第47話 交わってしまった2つの世界

 夕樹のご褒美? が決まった日から数日経ち、金曜日。


 外は分厚い雲が空を覆っていて、降っている雨はアスファルトの道路や幽成高校などを濡らしている。その雨が気温の低下を更に進めていて、私が人間なら長袖などを着ていた事だろう。余談だがこの図書室は何故か地味に暖かい。まあ幽霊わたしたちに寒暖差の影響はあまり無いけど。


 昨日もこんな感じの天気だったなぁと気分が沈む気配がした。雨は個人的にあまり好きではない。


 私は先程から手元にある推理小説のページをめくり続けている。これはこの旧校舎の図書室から適当に引っ張り出した本だ。


 元々あまり推理小説は読まなかったが最近になって読むようになった。この類の本を読んでいると最近とても面白く見えてきている。その理由に夕樹が入っているのかいないのか。真相は定かではない。


「まあ、夕樹は探偵じゃないけどね」


 そう呟くが返答は無い。当然だ。だって今ここには私しか居ないのだから。


 夕樹が来るまで本を読んでいようと視線を落とす。


 それから何分経ったのかはわからないが、図書室の扉が開かれる音がし、私は夕樹が来たのかとそちらに視線を移す。


「こんにちは、花子さん」


「……うげっ」


 扉を開いた主を見て思わず眉を顰めてしまう。


「酷いなぁ。そんな反応をしなくても良いじゃないか。折角あそこの饅頭を買ってきたのに」


「……取り敢えず話は聞いてあげる。適当に座って」


 やはり2人、そしてひーちゃんが言っていたように私はチョロいのかもしれない。だが饅頭の誘惑には抗えなかった。


 お邪魔します、と言って氷森心は私の対面の椅子、つまり夕樹がよく座る椅子に腰を下ろ——


「……ん?」


 そうとして止まった。空気椅子をしているような状態のままピタッと静止している。足腰がかなり強めらしい。


 何故止まったのかは知らないが警戒しているのなら最初に言っておいた方が良いだろう。その方が早く話が終わるはず。


「別に罠とかは仕掛けていない。お前がここに来るのを私は知らなかった」


「そんな事は警戒していないよ。ごめんごめん、なんでもない」


 目の前の人間はいつもの気味が悪い笑みを浮かべる。そして私の対面の椅子の1つ隣、つまりは私の右斜め前の椅子に座った。


 その謎の行動を疑問に思いながらも、私は話を切り出す。


「なんでここに来たの?」


 氷森心は机の上で饅頭の箱を滑らせ、私に渡した後、手でピースの形を取る。


「理由は2つ。1つはまあ検討が付いているんじゃないかな? 君へのお礼と、もう1つは君にとって大切な情報だと思ってね。その感じだと伝わってないと思うし」


「?」


 言っている理由の2つ目が検討も付かない。大切な情報とはなんだ? 夕樹に関する事か?


「まず1つ目。ゆき、だったっけ。ゆきさんと母さんに話し合いの場を設けてくれてありがとう。お陰で母さんは凄く喜んでたよ」


「それは私の力じゃない。お礼なら夕樹に言って。私は関係無い」


 あの霊の正体を暴いたのも、ゆきと氷森心の母親が会うようにしたのも夕樹だ。私が礼を言われるのは筋違いだろう。


「でも君も探すのを手伝ってくれたじゃないか。なのに全て関係無いというのは無理があると思うよ」


「……チッ。それで、2つ目は?」


「舌打ちって。本当に酷いなぁ。けど、まあ良いか。2つ目の理由だけど……その前に言いたいことがあってね。——今日、ここに夕樹君は絶対来ないよ」


 最後の言葉に私の体が跳ねる。そして1秒も経たない内に霊力を出し、氷森心てきを包囲する。


「……お前、夕樹に何をした?」


 そして精一杯の殺気をぶつける。


 だが、目の前の人間はその殺気を受けながらもヘラヘラと笑っていた。どんどんと苛ついていくのが自分でもわかる。


「何もしてないよ。ただ、夕樹君は今日風邪で学校を休んだんだ。それを伝えようと思ってね」


「……それを伝えて、お前は何がしたいの?」


「強いて言うなら、君の行動、かな。この話を聞いて『花子さん』がどう動くのか。少し興味があるね」


 つくづく癇に障る男だ。どうせわかっていて言っているのだろう。この後の私の行動を。


「氷森心。この饅頭、申し訳無いけど今日は持ち帰って。急用が出来た」


「うん、了解。夕樹君がまた学校に来るまで保管しておくよ。夕樹君によろしく」


 最後の言葉、やっぱり理解していたんじゃないかと思いながら席を立ち、図書室の窓に足を運ぶ。飛んで行くとするのなら方角的にこっちが近いはず。


 鍵を開け、窓に手をかけた時、私は後ろを向く。敵とはいえ最低限の礼儀はするべきだろう。


「氷森心、饅頭、そして夕樹の事、一応感謝を言っておく。だけど私達は敵同士なのは変わらない」


「人間と幽霊だから、かな? 俺はもうそう思ってないけど……まあ良いか。じゃあ最後に質問。——夕樹君は人間。そして君は幽霊。それでも君は行くのかい?」


 その質問の答えなんて既に決まっている。だって心がこんなにも前に進むのを急かしているのだから。


「勿論。夕樹は私にとっては特別な人間だから」


「……そっか。なら、行ってらっしゃい。あ、夕樹君に相談ならいつでも良いよって伝えて」


「わかった」


 私は窓を閉めて夕樹の家に向かう。急な来訪なので夕樹には申し訳無いがそこは謝って許して貰おう。


「人間と、幽霊」


 先程のあいつの質問が頭に浮かぶ。多分あの質問には2つの意味があった、と予測している。


 でも私は変わらない。たとえずっと一緒に入れなかったとしても、夕樹は特別だから。


 人間ゆうき幽霊わたしだとしても、もう踏み込んでしまったのだから。

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