第37話 月光の陰

「だからその霊は誰かが作った幻想だと僕は判断したんだ。そして、それを作れるような能力を持っていて霊力が多く、有名という条件を満たせる霊を僕は1人だけ知ってる」


 これが結論だ。全ての情報、そして僕なりに出来るだけ角度を変えて考えて見たりしたが、最後にはこの答えにたどり着いた。


 僕は目の前の将棋盤を挟んで座っている結論に目を向ける。


「ねえ、ゆきさん。ゆきさんが心君のお父さんを殺したんでしょ?」


 当の本人であるゆきさんは口を開かず、2分ギリギリ前くらいまで悩み駒を動かした後にため息を吐いた。


「私が氷森心……だっけ? まあその人間の父親を殺す理由が無いでしょ。メリットだって無いしそもそも面識すら無いと思うからね。私も無闇矢鱈に人間を殺す霊では無いって夕樹君にも知って貰ってると思ってたのになぁ」


 ゆきさんは「悲しいよ私は」と言いながら眉尻を下げる。


 そこは僕も引っかかっていた所だった。美影は彼女が非情だと言っていた。だとしても彼女が言ったような霊では無いことくらい僕も知っている。……だが、1つ訂正しなければならない。


 僕は対局を始める前から考えていた予想の通りに駒を動かし、少しでも圧をかける為にゆきさんを睨む。


「ダウト。心君のお母さんである哀さんを洗脳する為には遠隔じゃ無理なんじゃない? だとしたら哀さんには会ってるはず」


 美影が霊力はそこまで便利じゃないと言っていた。僕は全然そう思っていないがあの言葉が本当なのだとしたら遠距離からの洗脳という反則級の能力は使えないだろう。


 僕の訂正にゆきさんは少し目を見開き、「私の能力に中々詳しいね」と呟いた。その呟きを聞いた僕は情報をくれた美影に心の中で感謝の言葉を言う。


 今度は僕から差し込んでみよう。毎回受け身でも良いがたまにはこう言うのも大切だ。幸い僕には美影から得た情報がある。


「ゆきさんはさっき心君と面識が無いと言っていたよね? ゆきさんはこの神社によく来るって聞いたんだけど、それなら心君と話はしなくても顔は見たんじゃない?」


「いや、その氷森心の顔を見た事無いからわからないな〜」


「心君は犯人探しに霊力を使ったはず。なら気づくと思うけど?」


「まあ仮に会ったことがあるとしたら私が隠れたとしても暴ける気がするけど。美影が認めるほどの人間なんでしょ? なら全然可能性は——」


「残念。それは無理だね。心君じゃゆきさんには気づかない」


 ゆきさんの言葉を遮って僕は断言する。遮られたゆきさんは目を細めながら僕を見てきた。多分根拠を提示しろと言いたいのだろう。


「簡単だよ。心君を認めている美影が言っていたんだ。心君じゃ霊力で隠れたゆきさんを見つけるのは無理だって」


 美影が直近で僕の部屋に来た時の最後の質問。あれはこのことを聞いていた。あの時の僕から考えて最後の質問をする前に考えていた時、「さっき」の理由ではゆきさんは犯人じゃない。だが最後の質問をした後なら違う。


「……なら、私が氷森心の父親を殺した、そして母親に催眠をかけるメリットは?」


 僕は人差し指と中指をピンと伸ばしてから話す。


「美影からの情報だけどゆきさんは仲良くなろうとした、もしくはなった人間や霊には優しいけどそれ以外には厳しいらしいね。それを踏まえて僕が考えた推測は2つ。1つは関わりが無い心君のお父さんを殺し、哀さんには証拠隠滅の為に記憶の改竄をした。でもこれは無いと思ってる」


 1つ目を除外した理由は簡単。心君のお父さんを殺した後の証拠隠滅として記憶の改竄をする。そんな事をするくらいなら哀さんも殺してしまえば証拠隠滅にもなるだろうと思ったからだ。


「本命は2つ目。哀さんが生きていて心君のお父さんが死んだ。哀さんが生きているのなら結構仲が良いと仮定する。なら問題はゆきさんじゃなくて心君のお父さんの方にあり、ゆきさんは哀さんを守る為に殺したんじゃないの?」


「ッ! なん……で」


「……自分で本命とか言っておいてあれかもだけど、まさかこっちが合ってるなんて思わなかったね」


 信じられないと言わんばかりに驚愕し、呆然としながらゆきさんは僕を見てくる。


 僕が2分過ぎたので追加で駒を動かしたが、ゆきさんは反応を見せない。というよりも驚き過ぎてまだ硬直している、という様子だ。


「あと何か質問はある?」


「……無い、かな。驚いたよ。まさかここまで鋭いなんて。やっぱり夕樹君は人間じゃなくて化け物なんじゃない?」


「……そんなに?」


「うん。正直に言って気持ち悪いよ」


「正直に言い過ぎでしょ」


 前にも言ったけど全部正直に言ってもちゃんと心にはクるからね?


「なら、やっぱりそうなんだね?」


「……はぁ。まさかバレるとは思わなかったけどね。夕樹君でもわからないかな〜と思ってたから本当にびっくりだよ……」


 少し沈んだような声音とは違い、顔には笑顔が見えている。それも悲しみなどは無い、楽しさが含まれた笑みだ。


「正解。私が氷森心の父親、氷森大河を殺した霊だよ、夕樹君」

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