第43話 2人の時間
「……ふふ……」
美影が小さく笑う。
この触り心地の良い髪に触れていると、心が落ち着く。美影の優しい寝顔を見ると意図せず笑顔になってしまう。
そんな時間が1分か2分ほど経過したくらいの頃、突然理性が今すぐに手を離せと訴えてきた。
多分呼吸や心臓、そして精神が落ち着き、冷静になってきたからだろう。
美影がいつ起きるか全く予想がつかないし起きたとしたら何を言われるかわからない。もしかしたらぶん殴られるかもしれない。それに少ししたら離すと決めた。
名残惜しいが1度誓った事を崩す訳には行かない。なので手を離そうとしたその刹那——
「え?!」
美影の左手が僕の左手を掴み、掛け布団の中に引き摺り込んだ。僕の左腕が美影の全身で抱かれる。
美影の予想外の行動に思わず驚愕の声が出る。起きているのでは無いかと思ったがそんな事は無く、今も気持ちよさそうに寝ている。
今日の美影は薄着だった。いつもの白いワイシャツに赤い吊りスカートではなく、白は白でもワンピースを着ていた。正直最初に起こされた時も内心気が気じゃ無かった。浮かんでいる場所によっては見上げたら見えていたと思うから。どこがとは言わない。
掛け布団の中でワンピースがはだけているのだろう。左腕から美影の二の腕が、少し控えめな胸が、柔らかい太ももの感触が直に伝わり、僕は急速に顔が火照っていくのを感じた。
これは耐えられないと思いすぐに手を引き抜こうと思った。でも——
「ふふ……ゆうき……」
幸せそうに僕の手を抱く美影を見たらそんな気も失せた。この一連の流れを全て無意識で行っているというのだから驚きである。
僕は引き抜くのを諦めてため息を吐く。でも思わずニヤけてしまうこの顔に、嘘は一片も無いのを悟った。
「……どうしよ」
そして手を引き抜くという選択肢が無くなった僕は美影が起きるのを待つ他ない。と言うかガッチリホールドされてて引き抜くにしてもかなり力を使うだろうから起こしてしまうだろう。
起こすという選択肢は今の所無い。こんな美影を見て何も思わず起こせるやつは多分人間じゃないと僕は思う。
だが美影が起きてこの状況を見たらどうなる? ……最悪、家が消し飛ぶ。
そこで僕が選んだ道は——
「(なんかさっきの僕の理性、めっちゃ別人格みたいじゃ無かった?)」
現実から目を背ける事だった。だって決められないんだもの。手は引き抜けない、起こすのも忍びない、つまり僕に選択肢は無い。
「……んん……ん」
「うっ」
その時、美影の体が揺れた。その拍子に僕の左腕に先程まで無かった感触が増えたり消えたりして変な声が出る。
その声か、はたまた別の原因があるのかはわからないが、美影の瞳が薄く開けられた。
僕は全てを覚悟し真正面から迎え打つ事に決める。
「……ん……? ゆう、き……?」
「……おはよう、美影」
この心臓の高鳴りは羞恥か、それとも喜びか、はたまた恐怖か。真相は定かではない。多分1番大きいのは最後だと思うけど。
美影は僕と目を合わせた後、違和感があったのか自分の胸の方を見る。そして数秒固まり……
「死にます」
「なんで?」
結論が振り切れた。
「さっき気をつけるとか言っておきながらこの醜態……夕樹が私を殺すと言うのなら甘んじて受け入れる」
「そんな事しないししなくて良いよ」
美影に死なれたら誰よりも僕が困る。いや、幽霊が死ぬっていうのがよくわからないけど。
「しかも寝ちゃうなんて……ごめんね、夕樹。ご迷惑をおかけしました」
「ううん、全然迷惑じゃないから大丈夫だよ。さっきも言ったけど僕は全く嫌じゃないし。それに……」
「それに?」
「……いや、なんでもないよ」
美影から視線を逸らす。可愛い寝顔も拝めたから、と言おうとして口を噤む。これを言ったら美影に怒られそうだ。
だが、最初に少しの沈黙があったからか、美影を目を細めて僕を見てきた。
「そう言えば夕樹、私の寝顔、見たよね?」
「ッ!」
直感で失敗を悟る。この反応が多分1番悪い対応だった。あまりにもわかりやすすぎる。
拗ねてしまうか、と思い美影に視線を移すが、当の本人は掛け布団に包まり、山のようになって僕から顔を背けていた。
「…‥忘れて」
「それはちょっと出来ない相談かな」
「……いじわる」
掛け布団から少しだけ見える顔を赤らめながらながら僕を睨んでくる美影を可愛らしいと思い笑う。
笑わないでと更に彼女の眼光が強くなるが、いつものような圧は無い。
「でも本当に迷惑じゃないし気にしてないよ。なんならもう少し寝てても良いし」
「……遠慮しておく」
予想通りの答えが帰ってきてまあそうだよなと1人頷く。そして僕は本棚に向かい、気分でラノベではなく漫画を一冊取り出す。
また美影に近い、そしてベッドの上に腰を下ろす。
「僕は漫画を読んでるから本当に寝てて良いよ。大丈夫、見ないようにするから。出来るだけ」
「その言葉だけは信じられない」
そう言いながら美影はベッドを降りた。何をするのかわからずに首を傾げていると、彼女は僕の足の上に座ってきた。
「ッ!」
いつかのような態勢になり、僕は驚きで体がビクッと跳ねる。そして徐々に羞恥心で顔から火が出るほど熱くなるのがわかった。
「……私も読む」
「……うん、わかった」
そのまま2人で漫画を読んだりして、穏やかな時間を過ごした。
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