第35話 月光と水をあげよう

 翌日の金曜日。僕は外を出歩き、目的地に足を運んでいた。


 午前1時20分。ならもう土曜日じゃんなどとくだらない事を1人で考えながらビニール袋を右手に持ちながら石階を上がっていく。


 勿論この時間に外に出るとなれば南さん達を起こさないように頑張って足音を消したりするだろう。でも僕は対策のお陰で特に苦もなく出てこれた。あの適当に決めた設定が役に立つとは思わなかったと作者も驚いて——狙ってたらしいです。


 なんて考えていたらもう石階を登り終えていた。気分で書いてるんだから絶対狙ってないだろ。そのせいでたまに設定ミスする——はい、もうやめておきます。


 参道を少し歩き、半分ほどまで来たのを確認して辺りを見る。


 前に来た時にあった長々と生えた雑草があるのは変わらず。だが昨日降った雨で土はぬかるんでいた。……成程。


 僕は拝殿まで歩くと、木製の階段に腰掛ける。そして少し息を吸い、ここに居るであろう人へ声をかける。


「居るのはわかってるよ。だから出来れば姿を現してくれると助かるんだけど」


 そう話しかけてみるが辺りは静寂に包まれていた。まあこれは予想通りではある。


 僕はため息を吐き、ビニール袋から入っていた物を取り出す。


「隠れてないで出てきてよ、ゆきさん?」


 今度は明確に名前を言う。すると、サァーと風が吹いて先程まで誰もいなかった目の前の参道に小柄な女の子が現れた。少し黒も混ざった茶色のショートボブ。右耳に髪をかけているのも昨日、いや、一昨日から変わっていない。


「こんばんは、ゆきさん。また明日じゃなくてまた明後日と言うべきだったね。会えるって信じてたよ」


「やあ、夕樹君。……君に聞きたい事が結構あるんだけど?」


「それには答えるけどまずこれやらない?」


「……なんで将棋盤持ってきてるのかも質問に加える事にしようかな」


 不承不承といった様子のゆきさんは僕の対面に座り、将棋盤を挟んで顔を合わせる。


「夕樹君、私に勝てるの? これでも私、最近始めた人に負けるほど弱くないと思っているんだけど」


「それもやってみればわかるよ。あ、でもハンデが欲しいな」


「ハンデ?」


 ゆきさんは不思議そうな顔をしながら可愛らしく首を傾げる。その茶色い髪は月の光に照らされ輝いていて、僕は少し新鮮な気分になった。


「そう、ハンデ。僕はゆきさんも知っての通り初心者だからさ。ゆきさんは2分以内に打つ。その間も僕は話さなきゃいけない事があると思うから喋るのはセーフにして欲しいな」


「……まあ、良いよ。その条件呑むよ」


「よし」


 これで僕の勝つ確率がかなり上がった。無論、正攻法で勝つつもりはない。反則行為はしないが僕は性格悪い戦法が得意らしいから。不本意だけどね。


「ねえ、聞いて良い?」


「……まあ気になったままじゃ将棋に集中出来ないか。良いよ」


「まず1つ。なんでこの時間にこんな場所に? 普通この時間は人間なら寝てる時間でしょ?」


 さっきの1時20分から少し経ち、今は短針が5を差している。ゆきさんの言う通りいつものこの時間なら僕も寝ようとしているだろう。


「なんでって言われても……女の子を待たせちゃ駄目でしょ? まあちょっと待たせちゃったみたいだけどさ。ごめんね」


「いや、私は美影に一緒に月を見ようって誘われて……」


「『そう言えばゆき。明後日は月がよく見える日らしい。木の葉神社で一緒に見ない?』だったかな?」


「……成程」


 少しの沈黙の後、ゆきさんは納得したように頷いた。


「美影も1枚噛んでる、ってこと。随分と用意周到だね。一昨日も美影に呼ばれてあそこに行ったし、それも狙ってたのかな?」


「美影を介して友達をお月見に誘っただけだよ。僕は陰キャだから女の子をデートに誘うのは恥ずかしくてね」


「……口が回るね、夕樹君。私に警戒されない為でしょ。何か言おうとする前に逃げられるのを阻止した」


「ありゃ、バレてる」


 ゆきさんの言った事は間違っていない。美影に頼んだのも、こう言う状況になるようにしたのも全て僕が中心にいる。


「それにほら、その友達は将棋が好きらしいからさ。将棋でも打ちながらお月見をするのも中々風情があると思わない?」


「……しかもここに私が来る事を確信してるし」


「当然。ゆきさんは友達との約束は守ると思ったからね」


 どこまで考えられてるのやら、とゆきさんは小さく呟く。


 ゆきさんは深いため息をついた後、また質問をしてきた。


「2つ目。なんで私に気づいたの? 私、結構本気で隠れたつもりなんだけど」


「うん、そうだね。全然わからなかった」


「え?」


 ゆきさんは目を点にした。まるでそんな言葉が出るとは思わなかったとばかりに。


「いや、美影でもわかるかギリギリくらいなのに凡人の僕がわかる訳無いじゃん」


 当然である。僕は美影やゆきさんみたいに膨大な霊力は無いし探知なんて使えないし気配に敏感とかそう言うのも無いし。


「じゃあなんで……」


「木曜日に雨が降ったじゃん? なら土はぬかるむ。その上を歩いたら足跡がつくよね。僕、結構目が良いんだ」


 美影達は幽霊だが普段は普通に歩いていたりする。なのでこの方法ならいけるんじゃないかと思ったが、ビンゴだ。辺りを見た時、左側に小さい足跡があった。


「夕樹君、鋭いとか通り越して怖いよ、私は」


「褒め言葉として受け取っておこうかな」


 またゆきさんは深いため息を吐いた。これもまた友達の手伝いなのだ。許してください。


「最後。これから夕樹君は何を話すの?」


「……それは今までの質問の中でも1番簡単だね」


 その答えも、美影の協力で既に出ている。


「陰に潜みし幽霊さんに月光スポットライトを当ててあげようと思って、ね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る