第63話 交易祭を守れ!

 翌朝、わたしたちは商人組合の集会に向かった。

 サンクロスの朝は早く、すでに街は活気に満ちていた。

 朝露あさつゆかおりがただよう中、鳥のさえずりが空気をふるわせている。


 露店ろてんの骨組みを組み立てる人々のごえ、荷物を運ぶ商人たちの足音、その間をうように歩く旅行者のざわめき。


 様々な人々がう姿に、交易祭の近さをはだで感じる。石畳いしだたみむ足音が、朝の静けさを破る。


 集会場に着くと、すでに大勢の商人たちが集まっていた。

 木製のとびらを開けると、中から人々の話し声があふてくる。


 ガストンさんがわたしたちに気づき、手をって近づいてきた。

 かれ靴音くつおとが、床板ゆかいたにリズミカルにひびく。


「やあ、てくれたんだね。みんなに紹介しょうかいするよ」


 ガストンさんはわたしたちを壇上だんじょうに連れて行き、集まった商人たちに向かって声を上げた。

 部屋へや中の視線が、まるで重力のようにわたしたちに引き寄せられる。朝からMPが1/3くらいけずれた!


「みなさん、こちらが昨日きのうお話した冒険者ぼうけんしゃたちです。

 交易祭の間、我々の護衛を引き受けてくれるそうだ」


 多くの視線がわたしたちに集まる。その中には期待の色も、不安の色も混じっている。

 すごくジロジロ見られている……。MPが残り1/3くらいだ……。

 視線の重さが、まるで物理的な重さのように感じられる。


 そんな中、シャルが一歩前に出て、元気よく挨拶あいさつした。


「はじめまして! あたしはシャル、こっちは相棒のミュウちゃん。

 みんなの大切な商品、絶対守ってみせるからね!」


 シャルの明るい声に場の雰囲気ふんいきやわらいだ。

 商人たちの間から、小さな拍手はくしゅが起こる。

 その音が徐々じょじょに大きくなり、部屋へや全体に広がっていく。


 その後、具体的な警備の計画が話し合われた。

 交易祭の規模、会場のレイアウト、警備の配置など、細かい点まで確認かくにんしていく。

 わたしたちも時折意見を求められ、シャルが積極的に答えていた。


 集会が終わると、さっそく準備にかることになった。

 交易祭まであと三日。


 その間に警備態勢を整え、強盗ごうとう団の動きをある程度さぐる必要がある。

 わたしたちはほかの護衛たちと共に、街中をパトロールすることになった。


「よろしくな、シャルにミュウ! おれたち南の方から冒険者ぼうけんしゃなんだ」


 南方の冒険者ぼうけんしゃの声には、独特のなまりがあった。

 かれらの装備からは、旅のほこりにおいがする。あとようキャのにおいが。


「へー! あたしたちはね、えーっと……だいたい西の方からかな? 東の大陸に行きたいんだ」

「へぇ、東方大陸か。船旅がうまく行くといいな」


 サンクロスの街並みは日に日にはなやかさを増していく。

 通りには色とりどりの旗がかざられ、風にれるたびにパタパタという音を立てる。


 広場には大きなステージが組み立てられていた。

 金槌かなづちの音や、木材をのこぎりで切る音がひびく。


 パトロールの合間、シャルはわたしうれしそうに話しかけてきた。


「ねえミュウちゃん、すごいよね。こんな大きなお祭り、初めて見たよ」


 わたしも小さくうなずく。確かに、これまで経験したことのない規模だ。

 シャロウナハトでも祭りを見たけど、こんなに大きくはなかった。


 空気中に、期待と興奮が渦巻うずまいているのを感じる。

 普段ふだんなら苦手な空気だけど、シャルと一緒いっしょならある程度はえられた。


 三日間の準備期間は、あっという間に過ぎた。

 その間、さいわい大きな事件は起こらなかった。


 しかし、時折聞こえてくるうわさや、あやしい人影ひとかげ目撃もくげきしたという報告から、強盗ごうとう団の存在は間違まちがいないようだった。

 よるやみまぎれる足音や、かげの動きに神経をとがらせる日々が続いた。


 そして、いよいよ交易祭初日の朝をむかえた。


 夜明け前から、すでに街は活気に満ちていた。

 世界中から集まった商人たちが、次々と露店ろてんを並べていく。

 テントを張る音、商品を並べる音が、朝もやの中にひびく。


 祭り用の食べ物が焼けるにおい、見たこともない果物くだものあまにおい、そして焼き立てのパンのこうばしいかおりが、通りいっぱいに広がっていた。

 それらのかおりが混ざり合い、独特の空気を作り出している。


 わたしたちはほかの護衛たちと共に、メイン会場の警備に当たることになった。

 シャルは大きなけんを背負い、金属のう音を鳴らしながら歩く。

 わたしつえを手に持って、シャルの後ろで会場を見渡みわたしていた。


「それではこれより、サンクロス第108回、交易祭を開催かいさいします!」


 朝日がのぼり、交易祭の開幕を告げるかねひびいた。

 その瞬間しゅんかん、街全体が歓声かんせいに包まれる。かね余韻よいんが、胸の中までひびいてくるようだ。


 人々が次々とメイン会場にせてくる。

 色とりどりの民族衣装みんぞくいしょうを身にまとった人々、めずらしい商品を求める旅行者たち、好奇心こうきしんいっぱいの子供たち。


 その熱気と喧噪けんそうに、わたしはとてつもなくつかれる……。

 人々の体温と息遣いきづかいが、空気を熱くにごらせているように感じた。


 シャルが興奮気味に話しかけてくる。

 彼女かのじょの声は、周囲の喧噪けんそうにも負けない明るさだ。


「すごいね! こんなに人が……あ、ミュウちゃん見て! あそこの露店ろてん、なんかキラキラしたの売ってる!」


 シャルの指さす先には、宝石のようなかがやきを放つ果物くだものが並んでいた。

 店主はカラフルな服を着た老人で、頭には角が生えていた。にこやかに客たちに応対している。

 かれの声は、不思議と周囲のさわがしさをえて聞こえてくる。


「ちょっと見に行ってもいいかな? 警備の邪魔じゃまにならない程度でさ」


 わたしは少し考えてから、小さくうなずいた。会場の様子を知ることも大切だろう。


 わたしたちは露店ろてんめぐりながら、警戒けいかいおこたらないようにしていた。

 世界中のめずらしい品々が所狭ところせましと並ぶ光景は、なんとも形容しがたい。

 目にもあざやかな色彩しきさいが、視界いっぱいに広がっている。


 東方の絹織物、そのなめらかな手触てざわりが想像できそうだ。

 南国の花みたいな香辛料こうしんりょう、その刺激的しげきてきかおりが鼻をくすぐる。

 北方の毛皮、そのぬくもりがはだに伝わってくるようだ。


 そして見たこともない魔法まほうの道具たち。ペンやほうきといった小物からかすかに魔力まりょくの波動を感じる。

 どれもこれも目を見張るようなものばかりだ。


 シャルは目をかがやかせながら、あちこちの露店ろてんのぞいていた。

 時折商人たちに話しかけては、その品物の由来や特徴とくちょうを熱心に聞いている。

 彼女かのじょの声には、純粋じゅんすい好奇心こうきしんあふれている。


 そんな中、ふと気になる会話が耳に入った。

 周囲のさわがしさの中から、その声だけがみょう際立きわだって聞こえる。


「おい、聞いたか? 昨日きのうの夜、港の倉庫がらされたらしいぞ」

「マジか? やっぱりアイツらの仕業か?」

「警備を強化したって言ってたのに、まだ動いてるのか……」


 わたしはシャルのそでを引っ張り、その会話に注意を向けさせた。

 シャルも表情をめ、小声で言った。彼女かのじょの声が、耳元で振動しんどうするのを感じる。


「やっぱり、アイツら動いてるみたいだね。気をつけないと」


 わたしたちは、より一層警戒けいかいを強めることにした。

 人混ひとごみの中をうように歩きながら、不審ふしんな人物や動きがないか、細心の注意をはらう。

 周囲の音やにおい、動きの一つ一つが、より鮮明せんめいに感じられるようになる。


 そんな緊張きんちょうの中にあっても、交易祭の雰囲気ふんいきわたしたちをつつんでいた。

 通りには音楽隊が現れ、にぎやかな演奏をかなはじめた。

 太鼓たいこひびき、笛の音色が空気をふるわせる。


 露出ろしゅつ度の高いおどの女性たちがかろやかなステップをみ、観客たちの歓声かんせいが上がる。

 すずの音がリズミカルにひびくなか、わたし彼女かのじょたちをぼーっと見つめていた。


「なぁにミュウちゃん、ああいうの好き?」

「!?」


 そ、それはどういう意味で……!? たしかに綺麗きれいだなあとは思うけど、それ以上の意味はないよ!

 かすかに顔が熱くなるのを感じる。シャルがそれを見ながら楽しそうに言った。


「あはは! ねえミュウちゃん。こんなお祭りがずっと続けばいいのにねぇ」


 わたしも同意見だった。こんな平和な光景が、いつまでも、どこででも続けばいいのにと思う。


 しかし、その願いもつか

 突如とつじょ、会場のはしから悲鳴が聞こえた。その声が、周囲のさわがしさを一瞬いっしゅんこおりつかせる。


泥棒どろぼうーっ!」


 わたしたちは即座そくざに声のした方向にした。

 人々があわてふためく中、黒装束くろしょうぞく人影ひとかげ素早すばやく動いているのが見えた。


「ミュウちゃん、あいつだ!」


 シャルがさけぶ。

 黒装束くろしょうぞく人影ひとかげが、人々の間をうように動いていく。

 その足音は、祭りの喧噪けんそうにかき消されそうになりながらも、不吉ふきつひびきを残す。


 シャルがわたしの手を引いて、その後を追う。

 彼女かのじょの手のぬくもりが、緊張感きんちょうかんの中で心強く感じられる。


「こっちだ! がすな!」


 ほかの護衛たちの声がひびく。会場は一瞬いっしゅんにして混乱におちいり、悲鳴や怒声どせいう。


 強盗ごうとう団は複数のグループに分かれて行動しているようだ。

 シャルとわたしは、最も近くにいた一団を追う。足をらす音と、あら息遣いきづかいが耳に届く。


「ミュウちゃん、あっち!」


 シャルの指さす先に、荷物をかかえて走る黒装束くろしょうぞくの男が見えた。

 かれ人混ひとごみをしのけ、露店ろてんの間をうようにげていく。その動きはかげのように素早すばやかった。


 シャルは大剣たいけんを背負ったまま、かろやかな動きで追跡ついせきを続ける。

 けんが背中でれる音がリズミカルに聞こえる。

 わたしも必死に後を追う。風を切る音と、心臓の鼓動こどうが耳にひびく。


「待ちなさーい!」


 シャルの声に男がかえる。その目にあせりの色が見えた。


 男は突然とつぜん、近くの露店ろてんたおはじめた。商品が散乱し、人々が悲鳴を上げる。

 陶器とうきが割れる音、布がける音が耳に痛い。

 それを障害物にして、げる時間をかせごうとしているのだ。


「ちょっと! なんてことすんの!」


 シャルがいきどおる。あれは商人たちの用意した大切な商品だ。

 それをただの障害物みたいに……。こわれた品々から、様々なかおりがめる。


(物体回復魔法まほう!)


 わたしは走りながらつえを向ける。するとこわれたつぼたおれた柱が回復し、元にもどっていく。

 魔法まほうの光がまたたく中、障害物となっていた物品が、シャルに道を開ける。


「ナイスミュウちゃん!」


 障害物がなくなり、彼女かのじょの動きは止まらない。シャルの足音が石畳いしだたみするどく打つ。


 わたしも必死に後を追うが、シャルほど身軽には動けない。

 少しずつ距離きょりが開いていく。息が上がり、のどかわく。


(シャ、シャル足速っ……! 見失わないようにしないと……!)


 そう思った瞬間しゅんかん、前方で悲鳴が上がった。その声が、周囲の喧噪けんそう一瞬いっしゅんく。


「きゃあっ!」


 げる男が、女性と激しくぶつかった。

 彼女かのじょは地面にたおれ、男も体勢をくずす。衝突しょうとつの音と、たおれる体の音。

 そのすきのがさず、シャルが男に飛びかかった。


「やったー! つかまえた!」


 シャルの勝利の声がひびく。

 そのかたわらでわたしは追いつき、たおれた女性の傷を一瞬いっしゅんで治した。魔法まほうの光が、女性の体をつつむ。


「いたた……あ、あれ? 痛くない……?」


 女性が不思議そうに自分の体を見回す。

 しかし、そんな喜びもつか


「チッ、こんなところで……つかまってたまるかよ!」


 男がポケットから何かを取り出そうとしているのが見えた。

 金属のれる音が、かすかに聞こえる。


「シャル、危ない……!」


 わたしの警告の声と同時に、男の手から小さな球体が放たれた。

 それが地面に落ちた瞬間しゅんかん、大量のけむりした。


 けむり玉だ。

 またたに周囲は白いけむりに包まれ、視界がさえぎられる。けむり刺激臭しげきしゅうが鼻をつく。


「げほっ、げほっ……! くそぉ、どこだ!?」


 シャルのむ声が聞こえる。

 けむりの中、人々の悲鳴やせきひびく。目が痛み、呼吸が苦しくなる。


(このままじゃ……!)


 わたしは迷わずつえるった。魔力まりょくが全身にめぐるのを感じる。


(状態異常回復魔法まほう!)


 青白い光が辺りを包み、シャルや周りの人たちのせき一斉いっせいに止まる。

 魔法まほうの余波が、はだをそよぐ風のようにでていく。


「おお、ミュウちゃん! ナイス!」


 しかし、これだけでは不十分だ。けむりはまだ晴れていない。視界は相変わらず白くかすんでいる。


(状態異常耐性たいせい魔法まほう!)


 今度はあわい緑色の光が広場全体をつつんだ。魔法まほうの波動が、空気をふるわせる。

 これで、みなけむり影響えいきょうは受けなくなる。

 つまりシャルも、けむりの中でも男を追えるということだ!


「よし、ハッキリ見える! ありがとう、ミュウちゃん!」


 けむりに動じず、シャルが素早すばやく動き出す。

 彼女かのじょの足音が、けむりの中をけていく。そして次の瞬間しゅんかん、男の悲鳴が聞こえた。


「ぐあっ!」


 けむりが晴れ始めると、そこにはシャルが男をさえつけている姿があった。しっかりと身体をさえられている。


「はぁ、はぁ……今度こそつかまえたよ!」


 シャルの顔には、達成感に満ちた笑顔えがおかんでいる。

 彼女かのじょの額にはあせが光り、あら息遣いきづかいが聞こえる。周囲から歓声かんせいが上がった。


「やった! つかまえたぞ!」

「ありがとう警備隊!」


 人々の称賛しょうさんの声がひびく。その中で、ガストンさんがけつけてきた。


「シャル、ミュウ! 無事か!?」

大丈夫だいじょうぶだよ、ガストンさん! ほら、ちゃんとつかまえたよ」


 シャルが得意げに言う。ガストンさんは安堵あんどの表情をかべた。かれの顔から緊張きんちょうが解けていくのが見える。


「本当にありがとう。君たちのおかげだ」


 その後、ほかの護衛たちも続々ともどってきた。

 かれらも何人かの強盗ごうとう団のメンバーをらえたようだ。

 らえられた者たちの足を引きずる音や、抵抗ていこうする声が聞こえる。


「首領もつかまえたぞ! これで一件落着だ!」


 その報告に、周囲から大きな歓声かんせいが上がる。

 その声が、まるで波のように広がっていく。

 わたしたちはなんとか、交易祭をまもいたのだ。


 らえられた強盗ごうとう団のメンバーは、次々と護衛たちにわたされていく。

 かれらの表情はいずれもくやしげだった。なわで体を結ばれる音があちこちでひびく。


 シャルがわたしの方に向き直り、満面のみをかべる。その笑顔えがおは太陽のように明るかった。


「やったね、ミュウちゃん! 祭りの被害ひがいも全然出てないみたい!」


 わたしも小さくうなずいた。安堵あんどの息が自然とれる。シャルが手のひらをこちらに向ける。


「……?」

「ハイタッチだよ! ほらほら」


 わたしはその圧に少し戸惑とまどいつつも、おずおずとシャルの手に手を重ねた。

 手の大きさもかたさも、彼女かのじょわたしとでは全然ちがうみたいだ。


 その後、ガストンさんが近づいてきてわたしたちのかたたたいた。


「本当にありがとう。君たちのおかげで、交易祭を守ることができた。報酬ほうしゅうはしっかり用意させてもらうよ」

「ありがとう! でも、お祭りはまだ終わってないよね? 最後まで気をかないようにね!」


 その言葉に、ガストンさんは温かく笑った。


 周りの人々は徐々じょじょに落ち着きをもどし、露店ろてんの復旧が始まった。

 テントを立て直す音、商品を並べ直す音が聞こえてくる。


 交易祭は、一時の混乱をえて再開された。

 人々の笑顔えがおが、再び街にもどってくる。祭りの音楽が、再び鳴り始める。


 わたしたちはそんな光景を見守りながら、しばしの休憩きゅうけいを取り、情報収集に専念することにした。

 長い一日になりそうだ。つかれた体に、太陽のやわらかな光が差しむ。


 交易祭は、まだまだ続く。東方に向かう情報は得られるだろうか……?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る