第31話 変化

 現在、僕は氷森宅で心君達と食卓を囲んでいた。


 ハンバーグのソースを口元に付けた楓ちゃんを笑いながら憐さんはソースをティッシュで拭う。そしてそんな2人を見て笑う心君と哀さん。


 平和、というに相応しい光景だろう。憐さん、心君、楓ちゃん、そして哀さん。みんなが笑っている


「どう、夕樹君。美味しい?」


「あ、はい。凄く美味しいです」


 少し口角を上げた哀さんはそう聞いてくる。哀さんの質問に僕も笑顔と言葉で返す。


「なら良かった。私も久しぶりに本気を出した気がするわ」


「じゃあいつもは本気じゃ無かったのかい?」


「いつもは心がやってくれているじゃない。ありがとね」


「あはは、どういたしまして」


 軽口を叩き合う哀さんと心君。その笑顔は父親が、旦那さんが居ない悲しみを全く感じさせないほどに輝いていると感じた。


 ……多分十数年前ほどに心君達の父親があの霊によって殺された。そして心君と哀さんはその霊に復讐しようとしている。前に心君が過去を話してくれた時に俺もあの霊が許せないと言っていたし厳しく指導されたと言っていた記憶がある。


 だが、今の光景にそんな素振りは一切無い。あるのは家族の温もりと笑顔。復讐なんて1ミリも考えていないような、そんな家族。哀さんが息子に霊は全て悪だと刷り込んだなんて信じられなくなっている。


 勿論、何か変化があったとか隠しているというような可能性もある。けど僕の中にある違和感は消えてくれなかった。


「おにいちゃん、大丈夫……?」


「ど、どうしたの、楓ちゃん?」


「おにいちゃん、浮かない顔をしてる……」


「そ、そんな事ないよ。大丈夫」


 前にもちょっとあったけどよくそんな言葉知ってるな。楓ちゃんって4〜7歳くらいじゃないのかな? 最近の子は浮かない顔してるなんて日常で使うようになったの?


 少し考え過ぎたか、と反省して僕はハンバーグを口に運ぶ。……うん、美味しい。


「おにいちゃん、美味しいね」


「うん、美味しいね」


 僕に眩し過ぎる笑顔を向けてくる。……うん、可愛い。


 そんな風に5人で雑談をしながら僕達は夕食を終えた。


 その後は少し楓ちゃんを遊んだり心君達と話をしたりして過ごしていると、時刻は19時を回っていた。


 僕は立ち上がり、近くにいた心君と哀さんの方へと向く。


「そろそろお暇させて頂きます」


「あ、そうなの? なら心、送っていってあげなさい」


「勿論そのつもりだよ」


「……僕、やっぱり弱い人認定されてるんだ……まあ事実なんだけどさ……」


 氷森宅を出た僕と心君は家への道を歩く。


 5月下旬の19時15分頃はまだ少し肌寒い。更にもう日もかなり落ちてきていて闇が辺りを支配しつつある。


 僕と心君の足音だけが耳朶をうつ。もうここら辺の人は外に出ないようだ。


 心君をチラチラと見ながら僕は質問をするタイミングを伺う。


 昔の哀さんは多分復讐に取り憑かれたような人だと思う。だが今はそんな気配は全く無い。その変化の理由を聞きたい。


 けれどそれを適当に聞いたとしたら空気が悪くなるかもしれない。それを危惧してタイミングを伺っていたのだが……


「俺の事をチラチラと見てどうしたんだい?」


 バレた。ラノベやアニメ見てても思うけど視線ってそんなにわかりやすいものなのかな? 僕感知出来る気がしないのだけれど。


 僕は軽く息を吐き、思い切って聞いてみることにする。バレたのならもう隠す必要は無い。


「ちょっと聞きたい事があってさ。あの〜……哀さんは、その、心君と聞いていた話と少し違うような気がしてさ」


「聞いていた話?」


 心君は僕に疑問の目を向けてくる。何か言ってたっけ、というような瞳だ。


「心君に霊は全て悪だって刷り込んだり厳しく育てたりする人って聞いてたんだけど……」


「ああ、そういう事。実は俺もわからないんだよね」


「え?」


 心君から発せられた予想外の言葉に僕は首を傾げる。心君にもわからない? それはどういう事だ?


「数年前くらいだったかな? それくらいから何故か母さんが優しくなっていったんだよね。誰かに操られていたのに急にそれが解けた、みたいな感じでさ。不思議だよね。僕が小学生の頃とかは笑顔は見せないでずっと仏頂面だったし話だって全然しなかったのに」


「……何か心変わりする事があったとか?」


 僕の頭にはそれくらいしか浮かばなかった。息子を復讐に使おうとするような人がここ数年の間になんの理由も無く優しくなるなんて大体無い。


「まあ僕は嬉しいけどね。母さんが優しくなってから楓や姉さんの笑顔を見る事が増えたし。結果オーライだよ」


 そう言って心君はにこっと爽やかに笑った。最初に出てくる理由が自分ではなく家族を想っての感想だとは。


「ここら辺で良いよ、心君」


「そうかい?」


「うん、もう近いし」


「わかった。まあ気をつけてね。今の夕樹君は幽霊に襲われても不思議じゃ無いから」


「あ、あはは。肝に銘じます」


 冗談になっていない心君の言葉に顔を引き攣らせながら右手を振る。


「ごめんね、夕樹君。僕達の事情に巻き込んでしまって。申し訳無いけど、これからも協力してくれると助かるよ」


「うん、勿論。出来るだけやってみるから」


 ありがとう、と言って心君は来た道を戻って行った。


 今までの情報を元に少し考えてみようと考えながら僕も家の扉を開けた。

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