第50話 愛する人(親友)の為に

「さあ、ね。昔の事はあまり覚えてなくてさ。でも南さんや文雄さんとそんな事をした思い出は無いかな」


 僕は出来る限りの笑顔でそう答える。間違えてはいないし嘘を言ってもいない。屁理屈かもしれないがそこは許して欲しい。


「そう。確かに夕樹は子供時代も静かそうなイメージがあるかも」


「子供の頃から陰キャだって?」


「被害妄想が凄い。誰もそんな事言ってないでしょ」


 そう言って呆れたような素振りを見せながらも、美影の口角が少し上がっているのを視認できた。いつもの美影はあまり笑わず、大体が無表情だ。上機嫌なのだろうか?


 いや、それよりも——


「美影……ごめん」


 僕の推測が正しければ今の僕は失礼な事をしていると思う。誤魔化そうとしているのは気づかれているはず。


 だから僕は謝った。まだ、恐怖が消えていないから。


 でも美影はかぶりを振って、隣にいる僕の頭を撫でて来た。僕はくすぐったさと気恥ずかしさで視線を逸らす。


「大丈夫。私の方こそごめんね。……多分、夕樹もわかってるんでしょ? 踏み込むなら夕樹からだよ。その2人はずっと待ってる」


「……うん、知ってる」


「ならよし。夕樹、テストの終了祝いに饅頭でも食べよう。氷森心が買ってきてくれた」


 そう言って美影は僕の頭から手を離し、受付の方へ歩いて行く。


 最近見慣れて来たお気に入りの饅頭の箱を取ってくると、彼女はいつも座っている椅子に腰をおろし、隣を手のひらで叩いた。僕は美影の隣に座り、キラキラと目を輝かせている美影を見つめる。


「いつ見ても神々しい……饅頭が眩しい……」


「饅頭が眩しいってなに?」


 「ああ……」と儚げな声を漏らしながら美影は目を手で覆っている。初めて聞く言葉なんだけど。蛍光灯でも入ってるの?


「ふへへ……饅頭……饅頭……そう言えば夕樹、前に決めたご褒美どうする?」


「ぶふっ……ごめん、全く話入ってこないからもう1回言ってくれる?」


 だらしない笑みから急にスンとなるのやめて欲しい。面白くて吹き出しちゃったじゃん。


「前にゆきさんが決めたご褒美のこと? あのスキンシップがなんたらみたいなの」


「そうそう」


「でもあれって10位以内でしょ? 僕は多分入ってないと思うんだよね……」


「あれ、そうなの? ここに来た時も今も落ち込んだりしてなかったから自信あるのかと思ってたんだけど……」


 それはただ隠してるだけだ。心中ではちゃんと落ち込んでいる。だが数学はいくら勉強してもどうしようも無かったので諦めた。


 普通の高校ならある程度良い線いっていたかもしれない。けど数学という大切な1教科を捨てて上位にいけるほどこの学校は甘く無いだろう。


「それにあの時は良いと言ったとはいえ、美影にそう言う事を強制させるのは……」


 名残惜しさを顔に出さないように笑顔を貼り付ける。僕は一応隠せる方だと思う。……多分。


 正直に言うと受けたかった。だってそうだろう? 僕は美影が嫌いじゃない。いや、確実に好きな部類に入る人。それもかなり上にだ。そんな異性(しかも美人)のスキンシップを拒否する男がどこにいるのか。いたら連れて来て欲しい。そいつは絶対に男じゃない。


 それに今言った美影に強制〜というのも嘘では無い。なので僕は諦めるしか無いのだ。


 ……と、思っていたのだが。


「なら、私が自主的にやるのなら良いんだね?」


「え?」


 美影の言葉の意味がわからずに首を傾げると、美影は饅頭の包装を取り、饅頭を手に持つ。そして——


「はい、あ〜ん」


「……え?」


 美影は湯気が出るのでは無いかと思うほど顔を紅潮させながら僕の口に饅頭を近づけて来た。


 これはつまり……あれだよね? ラノベや漫画によく出てくる……「あ〜ん」?


 心臓の鼓動が早くなり、僕の顔に熱が篭っていくのがわかった。


「……早くして」


 食べるのを躊躇していると、半目の美影が急かしてくる。もう耳まで真っ赤だ。


 僕は恐る恐る饅頭を少し齧る。甘い……甘いはずなのに……味が全くわからない……!


「私も貰う」


 そう言った美影は僕が少し齧った饅頭をそのまま口に運んだ。そ、それって……


「甘いね」


 そう言ってこちらに笑いかけて来た美影を見ていると、僕も自然と笑顔になっていく。


 恥ずかしい。恥ずかしいけど……テストをしっかりやり遂げたご褒美ということでこの幸せな時間を楽しむのだった。


※※


 その女性は橙色に染まったアスファルトの歩道に佇んでいた。


 周りには誰もいない。いるのはその女性と言って良いかわからない怪異だけだ。


 身長は2mを優に超え、これからの季節にぴったりな麦わら帽子と白いワンピース。そのワンピースから出ている手足は驚くほどに細く、そして長い。


「ぽぽぽぽ」


 日本語でも、ましてや英語などでもない言葉を呟き、その怪異は歩き出す。ある1人の人間の男に苛立ちを湧かせながら。


 その怪異は歩いている時、心の中では親友である有名な都市伝説の幽霊を呼んでいた。


 みーちゃん、と。

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