第14話 友達と小さい女の子
「あとはこの棚だけか」
今日は水曜日。僕、夢乃夕樹はみんなが部活や帰宅している放課後に体育倉庫の掃除をしていた。
理由は簡単。僕が今日学校を遅刻してきたからだ。原因はアラームを設定していなかったという完全に自業自得な悲しい現実を受け入れて体育倉庫の掃除をしている。
「やあ、こんにちは、夕樹君」
「え?」
突然横から名前を呼ばれ、僕は情けない声を出して視線をそちらに向けた。すると、そこには黒い髪をオールバックにしたクラスメイトが立っていた。制服の右ポケットには何かが書かれた紙のようなものが入っている。
「心、君?」
「そうそう。名前を覚えてくれてて嬉しいよ」
にこっと爽やかな笑みを向けてくる心君に僕は少したじろぐ。ま、眩し過ぎて目が焼ける……。
「え〜と、ここに何か用があるのですか?」
「ううん、無いよ。ただ君がここの掃除をしているって聞いたからさ」
「え?」
ますますわからない。それだとまるで僕を目的にしてここに来たみたいじゃないか。
「あとどれくらいで終わるの?」
「この棚で終わりですけど……」
「じゃあ俺も手伝うから早く終わらせちゃお」
心君は腕まくりをした後に最後の棚の整理を始めた。僕も手を動かしながら心君へ疑問を投げかける。
「なんで手伝ってくれるんですか?」
「うん? 君とどこかにご飯を食べにいく為だけど?」
「え?」
「あ、時間大丈夫? ごめんね急に誘うような形になっちゃって」
「え?」
※※
「ここの味噌ラーメンはめっちゃ美味いから困ったらそれ頼んでみて。お金は俺が払うから心配しなくて大丈夫」
「い、いや、そう言うわけには……」
あの後、無事に体育倉庫の掃除が終わり、僕と心君は彼の行きつけだというラーメン店に来ていた。僕は心君の考えていることがわからずに困惑したままだ。正直、緊張であまり食欲が無い。
互いに注文を終え、沈黙が流れる。僕は好気だと思い心君への質問を頭の中で考えた後、口を開く。
「ねえ、心君」
「ん?」
「なんで心君はそんなに僕に構うの?」
僕はこれが1番気になっていた。僕は本来心君みたいな明るくてテンションが高く、友達も多い人と関われるような人じゃない。それに、僕は心君とそんなに仲が良くない。
「理由は2つ……いや、1つだけ。気になったんだ、君のことが」
「気になった?」
心君は「うん、そう」と呟きながら背もたれに体を預ける。
「夕樹君さ、人をよく見てるよね。困っている人がいたらすぐ手を貸しに行くし、この前は当番、というかその委員でも無いのに花壇に水をやったりしてたし」
「…………」
そう理由を言っている心君に僕は目を見開いたまま何も反応出来なかった。まさか花壇に水をあげているところを見られてたなんて。
「まあ花壇のは偶然見ただけなんだけどね。でもそんな君と友達になりたいな〜って思ったから」
「……そう、だったんだ」
そう優しくも少し寂しげな表情で語る心君は、本気で今のことを言っているのだろうと僕は思った。
「心君は、よく人を見ているんだね」
「夕樹君には言われたく無いかなぁ」
あははと笑いながらそう言う心君を見て、僕も自然に頬が緩んだ。
「お待たせしました。味噌ラーメン2つです」
「お、来た来た!」
ラーメンが来た途端に心君の顔から先程の大人っぽい表情は消え去り、新しい玩具を与えられた子供のように目を輝かせた。
「ささ、食べよ食べよ。いただきます!」
「いただきます」
僕の中にあった緊張はいつの間にか消えていた。
※※
「今日は付き合ってくれてありがとう。また学校でね」
「ううん、全然大丈夫だよ。また」
心君が僕に背を向けて歩き出したのを確認し、僕も歩き出す。
家への道を歩いている途中、僕は心君の事を考えていた。
あの後も心君と少し話したが美影が言っていたような怪しさは話している限りは無かった気がする。やっぱり美影の心配しすぎだったのだろうか? 心君ではなく八尺様達の方が凄く怪しいと僕は思う。
歩きながら思案してみるが結論は出ない。まあ今は判断するだけの材料も足りないしと1人納得することにした。
「今日、楽しかったな」
誰もいない夕方の道で独り言を言う。高校に入り、初めて出来た同級生で話せる人。僕には一生機会が無いと思っていた同級生との放課後の外食。それが叶ったと思うと凄く胸がじーんとして涙が出てきそうだ。
「あ、あの……」
「ん?」
公園を横切ろうとしたその時、後ろから声をかけられた。
振り返ると、黒髪ショートの可愛らしい女の子が僕を見上げていた。僕はしゃがんでその子と目線を同じくらいの高さにする。
「どうしたの? 迷子?」
僕の問いかけにその子はコクンと頷いた。
「家までの道がわからなくなっちゃったのかな? 名前は言える?」
「かえで……」
「楓ちゃんか。良い名前だね。じゃあ、お兄さんが一緒に家を探してあげる」
「ありがとう、おにいちゃん」
僕は不安そうな楓ちゃんの手を握る。その手はとても温かく、確かなぬくもりがあった。
「この手、離しちゃだめだよ」
「うん……」
今日は帰るの遅れちゃうなぁと考えながら僕達は歩き出すのだった。
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