第44話 エゴに感謝と笑顔を添えて

 美影と漫画を読んだりして時間が経った夕方頃。


「もうそろそろ帰ろうかな」


「うん、了解。送っていこうか?」


 立ち上がった美影は窓に体を向けて歩き出す。


「大丈夫。それに夕樹は準備しなきゃでしょ?」


「……怖い」


 この後僕がする事を完璧に当てられて思わず鳥肌が立つ。


 この事は誰にも言ってないはずなんだけど……ポロッと美影に言っちゃったのかな?


 僕の反応で悟ったのか、美影が補足をしてくる。


「ただの勘だよ。夕樹ならそこまでわかってるかな〜って思ってさ。あと、多分あの子浮かれてると思うから」


 そこまでは僕もわからない。ゆきさんっていつも浮かれていると言うかテンションが高い感じがするけど……


「あ、あとそんなに怖がらなくても大丈夫って伝えて」


「言うタイミングは?」


「話してればいずれ来ると思うよ」


「? ……うん、了解」


 またね、と言って美影は窓をすり抜けて帰って行った。


「僕達の事をよく知っているなぁ」


 そう呟きながら僕も立ち上がり、座布団など用意をする。将棋は……使わないだろうし要らないか。


 あの最後の伝言はどう言う意味なのだろう? 美影が言っていた「いずれ」が来ればわかるのかな?


「最初に風呂やご飯を済ませておこう」


 23時までにやるべきことを終わらせておこうと僕は1階へ向かった。


※※


「夕樹君いる〜?」


「いらっしゃい。ここに座って」


「びっくりした。……随分と用意周到だね」


 深夜0時。僕は自室で美影と同じトイレの花子さんであるゆきさんと相対していた。ちなみにゆきさんが入ってきた場所は窓。その判断は合理的だと思う。


「お茶どうぞ」


「温かい。……怖い」

 

 ゆきさんが来る少し前に淹れたまだ温かいお茶をゆきさんに出す。


 そのお茶を見た後に彼女は両手で肩を抱き、僕に呆れたような怯えているような瞳で見てきた。美影が帰る時の僕と似たような雰囲気を感じる。


「もう少し哀さんと話してても良かったのに。1時間程度じゃ話し足りなかったんじゃないの?」


「まあ、それはそうだけど。それよりも夕樹君にお礼を言った方が良いかなって思って」


 うん、やっぱり僕の予想は外れてなかったみたいだ。ゆきさんならそう考えると思った。多分美影もゆきさんがそうすると思ったからああ言ったのだろう。


「では、改めて。——夕樹君。また哀ちゃんと話す機会をくれて、ありがとう御座いました」


 ゆきさんは僕に深々と頭を下げて、そう言ってきた。その態度や声から感謝の念がヒシヒシと伝わってくる。僕はあまり空気が重くならないように声を出来るだけ明るくし、笑顔で返す。

 

「気にしないで。あれは僕のエゴだからさ。迷惑じゃ無かったのなら僕も嬉しいんだけど……」


「……多分、あのままだったら私はずっと哀ちゃんから逃げてたと思う。話す事なんて無かったと思う。でも——」


 ゆきさんは心の底から嬉しそうな笑みを浮かべる。その憑き物が落ちたような表情に僕も嬉しくなる。あの神社で会った時とは違う、と直感でわかった。


「また、哀ちゃんと話せた。笑顔を見れた、いや、見せてくれたんだ。……本当に、ありがとう」


「じゃあ、その言葉は受け取っておこうかな。ゆきさんにしては随分と浮かれているみたいだし」


「……私、そんなに浮かれてるかな?」


 ゆきさんは自らを指差し、コテンと首を傾げる。それに対し僕は苦笑を返す。


「いつものゆきさんならお礼は日を改めると思うよ。この時間だと迷惑だって考えてね」


「あ……ごめんね、夕樹君! こんな遅くに!」


 多分美影が言っていた事の意味はこう言う事だったのだろう。本当に、ゆきさんの事をよくわかっている。


「ううん、大丈夫だよ。喜んでくれたら僕も嬉しいし。あと僕はいつもこの時間なら起きてるからね」


「うう……気遣いが心に染みる……次から気をつけます」


 なんか聞いた事がある言葉だ。まあ状況が全然違うし気にしないようにすれば良いか。


「ちなみに美影もゆきさんが来るって予知してたよ。多分浮かれてるだろうって」


「……私、本当に怖くなってきたかも……」


「美影から伝言。そんなに怖がらなくても大丈夫って」


「え、やだ。本当に怖い。泣きそう。美影も夕樹君みたいになってきてる……」


「なんでそこに僕が出てくるの?」


 ゆきさんの行動や言動を完璧に読み切っている。ここまで完璧に当てられている本人であるゆきさんは僕よりもっと怖いだろう。


「自覚なし……まあ、夕樹君と美影は似て非なる物だけどさ」


「ごめん、なんて言った?」


「ううん、なんでもない。さて、お礼は言ったし帰ろうかな。これ以上夕樹君の迷惑にはなりたくないし」


「さっきも言ったけど僕は迷惑だと思ってないよ?」


「そうだとしても!」


 ゆきさんはしっかりお茶を全て飲み、立ち上がった。僕は美影達みたいに空を飛んだりは出来ないので部屋までのお見送りとなるが仕方ない。


「またね、夕樹君。次は旧校舎で会おう」


「うん、またね」


 ゆきさんは窓から外に出て少し進んだ後、振り返った。そう言う所も少し美影と似ていてちょっと笑ってしまう。


「あ、それと……」


「ん?」


「もうそろそろテストでしょ? 頑張ってね!」


 てす、と。てすと? テスト……


「…‥あ」


「……もしかして、夕樹君……」


 僕は目の前のこっちを見てくる現実ゆきさんから目を逸らした。

 

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