第41話 日頃の行いには気をつけて
洗面所で何回も顔を洗い、心を落ち着かせて部屋へ戻る。
顔の熱も引いてきた。……はずなので大丈夫だろう。うん、きっと。
このちょっとの間だけで何回階段を往復するんだと思いながら上がりきり、自室の扉を開ける。
「み、美影〜?」
慎重に部屋の中を見てみると、美影がどこにもいなかった。……帰ったのかな?
「……夕樹」
あ、いた。まだカーテンの内側に隠れていたみたいだ。
今の僕にはありがたい。あまり心配させないように出来るだけ早めに洗面所を出たが、まだ正面から顔を見れるかは怪しい。主に羞恥心と、自分への嫌悪感で。
「……体調は大丈夫? 熱があるっぽかったけど……」
「う、うん。大丈夫だよ。一時的に凄い熱が上がったのかな〜?」
「……なら良かった」
そんな事ある? と自分でも思ったが実際にあったのだからしょうがない。嘘はついていないはず。
挙動不審な気がするけど少し話すくらいは出来ているのでよしとしよう。それすらも出来なかったら更に心配されてしまうので心中で安堵する。
『…………』
先程の会話と言えるかもわからない受け答えの応酬が終わってしまい、どちらも声を発さなくなってしまった。
こんな時に自分の話題の無さを恨む。天気はありきたり過ぎるし……ゆきさんの話とかか? 前にもこんな話題で誤魔化した気もするが背に腹は変えられない!
「ねえ、みか——」
「ごめん、夕樹」
「……え?」
カーテンの横から少しだけ顔を出し、謝罪をしてきた美影に僕は咄嗟に疑問の声を返す。
「え〜と、美影は特に悪い事はしてないと思うけど……?」
「……私の迂闊な行動のせいで夕樹に不快な思いをさせちゃった。嫌だったよね。次から気をつけるから」
「え?」
「……ごめん」
またカーテンに顔を隠してしまった美影に僕は両手を振りながら急いで否定する。
「ぜ、全然嫌じゃないからそんなに気に病まなくても大丈夫だよ!」
「……本当に?」
またカーテンの横から少しだけ顔を出す美影。子供っぽくて可愛いなと思い顔が緩む。
「本当本当。こんな事で嘘をつく意味が無いでしょ?」
「……そう」
美影は先程よりほんのちょっとだけカーテンから出てくる。そういうシステムなの?
だが何故かまた少しだけカーテンの中に戻ってしまった。
「……でも夕樹は信じられない」
「え、なんで?」
「……日頃の行い」
「うぐっ」
それを言われたら僕は何も言い返せない。多分一流の弁護士でも僕の人生を見たのなら土下座して仕事を放棄するだろう。
美影が更にカーテンの内側に戻ってしまった。ま、まずい……このままじゃ出てこなくなってしまう……何か起死回生の一手を出さなければ。
……奥の手を出すしか無い、か。
「僕は嘘なんて言ってないのに……悲しいよ」
「え……あ、そ、そう言うことじゃ無くて!」
カーテンから美影の上半身が出てきた。よし、申し訳無いがこのまま……
「でもそういう事じゃないの……? 美影はさっきの僕の言葉が信じられないんでしょ……?」
「し、信じる! 信じてるよ! さっきのは冗談だから!」
美影がカーテンから出てきた。謎の達成感と共に罪悪感も出てくる。……許せ、美影。これで最後……とは言い切れないかもだけれど出来るだけ気をつけるから。
それはそうと、僕演劇部に入ろうかな。中々良い演技じゃなかった? 我ながら良いんじゃないかと思ったんだけど。
「なら良かった。これで信じないとか言われたら僕30年くらい寝込んでたよ」
「それは寝込みすぎじゃない……?」
学校での友達が全く居ない僕の貴重な話し相手がいなくなるのは厳しい。僕は今は美影、ゆきさん、心君くらいしかいないのだ。ひきこさん? ひきこさんはちょっと……怖い。
うん! 一応気まずさは無くなった。出てきてくれて一安心だ。決して悲しくなって誤魔化そうとしたとかじゃない。断じて。
……そして、ごめん美影。本当に申し訳無いと思ってる。でも、僕にはこうするしか無かったんだ……!
僕は美影に向けて手を合わせる。墓参り的な感じの意味ではなく謝罪の方だ。そこは勘違いしないで欲しい。
「…………」
「ん? どうしたの?」
「今なんか失礼な事考えなかった?」
「カンガエ……テナイヨ?」
「そこまでバレバレな嘘も珍しいよ?」
演劇部を退部することにしよう。まあ入っても無いんだけどさ。
「はぁ。まあ良いや。夕樹、またこの本借りる」
「うん、どうぞ」
美影は机の上に置いてある少し前に読んでいたラノベを手に取り、僕のベッドの上で読み始める。男の部屋、更にベッドの上に座るとは……僕男なんですけど?
首を振って煩悩を払い、僕もラノベを読もうかなと本棚から適当に本を取り、読み始める。
この部屋にまた静けさが宿った。だが前のような気まずさは無く、あるのは沈黙とその中に含まれる多少の心地良さ。
前までは他の人と一緒の部屋なんて絶対に無理だと思っていた。けど僕も変わってきているのだな、と嬉しくなるのと同時に少し悲しくもなってしまった。
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