第19話 邂逅

 僕が2人の指導を受け始めて2時間と少しほど経っただろうか。意外と将棋が楽しくて時間を忘れてしまっていた。


 図書室にも橙色の光が差し込んできており、開けてある窓からは部活を頑張る生徒達の声も少なくなっている。


「夕樹、もうそろそろ帰るでしょ?」


「うん、そうだね。もう帰らないと」


「もうそんな時間か〜早いね〜」


 椅子の背もたれに背中を預けてぐで〜っとしているゆきさんに別れの挨拶をして図書室を出る。ちなみに今日も美影は見送ってくれるらしい。


 旧校舎の廊下に僕の歩く音が反響する。美影は浮いているので足音はしない。


 昇降口で靴を履き替え、家への道を美影と一緒に歩く。


 隣では美影がう〜んと伸びをしている。


「眠い?」


「まあね。ゆきとはしゃぎ過ぎちゃったかな」


「幽霊って寝るの?」


「寝るよ。私は結構早めに寝る」


「へえ、美影はなんか夜更かしするって思ってたから意外。何か理由はあるの?」


 僕の質問に美影は恥ずかしそうに目を逸らす。僕が首を傾げると、美影は頬は少し赤く染め、小さく呟いた。


「私は朝が弱いから夜更かししちゃうと夕樹と遊べなくなっちゃうってだけ……」


「ッ! ……そ、そっか」


 いきなりそんな事を言われ、しかも美影の照れている顔も破壊力が強くて僕も恥ずかしくなり目を逸らしてしまった。


「夕樹は基本的には何時に寝るの?」


「僕は大体1時くらいかな」


「そうなんだ。私と比べて遅いね。授業中は寝ないの?」


「うん、まあそこら辺は気合いで——」


 そこで、僕はある事に気がついた。美影の反応がいつもより更に淡白であり、視線がいつもより格段に冷たいことを。そして僕や前方ではなく右や左、そして後ろを確認していたりする。


「どうしたの、美影?」


「……夕樹、やっぱり私が合ってたみたい」


「え?」


 次の瞬間、美影は右斜め後ろを指差した。


「私が気づかないと思わない方が良いよ。これでも私、結構上位の霊なんだから」


 訳がわからずに僕の頭は困惑で支配されていると、美影が指を差した方向にある誰もいないはずの草むらが動いた。


「なめてたけど想像以上だったね。びっくりしたよ、花子さん」


 そして、その声の主は姿を表した。


「心、君?」


 氷森心。僕のクラスメイトであり楓ちゃん、憐さんの家族の一員である心君が、そこに立っていた。


「やあ、夕樹君。前からそうかなとは思っていたけど君はそっち側だったんだね。がっかりだよ」


 声はいつも通り軽く、明るい雰囲気だ。だが、纏っている雰囲気がいつもと違う気がする。怒っているというか、なんというか。それに、そっち側って……? いや、それよりも——


「なんで、心君が?」


「う〜ん……簡単に言えば僕が霊を祓っている家系の息子だから、かな。だから今用があるのは夕樹君じゃなくて君なんだよね、花子さん?」


「自分のことをそんなにベラベラと話して良いの? 警戒心って知ってる?」


「あっははは! ねえ、死人に口なしって言葉を知ってるかい?」


 心君の煽りに美影は動揺せず、いつも通りの無表情で捌いていく。


「くだらない。洒落てるつもり? ああ、それとね——夕樹に手を出したら本気で殺すから」


「元々殺すつもりの癖にどの口が言ってるんだか。ああ、君には口が無かったね。死人だし」


「チッ」


 心君は美影を見て、優しく、だが敵意を剥き出しにして笑った。


「初めましてかな、花子さん。僕の名前は氷森心だよ」


「ご丁寧にどうも。で、死ぬ前の言葉はそれで良いの?」


 美影は完全に臨戦態勢に入っている。出している霊力も膨大だし、美影は本当に心君を殺す気だと理解した。


「なんで美影を狙うの?」


「え? さっき言ったじゃん。その子が幽霊だから。幽霊なんてこの世には要らない。お前らは全員俺が根絶やしにしてやる」


 その言葉には怒り、そして恨みが込められている気がした。過去に何かあったのだろうか?


 美影の膨大な霊力に対抗するように心君からも霊力が出される。霊力は人間にも出せるものなのだろうか?


 疑問が頭をよぎりながらも2人の間にあるビリビリとした緊張感と殺気を感じた僕はすぐにスマホを取り出し、ある操作を始める。


「霊力も使えない凡人にしては肝が据わってるね。仲間を呼ぼうとしても意味ないよ? ここには結界を張ったから誰も入って来れないし、外からじゃこの中は見えない」


 僕は心君の言葉に耳を貸さず、スマホを操作する。そんな僕を見て心君はやれやれと呆れた様子を見せた。


「お前なんて私1人で十分だし、仲間なんていらない。雑魚が調子に乗っても無様なだけだよ?」


「……言ってくれるね、現世に醜く留まって人間に危害を加えるゴミの分際で……!」


 美影が心くんに手を伸ばす。それに反応するように心君はお札を握り、何かを唱え始めた。


「美影、お願いがあるんだけど」


「なに、夕樹? まさかあいつを殺さないでとかって言うんじゃないよね?」


 手の前に霊力を集めながら美影は少し怒りが混ざった瞳で僕を見てきた」


「残念だけどそのまさかだよ。お願い、美影」


「でもあいつは多分私を、もしかしたら夕樹すらも殺しに来るかもしれない。そんな甘さは敵でしかない」


「大丈夫、少し時間を稼いで欲しいだけだから。ここは僕が終わらせる。誰も死なせずに、ね」


 僕はスマホを操作しながらそう言う。美影は僕の言葉が予想外だったからか、目を見開き、僕を見た。だが、すぐに心君を警戒するように前を向く。


「……わかった。少し手加減してあげる。信じるよ、夕樹」


「ありがとう」


 まあ、少しだけ意地悪な戦法かもしれないけれどね。


 そして、美影の手の前に集められていた霊力が心君に放たれ、戦いのゴングは鳴った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る