第34話 播種《はしゅ》と少しの休息

 木曜日の放課後。僕はもう日課となった旧校舎の図書室へと歩みを進める。


 ちなみに旧校舎に通っていると知られたら色々と面倒だと思い僕は少し対策をした。対策といっても足音を消したりなどの些細な事だが、その対策をしているうちに隠密行動が少し得意になった気がする。まあ本当に少しの話だけれど。


 美影やゆきさん達には余裕でバレるんだろうなぁと心の中で呟きながら図書室の扉を開ける。


「あ、夕樹君じゃん。やっほ〜」


「あれ、ゆきさんだ。やっほ〜」


 うぇ〜いと図書室の窓際の椅子にすわっているゆきさんは手を上げながら僕に挨拶をしてくる。陽キャかよ。


「花子さんは陰キャでしょうよ。いっつもトイレにいるし」


「ナチュラルに心を読まないで? あとそれは今のゆきさんが言える事じゃない」


「……ふふふ、私は影に潜みし者。楽園トイレに眠りし陰キャなり」


「おお、なんかかっこいいかも」


「2人とも何を言ってるの?」


『わぁ〜お、みかげがつめたぁ〜い』


「……仲良いね」


 美影が呆れたような声を出す。あまりこう言う事が出来る人は居ないので新鮮である。そう、人はいない。まあ今のゆきさんの台詞は裏の言葉を読み取れないとただのトイレで寝てる陰キャだし。


「それにしても、ゆきさんとは1日振りくらいかな? 今日はどうしたの?」


「今日は美影にお呼ばれしちゃってさ〜。美影とデートですよ」


「へえ、美影に呼ばれたんだ。なんか珍しいね」


 そう呟きながら僕は2人がいる机の近くまで歩く。斜め左から視線を感じて見てみると、美影が僕にジト目を向けてきていた。


「ど、どうしたの美影? そんな目を僕に向けてきて」


「白々しい。……まあ良いけど」


 僕は良くないんだけどね? そんな目で見られたら新たな性癖が——おっけー、やめておこう。


 そんなやりとりをする僕らを不思議に思ったのか、ゆきさんは席を立ち、僕に耳打ちしてきた。


「今のどう言う事? 何か悩み事? 相談ならいつでも乗るよ?」


「いや、なんでも無いよ。特に悩み事も無いし」


 疑われているじゃん。まあ美影もあの程度の情報では何もわからないと知って言ってるんだろうけどさ。


「というか……何それ」


 僕は目の前の机にある鶴の折り紙達の群れを見る。それもスポーツスタッキングのように美しい三角を形成している積み上げられた何匹もの鶴を。


 勿論折っているのは美影。1匹1匹丁寧に折られた鶴は三角だけでなく、自らも美しくそこに居た。


「暇だから適当に作った」


「暇で作れるような物じゃ無いでしょ……」


 僕の貧相な語彙力では凄いや綺麗としか言えない。だが普通に美術展とかに出しても評価されるのではと思えるほどの代物だった。


「凄いよねぇ。私霊力使っても無理」


「僕も絶対に無理。もうバランスまでもが美しいもん」


 まあ僕の霊力なんてたかが知れてるけどこれは無理だと見ていてわかる。


「というか座ったら? ずっと立ってると疲れるでしょ」


「まあ、そうだね。座ろうかな」


「夕樹君、こっちどうぞ——」


「……ん」


 ゆきさんの自らの隣にある椅子を引きながら言った言葉が美影により遮られる。


 美影はポンポンと隣にある椅子を叩く。僕は少し歩き、美影の隣に座る。


「夕樹君にフラれちゃった」


「ゆきだとしても夕樹は渡さない」


「ちょ、美影?!」


 美影は僕を抱きながらゆきさんを睨む。驚いてはいるが悪い気はしない。というか凄く嬉しいと感じている僕に少し苦笑する。ちょっと苦しいのも美影なら良いと思えてしまう。


「もしも私が美影から夕樹君を盗るって言ったら?」


「消し飛ばす」


「おお怖い怖い。でも私を消し飛ばしたらその鶴ちゃん達も一緒にふっ飛ぶけど大丈夫?」


「……この子達もきっとわかってくれる」


「本当かなぁ?」


 美影の鋭い視線を軽く流していたゆきさんは僕と目を合わせてくる。そして微笑みながら口パクで何かを伝えてきた。


『嬉しそうだね、夕樹君』


 読み取れた事を誰かに褒めて欲しいと同時にゆきさんの言葉に照れ臭くなって顔が熱くなってしまう。


「……まあ、その反応なら良いか。美影、夕樹君がちょっと苦しそうだから離してあげな。盗らないからさ」


「ッ!」


 ゆきさんの揶揄い混じりの言葉に美影は顔を赤くしながらバッと僕を離し、俯いてしまった。


「んふふふ」


 僕達を見ながら面白そうに笑うゆきさん。この雰囲気に居た堪れなくなった僕は席を立った。


「き、今日はもう帰ろうかな!」


「あれ、早いね」


「よ、用事があるから」


「外雨だけど大丈夫? 傘は?」


「あるよ。それじゃあまた明日ね、2人共」


 僕は図書室の出入り口の方へ歩き出す。ちなみに美影はまだ俯いていた。引きずってるな。


「私は明日会えるかわからないけどまた明日〜」


 そう言って手を振ってくるゆきさんに手を振り返す。


「大丈夫。僕は会えるって信じてるよ」


「歌詞みたいでかっこいい。またね〜」


 僕は図書室から出て扉を開けたまま少し歩く。


「そう言えばゆき。明日は——」


「……流石美影。頼りになる」


 美影の協力もあり準備は出来た。あとは僕が終わらせるとしよう。


「……明日、何時に寝ることになるんだろ」

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