第38話 話《ラブコメ》を戻そうじゃないか
「そっか。やっぱりゆきさんだったか」
「うん、そうだよ。君の友達の父親を殺したのは私。あの霊は私が作り出した幻。よくわかったね」
彼女は楽しそうに笑っている。完全に隠す気は失せたらしい。
「……2つ、聞いて良い?」
「うん、どうぞ」
「まず、心君のお父さんを殺した理由は? 多分ゆきさんは守っていただけなんでしょ?」
「……まあ、そうだね。哀ちゃんから見るとそうじゃないのかもだけど」
彼女は目を伏せ、哀愁が含まれた声を出す。哀ちゃんと言う呼び方からして僕が思っていたよりも仲が良いのか?
「簡単に言えばあいつがクズだったからだね。哀ちゃんと結婚したのは愛じゃなくて気分。しかも突然哀ちゃんがウザイからって殺そうとした。ついでに仕事を手伝っていた私もね」
「なんでそれを知ってるの?」
「あれ、美影から聞いてない? 私攻撃より隠密とかの方が得意なの。まあ人間1人くらいなら大丈夫だけどあまり戦いは好きじゃないんだよね〜」
つまりさっきの情報は偶然聞こえて、殺られる前に殺ったってことか。
「哀ちゃんには幸せになって欲しかったんだけどなぁ……普通の恋をして、子供に囲まれて、最後は笑顔で死ぬ。そこにあんなクズも、ましてや幽霊の私も要らない」
ゆきさんは空を見上げ、月を見る。今のゆきさんの表情を見ると、何故か月が一層輝いて見えたのは気のせいだろうか。
「まあ、こんなところかな。もう1つは?」
「……ゆきさん。なんでこの物語は急にミステリーになったのかな?」
「……え?」
予想外の質問だったからか、ゆきさんはポカンと口を開けたまま少しの間動かなくなった。
「え〜と……どう言う意味?」
「この物語はラブコメのはずだったんだけどね。何故急にミステリーになったのかな? 作者的にはミステリーを書くのは無理なはずなんだけどねぇ……。というかこれはミステリーとも言えないんじゃ——」
「ストップストップ! それここでするべき質問なの?!」
だってそうじゃない? 作者だってそんな気は無かったんだよ? ミステリー苦手らしいし。書いた事無いけどね。へへへ。
「まあこれは物語の最後に触れるのかな? もうそろそろラブコメに戻さないと」
「さっきから登場人物が言っちゃ駄目なことしか言わないじゃん! アウトアウト!」
お叱りを受けてしまったので取り敢えずラブコメに戻す前にゆきさんに言っておこう。
「ゆきさん。明日の23時。またここに集合してね。少し用があるから」
「……え。私を粛清する為にここに来たんじゃないの?」
「そんな事する訳無いじゃん。というか部外者の僕がゆきさんを裁くなんて筋違いだよ。それにゆきさんを粛清するのなら僕はここに1人で来ない」
ゆきさんもよくわかっているはず。僕は弱いことを。そして
僕は立ち上がり、鳥居の方へ視線と身体の向きを変える。もうここに居る理由は無い。
「ただ言うべき人にはちゃんと言った方が良いかもね」
「……言うべき、人。あ、ちょ、夕樹君?! この勝負はどうするの?!」
「ゆきさん、盤面を見てみて」
「え? ……あ」
僕が考えた対ゆきさん用の作戦は2つ。1つ目はゆきさんの動揺を誘ってペナルティを何度も発動。「俺のターン!」を永久にすること。そしてもう1つは——癖読みだ。
前にゆきさんと美影に将棋を教えて貰っていた時に対局は何回もした。その時にゆきさんは駒を動かす癖が少しある。その癖から駒の動きを読み、退路も進路も塞げば後は無力な王の首を取るだけ。
「僕は意外と負けず嫌いなんだ」
僕は将棋の練習と共にあの時を思い出して癖読みとその対策も並行して行っていた。1週間で脳に刷り込むのは中々にハードだったがそこは愛とガッツと根性。
「あ、ちなみに罰ゲームの命令は明日の23時にここに来ること、ね。大丈夫。そんなに悪い事じゃ無いと思うよ」
僕はそれだけを告げて歩き出した。……ねえ、みんな。お願いがあるんだ。
セコイって言うのは……やめて欲しい……
※※
私、ゆきは夕樹君が帰った後も境内で呆気に取られていた。
将棋に負けたことじゃ無い。いや、それもあるが他の理由が大部分を占めている。
「……はは、ほんと、びっくりだよ」
思わず乾いた笑みが零れる。少し前に鳥居をくぐり、階段を降りて行った1人の人間に向けて。
美影の情報提供もあったとはいえあそこまで当てられるとは思わなかった。隠蔽には結構自信があったので尚更だ。
本当に夕樹君は人間なのか不思議になってくる。いや、霊力も無いし私の霊力で調べた結果人間だというのは確定しているのだが。
あり得ないと思うような考えを幻想ではなく事実に昇華させる事が出来る思考力。最早鋭いという言葉で足りるのかも定かでは無い。
それにこれはついでになってしまうが勇気もある気がする。武器や護衛も何も無しに今の私の前に現れたのだ。夕樹君なら事件の犯人が真相が明らかになった後に暴挙に出ることがある、という可能性を考えなかった訳が無い。
私達でも思わず避けてしまうほどの道を堂々と歩みそうな気がする。
「夕樹君とは、これからも仲良くしたいものだね〜」
敵に回したく無い。そして、なんか面白そうな事をしてくれそうじゃない?
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