第26話 男の夢……?

「じゃ、始めようか」


「はい!!!」


「……いつになくハイテンションだね、夕樹。今まで見たことないよ」


「そりゃテンションも高くなるでしょうよ! だって霊力が使えると言うんだから!」


「……そう」


 美影にめちゃくちゃ引かれているが正直興奮を抑えられる気がしない。物を浮かせる程度しか出来ないとは言われているがそれでも一般人である僕にとっては全然良い。


「まず前提知識として霊力は主に脳に宿ってて、その霊力を右手に集めれるようになるとほぼ成功って感じ。まあ最初からそんなことは出来ないからまずは霊力を感じる所からかな」


 なんか急に異世界転生もののラノベみたいな修行が始まった。まあ都市伝説の幽霊達と話してるってだけで最早異世界と同じような気がするけど。


「夕樹の中にある霊力は本当に少ないから私が夕樹の体に霊力を流すね。取り敢えずそれを感じようとしてみて」


「わ、わかった」


 美影は僕の額に人差し指を当てる。やっぱり冷たい。

 

「目を瞑って、周りの音を聞こえない様に意識する。深呼吸をしながら1ミリの揺らぎも無い水面を思い浮かべて」


 僕は言われた通りに行動、そして思考する。そのまま数十秒経ち、僕は口を開いた。


「何も感じません、師匠」


「師匠はやめて。……感じない、か。ちゃんと霊力は流してるんだけど……」


 いくら集中しても何も感じない。脳にあるはずの霊力どころか美影が僕に霊力を流しているのかさえもわからない。


「やっぱり人間には無理なのか……?」


 僕は膝を床につき、絶望する。勿論簡単に出来るとは思っていなかったがまさかここまで何も感じないなんて……


「1つだけ確実な方法があるよ」


「え、何それ?!」


「夕樹が死んで幽霊になれば霊力が——」


「鬼か?」


「私花子さんだよ?」


「そうじゃなくてね?」


 ここで僕が死んだら「夢乃夕樹は幽霊である」略してゆゆゆに——


「やめておこう。著作権などが怖い」


「まあ夕樹が死んだら困るのは主人公を人間と想定してこの作品書いてる作者だし」


「メタい方向から攻撃してこないで?」


 僕は美影にツッコミを入れた後、わざとらしく咳払いをして話を戻す。ダメージが凄いからやめさせろとの陰キャ《さくしゃ》からのお告げだ。


「本当に僕が死ぬしか方法は無いの? 正直出来るビジョンが浮かばないんだけど」


「まあ取り敢えず練習しよ。これはそこまで難しく無いから今日中に出来る様になると思うし」


「……美影を信じるよ」


 それから僕は美影に教えて貰いながら物を霊力で浮かせる練習をする。


 気がつくと空は少しずつ暗くなってきており、開けた窓から校庭で運動部の人達が片付けをしている音が聞こえている。もうそろそろ帰らなければならない。


「霊力を使っての現象は大体がイメージで創られてる。これの場合は霊力を手のひらの前に集めるイメージ。簡単にで良いから想像してみて」


「こ、こうかな……?」


 

「惜しいけど違う。こんな感じ」


「ッ!」


 美影は突き出している僕の右手に自分の右手を重ねてきた。突然のことで僕の体が跳ねるが、美影は気にする素振りもなく続ける。


「大切なのは集中力。特に最初はイメージが難しいかもしれないけどこれは慣れるしかない」


 美影は自らの右手の前に霊力を集める。手を重ねられているのでまるで僕が霊力を出しているみたいだ。


「大丈夫、夕樹ならでき——聞いてる?」


「キイテマス」


「なんで機械みたいになってるの? 大丈夫?」


「ダイジョウブデスジャナイ」


「どっち?」


 落ち着け、僕。美影に他意は無い。それはわかってるだろ。帰る前に必ず成功させてみせる!


 僕は頭をブンブンと左右に振って煩悩を追い出す。そして意識を右手に向ける。


 霊力を右手に集めるイメージ……脳に宿っているらしい霊力を右手から出すように……


「こんな感じ?」


「そうそう! 出来たじゃん! あとはそのまま机の上に置いてある黒板消しを触ってみて」


 僕は言われた通り霊力を右手から出したまま黒板消しを触る。すると……


「ほ、本当に浮いた……」


 黒板消しがまるで上から糸で吊り下げているように僕の目の前で浮かんでいる。マジックのようだがそうじゃない。黒板消しの周りには霊力という白いモヤモヤが見えている。


「良かったね、夕樹」


「み、美影……」


「ん、どうしたの?」


「……なんでもないです」


 美影は僕の頭を撫でてくる。少し子供っぽくて恥ずかしいから抗議をしようとしたが、心地良いのでそのままにしておく。


「ちなみにわかってると思うけどあまり長い距離を動かしたり高く持ち上げたりさ無理だからね」


「勿論わかってる。でも、凄く嬉しいよ。ありがとう、美影」


「……どういたしまして」


 美影は僕の反対方向へ顔ごと視線を向ける。だが真っ赤になっている耳は丸見えなので僕は思わず笑ってしまった。


「それにしても……」


「ん?」


 照れが消えてきた美影は何故か右手を見た。僕は訳がわからずに首を傾げると、美影は僕に笑顔を見せた。


「夕樹の手、あったかいね。私、夕樹の手好き」


「え?!」


 好き? 好きって……いや、落ち着け。美影にそんな気持ちは無いって誰よりもわかってるだろ。それにこれは手の話だ。


「あ、ありがとう……」


 美影に顔を見られないようにそっぽを向きながらなんとか言葉を絞り出すと、前から美影の控えめに笑う声が聞こえてきた。


 僕は今のが美影の反撃だということに気づいてこれまた美影への反撃を考えようとした時、図書室の扉が開いた。


「美影〜夕樹君〜久しぶりにきた——」


 来訪者であるゆきさんはその目に映っている光景に固まった。何故なら、僕の右手からは霊力が出ていて、目の前では黒板消しが宙に浮いていた。


 そんな光景を見て、ある1つの結論に辿り着くのは自然だろう。


「夕樹君、死んだ?」


「まだ人間やめてないです!」


「お疲れ様〜。これからは私達の仲間だね!」


「勝手に僕を殺さないで!」

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