第17話 新しい朝

 朝日がまどからむ宿屋の一室で、わたしは目を覚ました。


 カーテンの隙間すきまかられる光が、部屋へやの中にやわらかな温かさを運んでくる。


 昨日きのうは本当にいろいろあった。体を動かすと、足やうで筋肉きんにくにぶいたみが走る。


「ミュウちゃん、ごめん! ホンットーーーに、ごめーん!」


 目を開けベッドから出ようとした瞬間しゅんかん、シャルがゆかに頭をつけて土下座どげざしている姿すがたが目に入った。


「!?」


 あやうくむところだった。木のゆかがきしむ音がひびく。

 シャルの姿すがたおどろいて、わたしは思わず後ずさりした。何をしてるの? いつからスタンバってたの!?


(そういえば、最初に会った日の次の朝もこんな風に土下座どげざしてたっけ、シャル……)


 シャルの赤いかみゆかに広がり、朝日を受けて燃えるようにかがやいている。その様子にわたし苦笑くしょうした。


「いやー、ホント……! ミュウちゃんがグラハムのおっさんのせいで危険きけんな目にうところだったのに、あたしとたら楽しく6はいくらい飲んじゃって……!」

(それは飲みすぎ)


 飲んだ酒の量はホントにしていると思うけど、とにかく……シャルの言葉に、わたしは小さく首を横にる。

 気にしていないという意思表示だ。でも、シャルの勢いは止まらない。


「これからは絶対お酒ひかえるから! 4はいくらいにする! ていうかミュウちゃんからあんまはなれないようにする!」

(いやそれはそれでわたしこまるなぁ!)


 思わず、ため息がれる。シャルの大げさな反応に少しつかれを感じつつも、心の中では温かい気持ちが広がる。

 こんなに心配してくれる人がいるなんて、わたしは幸せ者かもしれない。


 そんな中、部屋へやのドアをノックする音がひびいた。

 木のとびらたたく、低い音が静かな部屋へやひびわたる。


「失礼する。入っても問題ないか?」

「ん? だれ? いいよ、どうぞー」


 低く落ち着いた声と共に、ゴルドーが部屋へやに入ってきた。

 かれの表情は昨日きのうと変わらず、まった口元にするど眼差まなざし。かれの足音は重く、ゆかきしむ音が聞こえる。


「おはよう。昨日きのうは世話になったな」

「あーっ、ゴルドーじゃん! なんか強いってうわさの! あれ、ミュウちゃん知り合いだっけ?」


 わたしは小さくうなずいて肯定こうていする。知り合いというほどではないが、昨日きのう助けてもらった間柄あいだがらだ。


「シャルだったか。お前の捕縛ほばくしたリュークだが、ひと通りの犯行を全部いたそうだ」

「そうなの? よかったよかった。あ、カールってどうなった?」

「そいつのことは知らん」


 端的たんてきな言葉でてられる。カール……あの人無事だったんだろうか。


 無事といえば、そうだ。つかまっていたおじいさんがいたはずだ。あの人は無事に保護されただろうか?


「あっ……あ、あの……お、おじ、おじ……」

「あー、ゼペットっておじいさん? あの人はどうなった?」

かれも無事だ。仕事の〆切はまずいらしいが」


 ほっとして、わたしは深く息をした。朝起きたばかりだからかMPもほぼ満タンだ。

 この調子ならどもりながら話すことくらいはできる……!


「さて。昨日きのうミュウに話したことについて、くわしく話したい」


 ゴルドーの声には、切迫感せっぱくかんんでいた。わたしとシャルは顔を見合わせ、真剣しんけんな表情でかれの話に耳をかたむける。部屋へやの空気が一瞬いっしゅん緊張感きんちょうかんに包まれた。


おれ故郷こきょうの村が、未知の疫病えきびょうに苦しんでいる」


 その言葉に、部屋へやの空気が一気に重くなる。シャルが息をむ音が聞こえた。


「……疫病えきびょう? マジ? いつから?」

「もう6年になるか。村人の多くが原因不明の体調不良になやまされ……意識をもどさない者も多い。

 医者も薬も効果がなく、もはや魔法まほう的な治療法ちりょうほうしか残されていないんだ」


 ゴルドーの声には、深い悲しみとあせりが混ざっていた。わたしだまってうなずき、かれの話をうながす。


「これまでも多くのヒーラーを村に連れて行った。

 しかし、誰一人だれひとりとして村人を完治させることはできなかった」


 その言葉に、わたしの中に不安が芽生える。もしわたしにも治せなかったら……。そんな思いが頭をよぎる。


 ……いやいや。こういう考えが良くないのかも。

 昨日きのうもリンダって人にいかられたし……もっと自信を持つべきかな!? わたしむねを張って答える!


「まっ、ま、ままままま」

「おお……ミュウちゃんが『任せて』と言おうとしているよ!」

「よくわかるな、お前」


 ふう。やっぱり今日きょうはかなりしゃべれている。会話の自信がついてきたかもしれない!


「ミュウちゃん、さっきからすごいドヤ顔してるけど、話せてはないからね!」

「……!?」


 そんな……!? 会話できてると思ってたのに……!?

 ショックだった。やっぱりコミュしょうはコミュしょうか。ははっ……。


「……ミュウ。お前が使った『全体完全回復魔法まほう』。アレはどこで覚えた代物しろものだ?」


 ゴルドーの冷静な声がこちらを向く。かれするどい目線が、まるでわたしの心の中をのぞもうとしているかのようだ。


「えっ……あ……し、師匠ししょうに……」

師匠ししょう……?」


 いぶかしげにこちらをにらむ。その視線しせんさってくる。し、師匠ししょう師匠ししょう、なんだけど……。


「お前の詠唱えいしょうに、『魔導まどう王』というフレーズがあった。おれの見立てによれば、お前が使っていた魔法まほうは――古代魔法まほうだ」

「古代魔法まほう!? そうなのミュウちゃん!?

 あっ、なんか全然知らなかったって顔してる!」


 すでにシャルが言ったとおり、全然知らなかった……! 古代魔法まほう!? わたしそんなの教えられてたの!?


「かつて1000年ほど前、『魔導まどう王』とばれた人物がいた。その人物は数多くの画期的な魔法まほうを開発し、その文明は栄華えいがきわめた。

 ……だが、魔導まどう王の国はある日突然とつぜん歴史から姿すがたを消す。

 その国で使われていたという数多くのおそるべき魔法まほうもまた、今の歴史には残っていない」


 ゴルドーの発言に、部屋へやの空気が一瞬いっしゅん停止する。

 まどの外から聞こえていた鳥のさえずりも、急に遠くに感じられた。


「そ……それをミュウちゃんが使ってるってこと?

 どゆことミュウちゃん!? もしかして1000さいなの!?」

「!?」


 ち、ちがう。絶対ちがう! ていうかそんな話聞いたこともないし!


「……とにかく、お前がそれをどこで覚えたかはどうでもいい。

 問題は、それなら村人たちを治せるかもしれないということだ」


 ゴルドーの目に、かすかな希望の光が宿る。その期待に、わたしは重圧を感じつつも、できる限りのことをしようと心にちかい、うなずく。


「よーし!」


 シャルが突然とつぜん立ち上がり、こぶしにぎりしめた。

 その勢いにベッド近くの小テーブルがれ、置いてあった水の入ったグラスがカチャカチャと音を立てる。


「じゃあ、さっそく出発しようよ! ゴルドーの村の人たちを助けに行こう!」


 シャルの明るい声に、部屋へやの空気が少し軽くなる。

 わたしも小さくうなずき、準備を始める。荷物をまとめる音が、静かな部屋へやひびく。


「……おい。まだ報酬ほうしゅうの話もしてないぞ」

「いいっていいって! こまったときは助け合いでしょ? お金は終わってからでもいいからさ!」

「……!」


 わたしもシャルの言葉にうなずく。

 こまってる人を助けたい……。それが、わたし冒険者ぼうけんしゃを目指した理由でもあるからだ。


「……まったく。お前たち、いつか足元をすくわれるぞ」

「あはは! じゃあすくわないでよ?」


 ゴルドーが鼻で笑い、かかとを返す。かれ重厚じゅうこうな足音が、木のゆかきしませる。


おれは下にりている。準備ができたらりてきてくれ」

「はーい! ぱぱっと準備しちゃうね!」

「それと……」


 ゴルドーはドアを開く。ドアの蝶番ちょうつがいが軽く音を立てる。


「……ありがとう」


 そう言って、かれ部屋へやの外に出ていった。とびらまる音が、静かにひびく。


 こうして、犯罪集団との死闘しとうから一夜しかっていないのに……わたしたちの新たな冒険ぼうけんが始まろうとしていた。まどの外では、朝の光が徐々じょじょに強くなり、新たな一日の始まりを告げていた。

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