第48話 心の弱さは失ったものの大きさ
「やっちゃったよなぁ……」
なんとか帰宅した翌日の金曜。測ってみた体温は37度8分。風邪で間違いなさそうだ。
南さん達には事情を説明し、学校を休ませて貰った。薬やお粥なども用意してくれたらしい。かなり心配させてしまったみたいで申し訳無さが心中を渦巻いている。
テスト勉強やその他諸々考える事が多いのに頭が回らない。
薬などは自分で持って来て飲まなければいけないのだが……倦怠感のせいで体が思うように動いてくれず断念するしかなかった。
僕はベッドから出るのを諦めて横になり、目を瞑る。目を瞑っていればいずれ寝られるだろう。
いつもは独り言を言っていたりもする為多少の音があるが、今日の部屋は雨の音だけが響いていた。
風邪などで部屋に1人で居ると心細くなる、と言うのはあながち間違いではないのかもしれない。独りには慣れたと思っていたのに……
最近は美影がこの部屋に来ることが多かったからだろうか、この静けさが妙に落ち着かない。
僕はなんとか寝ようとぎゅっと閉じた瞼に力を込める。
その瞼の裏に映るのは先程の砂場で遊んでいた1人の子供。多分あれは昔の僕だ。あんな事をしていたという記憶がある。
あまり家に帰って来ないお母さんの目を引こうと悪戯などをする幼き日の僕。風邪を引こうとしていたのもその一貫だ。
38度ほどの熱で幻覚は見ないと思うが熱による脳の異常、そして雨というあの時と酷似した情報が創り出したのだろう。
テスト勉強による睡眠不足、そして雨に打たれただけで体が弱くなり、熱を出してしまうなんて。まあ昨日も雨に打たれた上に何も対策をせずにそのまま勉強をしちゃったのも影響しているのかもしれないが。
薬を取りに行く気力、更には食欲なども無いので後で食べようと思い、寝ようとした……が、その時、窓の方から気配のような何かを感じた。
「夕樹……?」
小さく聞こえて来たその声に僕は疑問と驚愕で飛び起きそうになった。それをなんとか堪えると、自分を落ち着かせるようにゆっくりと目を開ける。
「美影……? なんでここに……?」
「おはよう、夕樹。ごめんね、起こしちゃったかな?」
最近は会っていないので約束などは無い、と思う。なので美影は本来僕が熱を出している事も知らないはず。まさか南さんに聞いたとかじゃ無いだろうし……
もう少し考えれば何か思いつきそうだったが頭痛がしてしまったので仕方なく諦める。
だが、僕のその疑問は次の美影の言葉で解消された。
「氷森心に教えて貰った。今日、夕樹が学校休んだって。あいつとクラスメイトなんでしょ?」
「あ、そっか……」
学校のことが完全に頭から抜け落ちていた。それに今まで僕が休んでもクラスメイトに見向きもされてなかっただろうし……
「な、なんで泣いてるの? 大丈夫? どこか痛い?」
「僕の
「……思ったよりも元気そうで安心した」
はぁ、と美影はため息を吐く。そして美影は躊躇いがちに僕の額に手を置いてきた。
「本当に僕は気にしてないよ……?」
「な、なんの事かわからない。熱は……あまり高くなさそう」
「わかるんだ……」
まあね、と言う美影の顔は前の件を思い出したのか紅潮していた。あんなに気にしなくて良いって言ったはずなのになぁ。
そして僕は先程まであった心細さがいつの間にか消えていることに気がついた。……いや、いつの間にかというのは語弊があるかもしれない。
多分、目の前の少女の声が聞こえた後から消えていたのだろう。確証は無いが妙な確信があった。
「夕樹、なんで笑ってるの?」
「……いや、なんでも無いよ……」
「そっか。食欲は……無さそうだね。ありそうなら下にあったお粥を持ってこようと思ってたけど」
「うん、大丈夫」
「そっか。じゃあ寝た方が良いね。夕樹の体調も確認出来たし、私はもう帰ろうかな——」
そう言って窓の方へ向かう美影の手を掴み、止めてしまう。
僕は慌てて美影の腕を掴んでいた左手を布団に戻す。
止められた美影は後ろを振り返り、信じられないといった様子で呆然と僕を見ていた。
そして美影は少し笑い、本棚の方へ歩いて行く。
「どうせやる事も無いんだし、もう少しここにいる」
美影は本棚から前に読んでいたラノベの2巻を取り出し、踵を返し僕の顔付近のサイドフレームに背中を預けてラノベを読み出した。
「……ごめん」
「謝らなくて良いよ。私が勝手にここに居るだけだから」
「……ありがとう」
「何についてかはわからないけど受け取っておく」
その美影らしい気遣いに笑みが零れてしまい、慌てて布団で隠す。
「病人は早く寝て。じゃないと治らないよ」
「……うん。おやすみ」
「おやすみ」
僕は目を瞑り、呼吸を繰り返す。美影が来る前にあった感情は全て無くなり、心が安らいで行くのを感じた。
その時、僕の頭に冷たくも温かい感触があった。
「大丈夫。夕樹は独りじゃない。『今』は、私がいるから」
少し目を開けた先に居た美影は、さっき、いや、いつもより悲しそうな目をしている気がした。
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