第36話 2分とペナルティ
「……なんの話かよくわからないなぁ」
「大丈夫、すぐにわかるよ。本当に理解してなかったら、だけどね」
僕はそう言いながら将棋の駒を動かす。次はゆきさんの番だ。
「そう言えば夕樹君。なんか顔色が悪そうだけど大丈夫?」
「え、そうかな? 全然大丈夫だよ。学校の疲れが出たかな?」
……もうそろそろだろうか?
「あ、そうだ。言い忘れてた。ゆきさんは2分を超えてまだ打ってなかったら僕に番が回るペナルティが発生する、ってのは駄目かな? 凡人の僕が1週間近く真面目に勉強してもゆきさんには絶対に届かないし。2分以内のハンデを加味しても僕普通に負けちゃうからさ」
「……良いよ。それでも負ける気は無いけどね。でもその代わりに……」
「?」
ゆきさんは楽しそうな、そして優しい笑みを浮かべ、僕を見てきた。
「罰ゲームを有りにしない? 負けた方は勝った方の言うことを1つだけなんでも聞く、っていうありきたりなのだけど」
ゆきさんの提案に僕はすぐには口を開かず、思案する。
……これには何か意図があるのかな? 勝ちを確信しているから、そしてその方が盛り上がるからというのが1番ありそうな可能性。でも普段のゆきさんが罰ゲームの提案をする時にあんな笑顔を向けてくる……のか?
その後も1分と少しの間悩んだ末に僕は口を開く。その間、ゆきさんは僕の考えがまとまるのを待っていてくれたようだ。
「まあ、それは後で考えるとしよう……罰ゲームの条件、呑むよ。でも無理難題はアウトね」
目の前にいるゆきさんにも聞こえないような声量で呟いた後、承諾の旨を伝える。多分すぐにわかるだろう、という結論になったからだ。
「ん? 最初、何か言った?」
「いや、気にしないで。それよりも——」
僕は香車を前進させる。普通ならゆきさんの順番だ。でもこの1回の勝負限りの制約がある。
「2分過ぎたよ。ペナルティ発動で動かさせてもらうね」
「……油断したねぇ。少し待ってあげても大丈夫かなと思っていたけど……意外と時間が経つの早いな〜」
ゆきさんは僕の行動と言葉に目を見開いたが、すぐに嘆息して明るい言葉とは裏腹に僕を睨んできた。何もされないというのはわかっているがそれでも怖いのでやめてほしい。
ゆきさんは僕から視線を外すと、すぐに駒を動かした。また油断してペナルティが発動するのを防ぐ為だろう。
「じゃあ話していこうか。まずは前提からかな。多分美影から聞いてると思うけど、僕達は今氷森心君の父親を殺した霊を探してる」
パチン、という僕が駒を動かした音が辺りに鳴った。
「うん、美影から聞いてるよ」
ゆきさんは相槌を打ちながらも駒を動かす。期待はしていなかった。だがここまで反応が無いとも思っていなかったので意外だ。
僕は少し悩んだ末、飛車を動かす。正直、今のままでは高速で決着が着くだろう。勿論、僕の惨敗で。だからこそ対策をしてきた。1回限り、そしてゆきさん専用の対策を。
僕の目標は勝負に勝ち、試合にも勝つ事。
さっきまで試合には勝っても勝たなくてもどちらでも良いか、と思っていたが罰ゲームがあるなら話は別だ。正直に言うとゆきさんの命令は怖いです。はい、すっごく怖いです。
「でも犯人が見つからなくてさ。特徴は185cmほどの高身長で性別は男。水色のカーディガンをよく着てるんだって。見た事ない?」
ゆきさんは首を横に振りながら答えてくれる。
「私は無いなぁ。そんな服装ならかなり目立つと思うけどね」
「……まあ幻想の存在だしそりゃあ見た事ないよね」
「ッ! ……どう言う事?」
ゆきさんは疑問符を浮かべながら僕に問いかけてくる。
すぐに取り繕ったのは喫驚したが彼女の身体が少し、ほんの少し跳ねたのを見逃すほど僕も馬鹿では無い。
多分確定で良いだろう。何も知らないならただ聞き返すだけで終わりなはずだからだ。こんな反応をするのは心当たりがあるからと考えた方が合理的。
「そのままの意味だよ。さっき僕が特徴を挙げた霊は誰かが作った空想の霊」
「……夕樹君待って。そうと決まった訳じゃ無くない? 他の町に逃げられたとかまだ潜伏してるとか、考えられる理由はもっとあるよ」
「あの霊を探しているのは心君と僕だけじゃない。美影やひきこさんも手伝ってくれてる。その2人は僕達人間、そしてそこら辺の霊とは違って霊の中でも最上位。たとえ索敵が苦手だったとしても霊力を今まで1度も感じた事が無い。更には顔も、よく着ていたというその服装の霊も見た事が無いなんておかしいと思わない? 美影達は昔からずっとこの街にいたのに」
「…………」
ゆきさんは少し沈黙する。
その霊は心君の父親を殺したのなら少しは霊力を使ったはず。それをひきこさんも美影も感じた事が無いなんておかしいだろう。それに木の葉神社から幽成高校まで、そして前にピンチになった時、ひきこさんにここに来てと言われた公園からもそこまで距離は無い。霊力を使う人間を霊力を使って殺すというのならそれ相応の霊力を出したはずだ。
「その霊がセーブしながら殺せるほど心君のお父さんは弱くなかったはず。だって心君は美影に優秀と認められるほどの人。そんな人間の父親なんだもの」
ゆきさんは僕が視線を合わせようとすると少しめを逸らした。
そして自分の感情を感じる器官が思ったより有能なのを喜ぼうと思う。
ぶっちゃけるとその霊の隠密性能が高過ぎた、みたいな可能性も無い訳ではない。だが僕も、心君も、そして美影達も知らない幽霊にそこまでの力は無いと思ったためこう推理した。だが、思ったよりも合っていたようだ。
そして、もう1手貰うことにしよう。
「油断大敵だよ、ゆきさん」
「ッ! ……学ばないね、私も」
そんなすぐに学ばれて対処されたら僕はゆきさんの化け物のような精神力を崇めるだろう。今それをされたら僕の負けは確定なのだから。
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