第30話 あの霊
「ただいま〜」
玄関の方から女性の声が聞こえてきた。ここは氷森家。そして憐さんと楓ちゃんはここに居る。
なら、候補は1人だけだ。
「心〜帰ってるの——あれ、お客さん?」
リビングに入ってきた女性は僕の顔を見てきょとんとした。
「ママだ! おかえりなさい!」
「うん、ただいま楓。楽しそうだね」
「うん、楽しいよ! ママもおにいちゃんにやってもらったら?!」
「私がやっちゃったら楓おにいちゃんに抱っこしてもらえなくなるよ? 良いの?」
「駄目! おにいちゃんはあげない!」
「ふふ、随分とおにいちゃんが気にいってるんだね」
楓ちゃんが僕を強く抱きしめられている気がするけど、今の僕には些細な問題だった。
何故なら、急に友達の親と会う事になるなんて思っていなかったから。心の準備が……
え? 彼女の親に会うわけじゃないんだから心の準備なんて要らないだろって? 友達が居なかった僕には必要なんだよ! 中学もぼっちだったんだよ?! ……泣きたくなってきた。
そう思うと高校の僕は変わったな〜……はい、現実逃避はやめます。
「珍しいね、ここに3人揃ってるって憐は大体部屋にいるのに。しかもお客さんもいるなんてびっくり」
な、なんて言えば……いや、まずは挨拶をしなければ……!
僕が心の中であたふたとしていると、後ろから心君が耳打ちをしてきた。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。普段通りで」
「あ、ありがとう……心君」
僕は深呼吸をし、ガチガチに固まっている体をほぐし、早く脈打っている鼓動を落ち着かせる。
僕は楓ちゃんを抱っこしながらその女性に視線を合わせ、楓ちゃんを落ちないようにしながら慌てて少し頭を下げる。
「初めまして。心君のクラスメイトの夢乃夕樹です。お邪魔しています」
「母さん、夕樹君は父さんを殺した霊を一緒に探してくれてるんだ」
「あの子を……そう……なの。ご丁寧にありがとう御座います。
哀さんは僕に頭を下げてくる。その所作は綺麗で、美しく、洗練されていた。かなり練習したのだろう。
「お母さ〜ん。夕樹君にその霊の情報を教えてあげて——いぎゃっ」
僕に挨拶をした後、またソファに寝そべってスマホを弄っていた憐さんは哀さんに声をかける。だが、その時に油断したのか憐さんのスマホが落下した。あれはめっちゃ痛いやつだ……
「いっつ〜! ぐああ……死ぬ……死ぬ……! あぐっ!」
顔を両手で覆いながら憐さんは右へ転がった。でもソファはそんなに広くない。なので次はスマホと同時に憐さんも落ちた。踏んだり蹴ったりだ……
「いったぁ〜! うううう……!」
悶絶している憐さんは体を左右に揺らしたりしている為服がはだけ、お腹が見え隠れしている。というか下着も見えそうなんだけど……
そこで僕の理性が働き、流石に見るのは良く無いと思い目を逸らした。
「こら、姉さん。痛いのはわかるけどはしたないよ」
「だ、だってぇ〜……」
「まあ良いじゃないの。それで? あの霊の情報報が欲しい、だったっけ」
「そうだった。母さん、なんでも良いからその霊の情報を言ってみて」
哀さんは顎に手を当て、少し頭を悩ませた。
「あの霊の……うーんと……男っぽくて、身長は結構高いと思う。185はあるんじゃないかな? それとこれはわかってると思うけど霊力が多い。とてつもなくね」
男っぽいというのは事前に聞いていたが身長高いな……羨ましい。
「あと……あの子は月が好きで深夜帯、そして仕事が無い時は月が見える静かな場所に居る事が多かった気がするわ」
それは初耳だ。月が好き、か。それに月が見えて静かな場所……
「哀さん、質問しても良いですか?」
「ええ、どうぞ」
「心君達のお父さんが殺された場所は神社だと聞きました。その神社っていうのは木の葉神社ですか?」
「そうよ。ちなみに初めてあの霊に出会ったのもその神社」
成程。あそこは人があまり来ないから静かだ。木の葉神社は条件に合っている気がする。
だが心君のお父さんを神社で殺したのは哀さんが見ているし、その霊が余程の馬鹿じゃない限り復讐されるというのは考えつくはず。僕がその霊なら木の葉神社には2度と近づかないだろう。更に初めて会った場所もそことなれば1番警戒すると誰でもわかる。
「木の葉神社という線は無し、か」
それがわかっただけでも来た意味があったかもしれない。候補が1つ潰れたのはかなり大きい。
「……え〜と」
僕は頭の中で今までの情報を整理する。
髪はショートで白。服装は詳しくは知らないが青色のカーディガンを着ている可能性が高い。身長は185くらいで霊力が多い。そして月と静かな場所が好き。だが木の葉神社は無し、と。
「あとは何か質問ある?」
「いえ、特には——」
「ママ、私お腹ぺこぺこ」
ありません、と言いかけた時、先程まで苦しんでいた憐さんの頭からを撫でていた楓ちゃんがそう言った。
「あら、なら早めの夕食にしましょうか」
「手伝うよ、母さん。あ、そうだ。心君もどうだい?」
「え?」
僕が鞄を肩にかけて帰ろうと準備しようとしていると、心君の言葉で思わず動きが止まる。今、なんて?
「い、いや、僕は——」
「私は大歓迎よ。あ、でも無理にとは言わないけど……」
「い、いえ、無理というわけでは無いのですが」
「憐も良いわよね〜?」
「問題な〜し」
「で、でも——」
「おにいちゃんと一緒?! わーい!」
「うぐっ」
僕のすぐ横で両手をあげて喜ぶ楓ちゃん。その笑顔を見てしまった僕は大人しく負けを認めた。この笑顔が歪むのは無理だ。
「親に連絡してきます」
そう言って僕は一旦氷森宅を出るのだった。
正直に言おう。今までこんな事なかったからちょっと嬉しい。
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