第17話 美影の好きなもの

 美影が楓ちゃん達を襲いにいくのをなんとか阻止出来た翌日の木曜日。僕はいつも通り旧校舎の図書室に来ていた。だが、僕は今図書室には入らずに扉を少し開けた後、その隙間から中を覗いている。


 何故そんな怪しさ100点満点みたいな事をしているのか。それはいつもとは違うところもあったからだ。


「ふふふふふ」


 椅子に座っている美影が不気味に笑っていた。あのいつもスンとしていて無表情な事が多い美影が、だ。机の上に置いてある何かを見てニヤニヤとしている。


「どうしたの、美影? ご機嫌だね」


 これ以上見ていても埒があかないと思い、覚悟を決めて美影に話しかける。いや、別に怖がる意味は無いと思うけど、一応ね? 怖いじゃん。


「あ、夕樹! 見て見て!」


 美影は花が咲いたような笑みを向けてきて、僕の心が乱される。


 なんとか平静を装い机に近づき、件の置いてある何かを見てみる。


「これは……饅頭?」


「そう! これ、凄く美味しいの! 私が好きだからってはっちゃんが買って来てくれたの!」


「仲良いんだね」


「うん! 私の親友だからね! はっちゃんは優しくてとっても良い子だよ!」


 はっちゃん……八尺様か。美影のためにわざわざ饅頭を買ってくるなんて八尺様の方もかなり美影が好きなようだ。いや、流石に女子に嫉妬なんて……しな、い、よ? ……多分。


「はあ〜……一生見てられる……」


「これ、もしかして福島県の?」


「そうそう! よく知ってるね! 薄皮で食べやすくてあんこの甘さが絶妙なんだぁ……」


 うっとりとしながら饅頭を見つめる美影。最早饅頭と結婚しそうな雰囲気を醸しだしている。どれだけその饅頭が好きなんだ。


 まあでもイメージ通りではあるかもしれない。花子さんはどちらかというと和の方だと思うし、普段の服装も赤い吊りスカートに白いワイシャツなので洋という感じでは無い。でもここまで好きなんだ……覚えておこ。


「この見た目……匂い……はああああ」


「美影、キャラが崩れてるよ」


「はっちゃん……ありがとう……」


「……食べないの?」


「食べるわけ無いでしょ?! 何を言ってるかわかってるの?!」


「うん、それ饅頭だよね?」


 美影は椅子から勢いよく立ち上がり僕に怒鳴ってくる。饅頭って鑑賞するものじゃなくて味わうものだよね?


「食べちゃったら無くなっちゃうじゃん!」


「でも食べなかったら腐っちゃうよ?」


「……そうだった」


 どうやら今の美影はIQ50くらいになっているようだ。


「饅頭と共に死ねば私と饅頭は永遠に一緒になれるんじゃ……私天才かな?」


 訂正。どうやら50ではなく−50だったようだ。


「折角八尺様が買ってきてくれたんでしょ? なら食べた方が良いと思うよ?」


「で、でも……」


「腐らせちゃったら作ってくれた人達も悲しませちゃうかもしれないし」


「……確かに、そうだね……」


 しゅんとしてしまった美影を見て心が少し痛むがしょうがないと割り切る。


「……夕樹も食べる?」


「え? 僕は大丈夫だよ。美影が貰ったんだから美影が食べないと」


「あげる……夕樹が好きになったら買ってきてくれるかもしれないし……」


 聞いてみるとどうやら美影は霊力を使ってもこの街から外には出れないようだ。まあ意外とこの街は広いから困りはしないと思うが残念ながらこの饅頭は県外の店だ。


「その店はネットでも売ってるからいつか持ってくるよ」


「ほんと?!」


「ッ! ……も、勿論本当だよ」


 突然距離を縮めてきた美影にびっくりするがすぐに返事をする。僕の返答を聞いた美影は「はあああ……また君に会えるんだね……」と饅頭に語りかけた。どれだけ好きなんだ?(2回目)


「じゃあ食べよ! はい、こっちが夕樹のね!」


 美影は饅頭を半分にちぎり、僕に渡してきた。


「僕のより美影の饅頭の方が少し小さくない? 良いの?」


「うん。夕樹だから特別」


「……そっか。ならありがたく頂くとしようかな」


 他の人には冷たい美影だけれど、やっぱり優しい所もあるのだな、と心の中で思い僕は嬉しくなった。


『頂きます』


 僕と美影は同時に饅頭を食べる。


「あ、凄く美味しい。こんなに美味しい饅頭は今まで食べた事無いかも」


「でしょ?! この饅頭は美味しいんだから!」


「あはは、なんで美影がドヤ顔してるの」


 胸を張ってドヤ! と周りに集中線が出てきそうなほどのドヤ顔をしている美影。そんな美影に僕は思わず笑ってしまった。


「というか饅頭って5個入りとかなんじゃないの? なんで1個?」


「美味しかった」


「成程」


 ちゃんと食べてるじゃん、と思ったけれどこれは最後の1個だからか、と納得した。同時に会ったことがない(会いたい訳ではない)八尺様へ心の中でお礼を言いながら食べる。


『ご馳走様でした』


 また挨拶がハモり、僕と美影は笑う。その優しい笑顔を見ると、美影は人を殺すことなどしないとあの噂に苛つきを覚えてしまった。だが、あの噂は本当なのではないかと昨日の出来事から疑っている自分にも苛つく。


 今日は美影の新しい一面が見られたな、と密かに嬉しくなった僕なのであった。

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