


(全体回復魔法まほう


 青白い光が一瞬いっしゅんわたしたちをつつむ。その光で、自分たちが広い地下空間にいることが一瞬いっしゅんだけ見えた。

 痛みが一気に消え去り、体が軽くなる。頭のぼんやりとした感覚も晴れていく。


「おお! さすがミュウちゃん!」

「ありがとうございます、ミュウさん」


 シャルとリンの声に、小さくうなずく。

 まぁ、即死そくしするような深さじゃなくてよかったと考えるしかない。


「でもまっ暗だね。どうしよっか……」


 シャルの声にはめずらしく迷いと不安が混じっている。手をばしても何も見えないやみの中だ。


「ご安心を。わたし松明たいまつを持ってきていますので」


 リンの声の後、カチカチというかわいた音。そして、小さなほのおともる。

 リンが携帯けいたいしていた火打ち石で松明たいまつに火をつけたようだ。


 ほのおに照らされ、広間が姿を現す。

 天井てんじょうは見えないほど高く、かべには無数の彫刻ちょうこくや文字が刻まれている。


 ゆか石畳いしだたみで、所々に緑色のこけが生えている。

 湿しめった空気がはだに張り付き、カビのようなにおいが鼻をつく。


「わぁ……すごい場所」


 シャルの声がひびわたる。彼女かのじょの目はかがやいていたが、すぐにうつむいてしまった。


「ごめんね、二人ふたりとも。あたしが軽率けいそつだったよ……」


 めずらしく申し訳なさそうな表情をかべるシャル。

 確かに彼女かのじょの行動でわたしたちは落ちてしまったのだが……。


「ちょっと……最初の宝箱でめっちゃテンション上がっちゃって……!」

「……」

「それはわかりますけど……」


 苦笑くしょうするリン。わたしも首を横にった。


 ここにたのはわたしたち全員の意思だし、ダンジョンでわなにハマるのは……まぁ、ある意味不可抗力こうりょくだし。

 それに、シャルの好奇心こうきしんのおかげで今まで色々な発見があったのも事実だ。


「まだ道も続いているようですし、探索たんさくを続けましょう」


 リンが冷静に言葉をつむぐ。その言葉に、シャルの表情が明るくなる。


「そっか! よーし、せっかくだし探検しちゃおう!」


 シャルの声が広間にひびわたる。

 その元気な声に、わたしも安心する。シャルはあんまり、しずんでいるのは似合わないと思う。


 わたしたちは慎重しんちょうに広間を歩き始めた。

 リンが持つ松明たいまつほのおらめき、かべ彫刻ちょうこくに不思議な陰影いんえいを作り出す。

 足音が石畳いしだたみひびき、時折水滴すいてきの落ちる音が聞こえる。あちこちに水源がある様子だ。


「ねえねえ、これ何て書いてあるの?」


 シャルがかべの文字を指さす。確かに見覚えのない文字だ。複雑な線で構成された、絵のような文字。


「古代東方語みたいですね。できる限り読んでみます」


 リンがかべに近づき、文字を辿たどる。彼女かのじょの指が、長い年月を経た石の表面をなぞる。

 リンは咳払せきばらいをして、それを読み始めた。


「『我ら翠玉すいぎょく王朝のたみ、天変地異をけんがため、の地に聖域を築く』……とあります」

「へぇー! 翠玉すいぎょく王朝ってなに?」


 シャルが首をかしげる。わたしも気になって、リンを見つめる。


「古代東方文明のひとつですね。約3000年前に栄えた王朝で、高度な魔法まほう技術を持っていたと言われています」


 リンの解説に、わたしとシャルはおどろいて顔を見合わせる。

 3000年前の遺跡いせきなんて、わたしたちが今まで見たこともないような代物しろものだ。

 今さら、空気の中に歴史の重みを感じる。……ような気がする。


「すごい! 3000年前かぁ。マーリンがいたのすら1000年前なんだよね!?」


 シャルの目がかがやく。そのとおりだ。

 何度聞いてもしっくり来ないが、わたし師匠ししょうであり恩人のマーリンは大昔の人物らしい。


 じゃあどうして7年くらい前にわたしの前に現れることができたのか……それはなぞのままだ。


「でも、避難所ひなんじょを作ったってことは、何か危険があったってこと?」

「そうですね。ほかの部分も読んでみましょう」


 リンがかべに沿って歩きながら、文字を読み上げていく。

 松明たいまつの光が文字の上を照らし、かげが動くたびに文字がかびがる。


「『大地震だいじしん洪水こうずい、我らがたみおそう。されど我らはくっせず、魔法まほうの力をもっの地に堅牢けんろうなるとりで築かん』……どうやら、自然災害から身を守るために作られたみたいです」

「ほんとだ! なんかそれっぽいものがいてあるね」


 シャルが少しはなれた位置にある壁画へきがを見る。

 そこには高い波と、大勢の人間らしいものがえがかれていた。


「でもさ、避難所ひなんじょにしては広すぎない?」


 シャルの言葉に、わたしも同意見だった。

 ここまで大規模な施設しせつを、単なる避難所ひなんじょとして造るだろうか。


「ええ、その通りです。ほかの目的もあったみたいですね」


 リンが別のかべの前で立ち止まる。そこには、より複雑な文字が刻まれている。


「『の地にて、我らはさらなる高みを目指さん。翠玉すいぎょくの鏡、これこそ我らが叡智えいち結晶けっしょうなり』……ここは研究施設しせつでもあったのかもしれません」

翠玉すいぎょくの鏡? それって宝物?」


 シャルの声がはずむ。しかし、リンの表情は厳しくなる。


「おそらく、ただの宝物ではないですね。強大な力を持つ魔法まほう道具でしょう。何しろ、この文明の叡智えいち結晶けっしょうだそうですから」


 その言葉に、わたしは身をめる。

 そんな貴重なものが、この遺跡いせきにあるかもしれないのか……。

 空気が一瞬いっしゅんめたように感じる。


 わたしたちは広間をさらに進んでいく。かべには様々な彫刻ちょうこくほどこされている。


 自然災害の様子、人々が避難ひなんする姿、そして魔法使まほうつかいらしき人物が何かの研究をしている場面。


 そして広間の中央にかったとき、巨大きょだいな石像がわたしたちの前に立ちはだかった。

 その存在感に、思わず足を止める。


「うわっ! なにこれ!?」


 シャルがおどろいて後ずさる。

 石像は獅子ししのような顔に、細い四足よつあしけもの胴体どうたいたかつばさへびを持つ不思議な姿をしている。


(これは……キマイラ?)


 その名前と外見は聞いたことがある。複数のけものが合わさった魔物まものだ。

 その目は宝石がはめまれているようで、ほのおに照らされてきらりと光る。

 宝石のひとみが、わたしたちを見つめているような錯覚さっかくを覚える。


守護獣しゅごじゅう……」


 リンがつぶやく。石像の台座に刻まれた文字を読んだようだ。


守護獣しゅごじゅう? ってことは、この遺跡いせきを守ってるってこと?」

「そうみたいですね。おそらく、部外者の侵入しんにゅうを防ぐために置かれたんでしょう」


 わたしたちはその巨大きょだいな石像を見上げる。不気味な存在感に、背筋がこおる思いがした。空気が重く、息苦しくなる。


 そのとき――


「ん?」


 石像がふるえていた。その体の表面から細かな砂や小石が落ちてくる。

 パラパラとゆかに落ちる音が静寂せいじゃくを破る。


 それだけではない。

 石像の足に力がもり、筋肉らしき部分がゆがむ。石がこすれ合う音がひびわたる。


 石像が、動き出したのだ。


けて!」


 リンの切迫せっぱくした声と共に、巨大きょだいな石のつめわたしたちの頭上をかすめる。

 風を切るするどい音が耳をつんざき、つめが通り過ぎた後に冷たい風がほおでる。

 たおれそうになる体をつえで必死に支える。


「なんで動くの! 石像でしょ!?」

大概たいがいいつも動いてる気もするけどね……)


 シャルがさけびながらけんく。

 さやからかれる金属音がひびわたり、松明たいまつの光がに反射して一瞬いっしゅんまばゆく光る。


「この遺跡いせき魔法まほうが――!」


 リンの言葉をさえぎるように、守護獣しゅごじゅうえる。

 獅子しし咆哮ほうこうのような声が地下空間にとどろき、かべ反響はんきょうして何倍もの音量になって耳をす。

 胸が振動しんどうするほどの轟音ごうおんに、思わず手で耳をさえる。


 その声と共に、守護獣しゅごじゅうの体から青白い光が放たれる。

 石の表面に、複雑な文様がかびがった。

 その光で広間全体が不気味に照らし出される。


魔法まほうで動いてる系か! なら、動力源がどっかにあるんじゃないかな!?」


 シャルがけんを構え、守護獣しゅごじゅうに向かって突進とっしんする。彼女かのじょの足音が石畳いしだたみたたく。だが――


「せいっ!」


 けんが石の体に当たる。するどい金属音がひびくが、石の表面に傷一つ付かない。火花が散る。


かたっ! ただの石なのに!?」


 シャルの攻撃こうげきを受け流した守護獣しゅごじゅうは、つばさを大きく広げる。

 その動きで巻き起こった風が、松明たいまつほのおらし、一瞬いっしゅん暗闇くらやみが広がる。

 つばさから落ちる砂埃すなぼこりが、目に入りそうになる。


「シャルさん、下がって! 尻尾しっぽます!」


 リンの警告の直後、守護獣しゅごじゅうむちのようにるわれる。空気を切りく音がひびく。


 シャルは咄嗟とっさに身をひるがえすが、かすかにうでかすめられ、そのまま絡め取られる。

 シャルの体はかべに向かって投げつけられ、大きな音と共にかべたたきつけられた。


「いてっ!」

(シャル!)


 わたし即座そくざに回復魔法まほうを放つ。青白い光がシャルをつつみ、傷は瞬時しゅんじに消えた。

 しかし守護獣しゅごじゅうの動きは止まらず、攻撃こうげきの手をゆるめない。

 地面をみしめるたびに、振動しんどうが伝わってくる。


(この調子じゃ、いくら回復しても意味がない……なんとかアレをたおさないと)


 わたしたちは後退しながら、守護獣しゅごじゅうの動きを観察する。

 その目にまれた宝石が、青白くかがやいている。

 光の強さが、不規則に変化しているようにも見える。


「ミュウさん、シャルさん。わたしに考えがあります」


 リンの声が落ち着いている。周囲の喧騒けんそうとは不釣ふついな静かな声色こわいろ

 彼女かのじょ守護獣しゅごじゅうから目をはなさず、冷静に続ける。


「あの目の宝石。あれが動力源のように見えませんか?」

「なるほど、そうかも! じゃあ、あれをねらえばいいってこと!?」


 シャルが声を上げるが、すぐに難しさに気付いたようだ。

 何しろ守護獣しゅごじゅうの目は地上から優に4メートルはある。

 シャルのけんもそこまでは届かないし、魔力まりょくの波動を放っても綺麗きれいに当てられるかどうか……。


わたしが……」


 リンが一歩前に出る。足音が静かにひびく。その声には、強い決意がにじんでいた。


わたしがあれをねらいます」

「え!? できるの、リンちゃん!?」


 シャルがおどろいた声を上げる。

 わたしはリンの決意に満ちた表情から、彼女かのじょが「鬼人化きじんか」を使うつもりなのだと察した。


 だが、あれは危険な力だとリンは言っていた。

 制御せいぎょを失えば、味方も敵も分からなくなるらしい。果たして制御せいぎょしきれるのだろうか……? 不安感におそわれる。


大丈夫だいじょうぶです。力をおそれていては、使えるものも使えませんから」


 リンの声に迷いはない。むしろ、これまでで一番しっかりとした口調に聞こえる。

 彼女かのじょの背筋が一層び、全身から決意がれ出ているように感じる。


「シャルさん、守護獣しゅごじゅうの注意を引いてもらえますか? ミュウさんは、もしものときはわたしを治してください」


 わたしたちはうなずく。今は彼女かのじょを信じるしかない。

 リンの呼吸が落ち着いていて、普段ふだんのような緊張感きんちょうかんがないのが伝わってくる。


「任せて! おーい、こっちだよ! キマイラもどきー!」


 シャルが守護獣しゅごじゅうの前で挑発ちょうはつする。彼女かのじょの声が広間にひびわたる。

 守護獣しゅごじゅう彼女かのじょに注目し、前足をり上げる。つめ松明たいまつの光に照らされて不気味なかげを作る。


 そのすきに、リンが目を閉じる。彼女かのじょの体から、赤いきりのようなものがのぼり始めた。

 オーラは徐々じょじょくなり、周囲の空気が重くなっていく。


(……出た。すごい殺気だ……)


 わたしはリンの背後でつえを構える。いつでも回復できるように。

 赤いオーラがくなるとともに、彼女かのじょの体から放たれる殺気に思わず息をむ。

 空気が張りめ、呼吸がしづらくなる。


「行きます……!」


 リンの声は低くひびいた。その声には人間ばなれした力強さが宿っている。


 次の瞬間しゅんかん彼女かのじょの姿が消える。


 いや、消えたのではない。信じられない速度で守護獣しゅごじゅうに接近したのだ。

 残像のように、赤いきりの帯が空中にえがかれる。


 するどい風切り音。

 リンの体が、守護獣しゅごじゅうの首に向かって閃光せんこうのように走る。

 彼女かのじょの姿は、まるで赤い彗星すいせいのようだった。


 守護獣しゅごじゅうは反応しようとするが、シャルの攻撃こうげきに気を取られている。その一瞬いっしゅんすきいて――


「はぁっ!」


 リンの刀が、守護獣しゅごじゅうの目の宝石をとらえた。

 が宝石にみ、石像の体が大きくらぐ。

 金属と宝石がこすう音が、不快なほど耳にひびく。


「今だ! せやぁっ!」


 シャルは守護獣しゅごじゅうの足元にすべみ、そのあしけんで強く打ち付ける。

 金属音がひびわたる。バランスをくずした守護獣しゅごじゅうが、大きくかたむく。

 ゆかみしめようとして、足がすべ振動しんどうが伝わってくる。


 宝石にさったリンの刀にさらに力が加わった。

 刀をにぎ彼女かのじょの手に、筋ががっている。


「――はああぁぁっ!」


 キィィィン――という金属音と共に、宝石に亀裂きれつが走った。

 まるでガラスが割れるようなんだひびき。それとともに宝石がくだけ散る。


こわれた!」


 シャルの声がひびく直後、守護獣しゅごじゅうの体から青白い光がれ出す。

 その光は次第しだいに強くなり、目がくらむほどのかがやきとなる。


「って、危ないミュウちゃん! 下がって!」


 わたしとシャルは急いで距離きょりを取る。

 守護獣しゅごじゅうの体が光に包まれ、大きな轟音ごうおんと共にくずちていく。


 石がぶつかり合う音が重なり、地面がれる。

 空気が振動しんどうし、耳鳴りがするほどの轟音ごうおんひびわたった。


 轟音ごうおんが収まり、砂埃すなぼこりが静かにちていく。

 空気中にただよう石の粉がのどをくすぐり、思わずみそうになる。


「み、みんな無事?」


 シャルの声が地下空間に反響はんきょうする。

 わたしは立ち上がりながら、ゆっくりとうなずく。

 降ってきた石のせいで体のあちこちが痛むが、大きな怪我けがはないようだ。


 守護獣しゅごじゅうは完全にくずち、ゆか一面に大きな石の破片はへんが散らばっている。

 足元を照らす松明たいまつの光で、石の表面が不規則にかがやいて見える。

 青白い光はすでに消え、代わりに重苦しい静寂せいじゃくが辺りを包む。


「リンは……?」


 わたしたちはリンを探す。

 彼女かのじょ守護獣しゅごじゅうから少しはなれた場所に、まだ刀を構えて立っていた。

 赤いオーラに包まれた姿は、まるで血に染まったように見える。


大丈夫だいじょうぶかな……制御せいぎょ、できてる?)


 わたしつえを構えながら慎重しんちょうに近づこうとする。

 リンの体からは、まだ強い殺気が放たれていた。その圧迫感あっぱくかんに、呼吸が苦しくなる。


 しかし――


だい丈夫じょうぶ、です……」


 リンの声が聞こえる。いつもの落ち着いた声だ。

 彼女かのじょの手が、ゆっくりと刀からはなれる。


「今回は、自分の意思で鬼人化きじんかできました。だから……」


 彼女かのじょの体から赤いオーラが徐々じょじょうすれていく。

 まるで朝きりが晴れていくように、ゆっくりと消えていった。

 きりが消えるにつれ、空気が軽くなっていくのを感じる。


制御せいぎょできた、みたいです」


 リンは小さく微笑ほほえむ。その表情には安堵あんどの色がかんでいる。

 手のふるえはあるものの、目はんでおり、意識は完全に正常なようだ。

 額にかんだあせが、松明たいまつの光に照らされて光る。


「うん! よくわかんないけどすっごかったよ、リン! まるで赤い光みたいだった!」


 シャルがり、リンの背中をたたく。

 その衝撃しょうげきでリンが少し前のめりになる。ゆかに落ちた石が、カラカラと音を立てる。


「あ、ありがとうございます。でも、お二人ふたりのサポートがなければ……」

「いやいや、リンが頑張がんばったんでしょ! ねえ、ミュウちゃん!」


 わたしは小さくうなずく。わたしたちは補助的な役割しかしていない。

 リンが自らの力と向き合い、それを制御せいぎょしたからこそ勝てた戦いだ。


「さてと」


 シャルが守護獣しゅごじゅう残骸ざんがいに近づく。彼女かのじょの足音が、くだけた石の上で反響はんきょうする。


「宝物とかないのかなー? 守護獣しゅごじゅうってそういうの守ってるでしょ?」


 そう言って瓦礫がれきを退けていくと、石像の台座の下に階段が現れた。

 湿しめった空気と共に、カビっぽいにおいがただよってくる。さすがに古いだけあってあちこちカビてるみたいだ……。


「あ! やっぱり何かある!」


 わたしたちは階段を降りていく。石段は所々こけむしており、すべりそうになる。

 そこには小さな祭壇さいだんのような空間があった。空気がよどんでいて息苦しい。


 祭壇さいだんの上には台座があり、そこに何かが置かれていた形跡けいせきがある。

 しかし今は、何も置かれていない。

 表面にはあつほこりが積もっているが、中央部分だけ丸くほこりが薄くなっていた。


「あれ? この遺跡いせき翠玉すいぎょくの鏡とかいうのがあるんじゃないの?」

「……すでに持ち去られたのでしょうか」


 リンが台座を調べる。

 そこには黄ばんだ布が残されており、その上に何かが書かれていた。布からは古い紙のにおいがする。


「これは……地図? 印がつけてあるね」


 シャルが布を広げる。パリパリとした音がひびく。

 それは確かに地図のようだ。この辺りの詳細しょうさいな地図で、いくつかの遺跡いせきの位置が示されている。

 インクはせているが、まだ十分に判読できる。


「ここが『蒼龍そうりゅう殿でん』……ここは『朱雀すざく宮』……ほか遺跡いせきの場所が記されているようです」


 リンが地図をのぞむ。

 一番大きくえがかれた建物に、「蒼龍そうりゅう殿でん」という文字が記されている……ようだ。わたしには読めないが。

 建物の周りには、りゅうのような模様がえがかれているように見える。


「しかし、蒼龍そうりゅう殿でんという建物は聞いたことがありませんね。それにこの位置――」

「ん? どうかしたの?」


 リンはふところから将軍からもらった地図を取り出した。

 羊皮紙のれる音がひびく。それを、遺跡いせきの地図と照らし合わせる。すると――


「この蒼龍そうりゅう殿でんという建物。次のきりの谷候補地と場所が同じです!」

「え!? ってことは……どういうこと!? そっちのきりの谷が本命ってことかな!?」

「可能性はありますね。事実、ヒスイドウには不老不死の泉というのはありませんでしたし……」


 シャルとリンが会話をわす。

 蒼龍そうりゅう殿でん……それが次の目的地だろうか。空気が期待にふるえているように感じる。


「よーし! じゃあ次はそこに行こう!」


 シャルの声がはずみ、わたしうなずいた。

 しかし、リンは少しかんがんでいる。彼女かのじょ眉間みけんに、しわが寄る。


「鏡がすでに持ち去られている、ということは……どういうことなんでしょう?」

「当時の人が場所を移したのか、あるいは……だれかが先にてる可能性もあるってことだよね」


 その言葉に、一瞬いっしゅん空気が重くなる。

 もし先客がいるとすれば、それは一体だれなのか。


 それがマーリンなのだろうか。それともほかだれかが……?


「ま、それは考える必要が出たら考えよう!」


 シャルが明るく言う。

 彼女かのじょの声で、重くなった空気が一気に晴れる。その明るさは、まるで太陽のようだ。


「そうですね。まずは地上にもどりましょう」

「うん。でも……どうやって? ジャンプする?」

「さすがに、それはミュウさんが無理かと……」

「……!」


 苦笑くしょうするリンに、わたしは何度もうなずく。無理。当然無理だよ。そんな運動神経ないし。


「あ! こっちに通路があるよ!」


 シャルが祭壇さいだんおくを指さす。そこには、ゆるやかな傾斜けいしゃの通路が続いているのが見える。かべにはこけが生え、湿しめった空気がただよう。


「きっと地上につながってるはず!」


 シャルの楽観的な予想に、わたしとリンは苦笑くしょうする。でも、ほか選択肢せんたくしもない。


 わたしたちは通路に入り、地上を目指して歩き始めた。

 れた石の上を、足音がひびく。暗い通路の先に、かすかに光が差し始めた。

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