第40話 想いに侮辱 動に嘲
「——き〜?! ゆうき〜?!」
「起きて、夕樹」
「う……んん……?」
「もう10時だよ。あの……名前なんだっけ……南? そう、南だ。夢乃南が呼んでる」
「んん……ん……」
「夕樹、早く起きて」
上から誰かに名前を呼ばれ、まだ完全に意識が覚醒していないまま重い瞼を開ける。すぐに体を揺すられる感覚がして徐々にぼやけていた視界が鮮明になっていく……が、眠いのでまた目を閉じた。
「目を閉じないで。早く起きて」
なんかこの感じ、ラノベとかによくある幼馴染に朝起こしてもらうみたいな展開に似てるな、などと思いながらまた意識を手放し——
「起きなきゃこの家ごと吹き飛ばすよ」
「すいませんごめんなさい起きます起きますなんでしょうか?!」
上で霊力が溜められるのを感じたので光速で身を起こす。家の代わりに眠気が吹き飛んだ。
声のした方向を見ると、宙に浮かびながら呆れたように僕を見下ろす美影の姿があった。久しぶりに髪をハーフアップにしているようでとても新鮮な気持ちになる。……なんで崩れてないの?
「あれ、美影……あ、そうか。昨日……いや、今日来るって言ってたかも」
「そんな事よりも夕樹。夢乃南が呼んでる」
「え?」
そう言えば美影に起こされる前に1階から声がしたような……
僕はベッドから降り、部屋の扉に手をかける。
……行くしかない、よね。呼ばれている訳だし。
「……多分すぐ終わると思うし、美影はここで待ってて」
「うん、わかった」
後ろにいる美影に声をかけ終わったので部屋を出て1階へ降りる。
廊下を少し進んで南さんがいるであろうダイニングへ歩みを進める。
「夕樹? 起きてたのね。朝ご飯を作ったんだけど一緒に食べない?」
「……後で何か食べるから大丈夫だよ、南さん」
「……そう。わかったわ」
温かさの感じる南さんの笑顔と質問に、僕は無意識に言い淀んでしまった。つくづく自分はどうしようもないと嘆息する。
「ん? ため息なんて吐いてどうしたの?」
「いや、なんでも無いよ、南さん。それじゃ、僕は上に戻るね。……ごめんね、南さん」
僕は逃げるようにその場を後にし、階段を普段より速く上がる。
部屋に戻ると美影はベッドの横に背中を預けてラノベを読んでいた。僕の部屋に来る度に読んでいるのであのラノベが気に入ったのかな?
「おかえり、夕樹」
「……うん、ただいま」
視線を本に向けたまま挨拶をしてくれた美影だが、僕の返答を聞いた瞬間にこちらを向く。
「夕樹、何かあった?」
「え?! いや、何も無かったけど……」
ただ朝食の有無を聞かれただけ、と伝えるが彼女の顔は晴れない。
「どうしたの? 美影こそ何かあった?」
「……もしかして……」
ラノベを閉じ、美影が僕へ近づいてくるので何か来ても良いようにバレないくらいで身構える。
そして、次の瞬間——
「ッ!」
「熱は……無さそうだけど……」
美影は目を瞑り、僕の額に自分の額をくっつけてきた。身構えていたはずなのに心臓が高鳴り、顔が熱くなる。
「……ん? 顔が熱くなった……? でもさっきは……でもこの熱さだと……」
「あの、美影……? 僕は大丈夫だから早く離れてもらえると……」
「夕樹、この体温は熱があるよ。早くベッドに行って横に——」
数センチほど離れた後、そこまで言って美影は目を開けた。いや、開けてしまった。
「…………」
「…………」
互いに固まり、しーんと空気が静まる。
距離はそのままで僕と美影は互いに視線を交差させる。少し顔を前に動かせばキスを出来てしまうほどの至近距離。数センチ離れた程度ではそこまで変わらない。
美影の整った顔が僕の目の前にある。それを意識した瞬間に、僕は気持ちとは反対に動けなくなってしまった。
「ッ!」
「……み、美影……?」
少しの沈黙を経て、美影の顔が一気に赤くなった。
なんとか言葉を絞り出したが、瞬きを1度して目を開けた時にはもう彼女は目の前には居なかった。
その本人は部屋の1番奥にある窓の近くにいた。顔をカーテンで隠し、表情は見えない。
「……どうしたの、美影?」
「……今、こっち見ないで。そして来ないで。来たら殴るから」
「う、うん。わかった。ちょっと洗面所で顔でも洗ってこようかな」
また部屋から出ると、僕は急いで洗面所へ向かい、鍵を閉める。そして後ろの扉に体重を乗せる。
「……あ、危なかった」
自分の両頬に手を当ててみる。……熱い。先程とは比べ物にならないほど。もう本当に火が出るのでは無いかというほど熱かった。
前から少しずつ気づいてはいたが……これはまずいかもしれない。
神社からの帰り道でのあの喜び。そして今の一件。美影の顔が目の前にあるとわかった時、僕は何を思い、何をしようと思った?
「……き、すを、しようと……」
そして、心の奥底から可愛いという想いが出てきて、同時に好きという想いも出てきた気がする。
気持ちに反して身体は動かなかったから良かったが、あの時に動いていたら僕は美影にキスをしてしまっていたかもしれない。美影の気持ちもわかっていないのに、だ。
普通にクズ。最低の人間だ。弁解の余地も無い。なんらかの刑に処されても僕は自分でもびっくりするほど抵抗もしないで受け入れれるだろう。
想いを自覚し、僕は羞恥心と嫌悪感で崩れ落ちる。自分には意外と勇気があったのだなと誤魔化すように、そして侮辱するように自らを嘲笑する。
「……美影に、どんな顔して会えば良いんだろ」
気づけば、そんな言葉が漏れていた。
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