第49話 既に少女に

 土日でなんとか風邪も治り、テストが始まって数日が経った金曜。今日がその最終日である。


「終わったぁ〜!」


 テスト《じゅばく》からの解放感に喜びを感じながら大きく伸びをする。


 僕のその少し大きめな言葉も周りの喧騒にかき消される。周りではどこに遊びに行くか、誰かの家に集まってゲームをしようなどと今後の予定を立てているらしかった。


 テストの結果はまあ良い方だろう。一応ちゃんと勉強はしたし。……だが数学、お前は駄目だ。マジでダントツでわからなかった。


「お疲れ様、夕樹君」


「……あ、心君。お疲れ様」


 声がした方向へ視線を向けると、心君が爽やかな笑みを浮かべながら手を振っていた。


 クラスメイトに話しかけられるとは思わなくて少し反応が遅れてしまった。陰キャの悲しい性である。


「夕樹君はテストどうだったんだい?」


「う〜ん……まあまあかな。心君はどう?」


「俺もそこそこだと思うよ。……って、何その顔?」


 僕が目を細めて心君を見ていることに気づいたのか、彼は怪訝そうな顔をした。


 僕はイケメンの「そこそこ」や「まあまあ」と言う言葉を信じていない。どうせ高得点を取るんだろう。え? 僕はどうなのって? イケメンじゃないしなんなら数学がある時点で終わりだよ。まあ、赤点は免れたと信じたいけど。


「いや、なんでもないよ。それより僕に何か用事があったんじゃ無いの?」


「……まさか気づかれてるなんて。と言っても夕樹君にとってはそこまで重要じゃないかもだけどね」


「?」


 僕がなんの事かわからずに首を傾げていると、心君は笑顔を見せた。


「ありがとう、夕樹君」


 突然のお礼に僕は気恥ずかしくなり、視線を逸らしながらもその真意を探る。


「……え〜と……ああ、そう言うことね」


「……どう言う意味かわかったのかい?」


「まあ、多分? ゆきさんにも同じようなこと言われたし」


「ゆきさん、ね。なら本当にわかっているようだ。ヒントすら出してないのに……怖いから近づかないでくれるかい?」


「そんなに?」


 今より話せる人の数が減ったら僕はどうすれば良いんだ。あと話せる人は幽霊しかいなくなってしまう。それは出来れば遠慮したい。


 僕は席を立ち、鞄に荷物を詰めていく。


「行くのかい?」


「うん、まあね。テスト終わったし」


「そうかい。じゃあ俺も帰るとするよ」


 僕達は互いに鞄を持って昇降口へ向かう。


「僕、心君達に会う前まで鋭いなんて言われたこと無かったんだよね」


「え、そうなのかい?」


 そんな他愛もない雑談をしながら足を動かす。


 心君は学校という場所には似つかわしくない荘厳な校門へ、僕は旧校舎へ足先を向ける。


 旧校舎へ着き、階段を上がっていく。テストが終わって気が緩んでいるのか、足に力が入らず速度は遅い。気のせいかもしれないが体も若干だるい。しかし、熱などで無いことは何故か理解出来た。


 新校舎とは正反対と言っても良いような黒ずんだ床や壁。だが下に埃などは少なく、たまに掃除されているという事が伝わる。


 1週間と少しほどしか経っていないが、ここに来るのは随分と久しぶりな感覚になっている。前まではかなり入り浸っていたからなのだろうな、と苦笑し、目の前の図書室の扉を開ける。


「来ると思ってたよ。テストお疲れ様、夕樹」


「うん、ありがとう、美影」


 迎えてくれたのは変わらずに美影。彼女は読書や将棋などをしていた訳では無かった。机や椅子が綺麗に整頓されていたから一目瞭然である。


「何をしていたの?」


「まあ、少し考え事。それと、ここから校庭を見てた」


 美影が手招きをしてきた。ここに来いと言う意味だろうと解釈して浮いている彼女の隣まで歩き出す。


 下ではテストが終わった運動部の生徒達がそれぞれ活動をしていた。この学校は設備がかなり整っているので部活動も更にやる気が湧くのかもしれない。


 一見するとなんともないただの日常。明日も、明後日も、ここから見れば同じような景色が見れそうだと思った。


 だが、美影は僕とは違い懐かしそうに目を細めている。


「何か面白いものでも見つけたの?」


「ううん。でも、ちょっと思い出すんだ。あの子とこうやって一緒に下を見てた時を」


 あの子、というのは美影が昔仲良くしていたと言う女性だろう。前にそんな人がいたと聞いた。


 美影が窓に人差し指と中指を優しく当てる。窓に水滴などはなく、太陽の光を図書室に注いでいる。


 陽光に当てられながら優しく微笑む彼女はどんな光よりも眩しく見えて、僕は目を奪われた。


「前もこうやってテストが終わった後にね、あの子もここに来たんだ。テスト疲れた〜ってダラダラと歩きながらね。今みたいに窓際にいた私に何してんのって聞いて来て」


 ……何故か、違和感と既視感を覚えた。違和感は恐らく今横にいる少女から。いつもと雰囲気が違うように思ったからだと推測出来た。


 でも既視感の元がわからない。一体どこから出てきたのか、近くにあるようで遠くにある、不思議な解けない難問のように感じた。


「気分で眺めてただけ、って言ったらまあそんな時もあるよね〜って私に抱きついてきたの。……もう何年も前の話だけど、何故か今思い出したんだ」


 普段とは様子が違う美影はまるで別人のように見えて。直感だけれど何かがあるのだとわかった。


 そして、直感は的中した。


「夕樹は、そう言う思い出とかあるの? お母さんと、とか」


 その、言葉として。

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