第46話 慣れない事の限界
テスト期間になり、部活動も無くなって校庭には人の気配が少ない。居るとしても10人いるかいないか、という程度だ。まあ僕は部活に入っていないので元々放課後は家、もしくは旧校舎に直行なのだが。
テスト終わりのご褒美が決まってから数日が経ったが、僕はあれ以来あそこには行っていない。理由はもちろん勉強だ。寝る間も惜しんで勉強をしている。その為最近の睡眠時間が大変な事になっている。
この学校はかなりの名門である為勉強の難易度も、そして周りの人達もレベルが高い。ノー勉でテストに臨むなんていう馬鹿な真似をしてみたとしよう。余程の天才でない限り良くて赤点、悪くて0点が複数と言った結果になるはずだ。
なので僕も不本意ながら最近勉強に勤しんでいる。赤点や0点を取れば南さん達に心配をかけてしまう。それだけは避けたい。
近頃続く雨が降る中、僕は傘を忘れたので家までの道を疾走していた。たまに朝から続く視界が歪んだりするという症状が出てるが気にせず走る。雨宿りをしたとしても天気予報では数時間は雨。その間外に拘束されるなんて僕は御免だ。
朝に鳴らなかった目覚ましを恨む。ちゃんとセットしておいたはずなのに……!
周りに人がいたので舌打ちしそうになるのをなんとか堪え、走る。制服や靴はもうべちゃべちゃだ。
度々お世話になっている公園を走って通り過ぎようとした時、その公園にある砂場で誰かが遊んでいるのが見えた。
僕は足を止めて公園の方に向き直り、歩き出す。そしてその子の数メートル前でまた止まる。
小学1、2年生だろうか。小さい男の子が砂場で何かを作っていた。顔は下を向いているし少し距離が遠いので今の角度では見えない。だがここからでもわかるほど服や髪はかなり濡れていて、いつからここにいたのか想像も出来なかった。
僕は思い切って歩を進め、その子に話しかけてみる。
「君、何をしているの?」
「…………」
返ってきたのは雨音。その子は黙々と砂を弄っていた。
「こんな所に傘も無しでいたんじゃ風邪引くよ」
「……なら、それで良い」
「え?」
予想外の返答に僕は一瞬言葉の意味が理解出来なかった。小学生の返答にしては随分と大人びていて、そして冷たい。
同時に何か事情があると、そして僕と少し似ているかもと思った。
「君が風邪を引くとお母さん達が心配するから家に帰ろう?」
「だから、それで良い。ママの目に留まるのなら」
……やはり、似ている気がする。この子の目。色が失われた、絶望を通り越した目。哀愁などではなく虚無を宿した瞳に既視感を覚えた。
僕はしゃがんで彼と目線を合わせ、出来るだけ優しく問いかける。
「僕もここで一緒に遊んで良い?」
「……おにいさんこそ風邪引くよ」
「大丈夫、僕は風邪引かないから」
「なにそれ。へんなの」
抑揚のない声でそう言う彼の隣にもう1人別の子供が見えた。その子は僕によく似ていて、目尻に涙を溜めていた。しかも、目の前の子にも似ている気がする。
僕達は十数分ほど砂場で遊んだ。その間の会話は少なかったけれど、僕が帰ろうとする頃には時折笑顔も見せてくれるようになった。その事に安堵し、僕は立ち上がる。
「じゃあ、僕はもうそろそろ帰るよ」
「……そっか。またね、ゆうき」
その子が消えた時、突然足の力が入らなくなり、地面に膝をつく。荒くなった息を落ち着かせ、正面を見るとあの子はもういなかった。……いや、最初からいなかったのかもしれない。
自分で額に手を当ててみるが、全くわからない。感覚が鈍くなっているのか、体が額と同じくらい熱いのか。
これはまずい。先程走れたのは熱が出ていたのを理解してなかったからなのか? だとしたらどれだけ馬鹿なんだ、僕。
原因は寝不足と……あまりしてなかった勉強を急に長時間しだした、というのが原因としては有力そうだ。やはり学校は自分に合った所を選ぶのが良かったらしい。
なんとか足に力を入れて家へ歩き出す。この公園は氷森家から近いはずだったがそこまでお世話になるのは気が引けた。
家に帰ったら英単語や地歴の暗記、数学や現国などの勉強とやる事は山積みだ。
ほんの少し、本当に少しだけ無理をしてもなんとかなるだろう。美影にバレたら怒られるかもしれないが。
重い足取りで這うように帰路を辿る。急に来た倦怠感が体を支配し、取り込まれそうになる。
こんな時、美影が近くに居てくれたら助けてくれただろうか。
そんなあり得ない考えが頭を過ぎる。数ヶ月前の僕では確実に至らなかった考え。
美影は僕の生活にかなり溶け込んでいるらしい。当然の事を再確認するように朦朧とする意識で考える。
あまり美影に心配させたくはない。まず前提として美影との連絡手段を持っていないし休日に家に来る約束もしていないので僕が言わない限り美影に知られることはない。なので怒られることは無いだろう。
その事に安心と寂寥感を覚えながら僕は足を前に動かし続けた。何分ほどで着いたのか。そして帰っている時の記憶は曖昧だった。
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