第39話 心配と好意

「やばい……眠いや。早く家に帰って寝よう」


 木の葉神社からの帰り道で、僕、夢乃夕樹は独り言を呟いていた。


 まだ5月の冷たさが消えていない夜の風は僕の体から体温を奪っていく。


 もうそろそろ6月になるがまだ寒い。早く夏になってくれないかな〜と心の中で思う。だが、実際に夏になると早く冬にならないかな〜と矛盾した言葉を思うのだろうなと苦笑する。


「ふぁ〜ぁ」


 眠気が限界で欠伸が零れる。流石に2時を過ぎれば誰だって眠いはず。これで眠くない人はカフェインに体を支配された人間か極限状態でプロ0カのイベランをしている人くらいだろう。……知らんけど。


 いくら今日が土曜日で学校が無いからといっても早く寝るに越したことは無いし、ベッドが恋しい。


「それにしても……ゆきさんが優しい幽霊で良かった」


「本当にね」


「うおっ?!」


 1人で歩いていたはずの僕の後ろから声がした。びっくりはしたが最初にあった頃のような様な恐怖などは無い。慣れというのは怖いと思うと同時に今はありがたいと思っている自分が居る事に変化を感じる。


「こんばんは、美影。どうしたの、こんな時間に?」


 僕が振り向くと、そこには美影が立っていた。深夜という時間帯の周囲の暗さも相まって不気味な雰囲気が出ている。


「ブーメランって知ってる? それと、夕樹はさっきかなり危ない橋を渡ってた事はちゃんと理解してるの?」


 さっき、というとゆきさんの件しか無いだろう。一応自覚はしている。だが、僕にはそれよりも気になることがあった。


「僕、美影についてきちゃ駄目って……」


「ついて行っては無いよ。ただ2人の霊力を感じたから少し遠くから様子見てただけ。特に夕樹のは元々私の霊力だからわかりやすいし」


 それなら確かについてきたと言う判定にはならない……かもしれない。


 美影ははぁ、とため息を吐き、目を半眼にして僕を見てきた。呆れていると言うのがヒシヒシと伝わってくる。


「もしもゆきが攻撃してきたらどうするつもりだったの? もやしが台風に勝てない事くらい夕樹もわかるでしょ?」


「もやしは言い過ぎ……じゃないね。うん、間違って無いや」


 悲しいけどそれが現実。実際ゆきさんは僕を殺そうと思えば余裕で出来たはずだ。


「そこはまあ……大丈夫かなって。ほら、ゆきさんは優しいって美影も言ってたし——」


「それでもしも夕樹が死んじゃったらどうするの!」


 僕の言葉を遮り、ここら一帯に美影の怒声が木霊する。こんな美影は初めて見たかもしれない。


 彼女の瞳は少し潤んでいて、真っ直ぐ僕を捉えていた。その純粋な心配が込められた眼差しに射抜かれ、僕は先程の美影の言葉が冗談では無いと理解する。


「……ごめん、美影。心配させちゃって。次から気をつけるよ」


 僕は美影に向かって頭を下げ、謝る。少し後に前から「いや、あの……」と言う声がして顔を上げると、美影は気まずそうに顔を逸らしていた。


「……こちらこそごめん。急に大声出して。びっくりしたよね。全部私の都合だし気にしないで……って言いたいけど、少しは気にしてくれると嬉しい、です。はい」


 美影も僕へ頭を下げて謝ってくる。彼女の悲しみが滲んでいる表情がチラリと見え、申し訳無さで少し胸が痛む。


 そして、僕と美影の間に会話が無くなった。僕はなんとかしようと思考を巡らせ、打開策を考える。


「それにしても……」


「……ん?」


 逸らされていた美影の視線が遠慮がちに僕へ向いた。


 ちょっと美影にとってはアレかもしれないが乗ってきてくれと心の中で美影に懇願し、口を開く。


「美影ってもしかして僕が思ってるより僕の事好き?」


「えっ?!」


 急にそんな問いかけをされたからか、美影の顔は火が出そうなほど赤くなった。そして「な、何を言ってるの?!」としどろもどろになりながら言ってきた。


「だって僕の事を心配してくれてたし。一応遠くからだとしても見守ってくれてたんでしょ?」


「いやえっとそれはね……あの、えっと……じ、自意識過剰じゃない?! 私はただ2人が木の葉神社に集まってるから何をしているのか気になっただけで別に他意がある訳じゃ無いし! まあそう言う気持ちが無かったかと言われれば嘘になるかもしれないけど——」


「……あはは」


 堪えきれなくなって笑ってしまった僕を見て美影はハッとなり、すぐにジト目が僕に向けられた。


「……夕樹、私の事揶揄ったでしょ?」


「いや、ごめん。まさかそんな良い反応をされるとは思わなくて……」


「……もう知らない。夕樹なんて勝手に死んじゃえば良い」


「ごめん美影。揶揄ったのは謝るから拗ねないで」


「拗ねてない。拗ねてないけど絶対に許さないから」


「明日僕の部屋に来ても良いからさ」


「……考えとく」


 顔を背けながらもやはり優しい美影を可愛いと思い、温かい気持ちになる。


「それじゃ、私は帰る。また明日」


 そう言って美影は霧のように消えた。


「……明日来る気しかないじゃん」


 そう呟きはしたが、やはり嬉しいと思っている自分が居た。


 しかもさっき美影に心配されていると分かった時、どうしようも無い喜びが胸の中を支配し、無意識に口角が上がりそうになっていた。あの感じなら気づかれては無さそうだけれど……


 美影と会えただけで、そして不謹慎かもだけれど心配されてこんなに喜んでいる僕に美影の事をとやかく言う資格は無いな、と苦笑ながら僕は帰路を辿った。

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