第16話 美影《かのじょ》に優しさは?
な、なんでここに美影が?! それに、もしかしてだけど怒ってる?
「夕樹」
「はひっ! な、なんでひょうか?!」
美影は窓の下枠に座りながら僕の名前を呼ぶ。なんか声がいつもより冷たい気がする。いや気のせいだ。そう、気のせい気のせい!
「ここに正座して」
「な、なんで?」
「早くして」
あ〜これ気のせいじゃないやつだ! 霊力の圧が凄い!
正座しなければ殺されるのでは無いかというほどの圧を感じ、背中に嫌な汗をかく。
僕は大人しく美影の少し前まで歩き、その場に正座する。
「あ、あの、どうしてそんなに怒っているのでしょうか……?」
「聞きたい事があるんだけど」
「なんでしょう?!」
怖い! 今はそのあまり変わらない表情が怖いよ!
何が来るんだろう……急に嫌いになったから殺すとか? 奴隷にするとか?
暗い未来だけが易々と思い浮かび、僕の心にも暗雲が立ちこめる。
そして遂に、美影が口を開いた。
「夕樹ってさ、もしかしてモテる?」
「……はい?」
予想もしていなかった美影の言葉が聞こえ、僕は呆気に取られた。
「なんで?」
僕は思わず聞き返してしまい、それに対し美影は気まずそうに目を逸らした。そういえば先程の冷たい目は無くなった気がすると感じで心の中で安堵する。
「今日、夕樹女の子と一緒に居たでしょ?」
「楓ちゃんと憐さんかな?」
「憐。それに楓、ね。……ふ〜ん」
どうやら憐さんじゃなくて楓ちゃんにロックオンしているらしい。本当にどうしたのだろう?
「その子達が私から夕樹を取ろうとしている人間なんだ。なら、戦争だね」
「ちょっと待って?」
自らの手のひらに霊力を集めながら物騒な事を呟く美影を止める。
「大丈夫、私は負けないから。こう見えて私は結構強いって言ったじゃん」
「そう言う心配をしてるんじゃないんだよ僕は」
「私から夕樹を
……もう僕じゃ止められないかも。でもここで止めなきゃ楓ちゃん達が危ないし……やっぱり僕がここで止めるしか無い!
「いや、あの2人は僕の事をなんとも思ってないと思うよ?」
「……本当?」
美影の瞳から殺意が消え、不安が見える。このまま押し切る!
「そうそう。僕だってなんとも思ってないし。ただ心君のお姉さんと妹さんだって事は驚いたけど」
「へえ?」
「あ……」
そこで、僕は自分の失言に気づいた。美影の目にまた殺意が宿っていく。
「心君……氷森心、だよね。ごめん夕樹。やっぱりあいつらは
「待って待って待って待って!」
それから30分後、なんとか美影を宥めた僕は机に突っ伏していた。
あ、危なかった……あのままだったら本当に美影は殺しに行ったかもしれない。
僕はベッドに座って前に興味を示していた小説を読んでいる美影をチラ見する。一見するとただの女の子なのに、美影は僕以外の人間をどうとも思ってないのだなと感じて少し嬉しく、そして寂しくなった。
「ていうかさ」
「どうしたの?」
美影は小説に目を向けたまま反応してくる。
「楓ちゃん達をそんなに目の敵にしなくても良いと思うよ? 多分、というか絶対僕に対して何も思ってないと思うし」
「もう私にとって夕樹は大切な人間なの。絶対にあいつらにはあげない」
「ッ!」
美影の無自覚らしいその言葉に僕の胸はドキドキと早鐘を打ち始めた。顔が熱くなってしまい、美影の反対方向に顔を向け、見られないようにする。
「どうしたの、夕樹? そっちに何かあるの?」
「いや、えーと……」
素直に「美影の言葉に嬉しくなって顔が赤くなったのを見せたくありません」なんて言えないので僕は言い淀む。だがそんな僕にありがたい助け舟が来た。
「夕樹〜! ご飯出来たから降りて来て〜!」
「あ、南さんが呼んでる! またね美影!」
「うん? ……了解。私も帰るね。また明日」
僕が焦って下に行こうとしている理由がわからないのか、美影は首を傾げた。だがすぐに立ち上がり、何かを呟いた瞬間にスッと消えた。僕は深呼吸をし、暴れる心臓を落ち着かせながら下に降りるのだった。
※※
私、美影は幽成高校の旧校舎への道をゆっくりと歩いていた。
今日、幽成高校旧校舎の図書室の窓から外を見ていると、氷森心の隣を歩いている夕樹が見えた。
怪しいと思いついていってみると、氷森心と別れたあと、次は私くらいの小さい女の子と会い、手を繋いで歩き始めたではないか。
その時、私の心には色々な負の感情が渦巻いた。その中で1番大きかったのは、嫉妬だったと思う。
今まで無意識に手を繋いだりした事はある。だがどちらかが手を繋ぎたいと言って繋いだ事は無いはず。
その考えに至った瞬間、あの子への嫉妬、そして知らぬ間に私の中で夕樹はとても大きな存在になっていたのだと気づいた。
先程夕樹がそっぽを向いた時、多分私の顔は赤くなっていたと思う。私の顔と反対の方を向いてくれて安心したのは内緒だ。
ふと右にある公園を見て、立ち止まる。暗い公園で1人の女の子のすすり泣く声が聞こえた。多分想い人に振られたとかだろう。
私はそれを無視してまた歩き出す。夕樹以外の人間に興味なんて無い。そこら辺の、例えば幽成高校の生徒が死んだり、たとえ私が殺したとしても何も思わないだろうと断言出来る。
私に人の心なんて無い。私は幽霊であり、人さえも殺す都市伝説、花子さんなのだから。今の私にこの本質に逆らうほどの
私には夕樹さえ居ればいい。他の人間なんていらな——
『美影、折り紙しよ? 桜作って〜』
その時、不意に頭の中に懐かしい声が響いた。昔の記憶が蘇り、思わず私の頬が緩む。
そういえば、夕樹だけじゃなかったかも。
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