第13話 帰り道のウツギ

「夕樹、帰らなくて良いの?」


 時計を見ながら僕は立ち上がる。時刻は19時30分を少し過ぎていた。今は5月の中旬くらいなので外は既に真っ暗だ。


「もうこんな時間なんだ。まあこれ以上考えても答えは出なさそうだし、帰ろうかな」


「送っていく」


 と、僕が立ち上がるのと同じくらいのタイミングで美影も席を立った。今までこんな事は無かったので僕は首を傾げる。


「珍しいね。もしかして八尺様とかが近くにいるとか? そうじゃないなら僕は男だから大丈夫だと思うけど……」


「そこは心配してない。はっちゃん達には夕樹に手を出したら駄目って言ってあるから。それよりも……ほら、あの、名前なんだっけ?」


「氷森心君?」


「そうそう。あいつがいつどこで夕樹を狙っているかわからないから」


 心配しすぎだと思ったが美影は既に決めているようで、「早く行くよ」と僕を急かしてくる。


 2人並んで図書室を出て階段を降りていく。思えば美影とこの階段を降りるのも初めてかもしれない。


「久しぶりに校舎の外に出たかも。あそこに咲いている花、凄く綺麗」


 校門を出て少し歩いたところで美影は立ち止まり、少し離れた所にある花壇に咲いている花を見ながらそう呟いた。


「ああ、ウツギだね」


「ウツギ?」


 美影は僕に視線を向けながら不思議そうに花の名前を反芻する。美影が首を動かすのと同時にツインテールにしている髪が揺れ、僕の顔の前を通る。……やっぱり良いにお——


 脳裏に浮かんだ邪な考えを消し去る為に首を振る。


「どうしたの?」


 急に勢いよく首を振った僕を心配したのか、美影がそう言ってきた。僕はなんとか誤魔化すためにウツギの話を掘り返す事にした。


「ううん、なんでも無いよ。そう、ウツギ。綺麗だよね。あの花壇を管理しているのはあそこの家に住んでいるおじいちゃんなんだけどさ、花が好きみたいで季節ごとに色々な花が見れるんだ」


 小学生低学年の頃はよく花を見て楽しんだものである。まあそれ以降はあまり見れなくなってしまったのだが。


「ふーん。なんかあそこまでいっぱい咲いていると……」


 美影は僕から花壇の隅々まで咲いているウツギに視線を戻す。心なしか少し視線が鋭い気がする。そんなにウツギを凝視しなくても……


「咲いていると、何かあるの?」


「……凄く綺麗だね」


「あそこまで見てたのに感想変わってないじゃん」


 先程と同じ感想を言っている美影に思わず笑ってしまう。笑っている僕を見て美影は口をすぼめながら「笑わないで」と抗議する。


「ごめんごめん。悪気は無いから許して」


「ふーん。そうなんだ」


 胸の前で手を合わせて謝罪するが美影はぷいっとそっぽを向いてしまった。


 不機嫌になってしまった美影に何度も謝り、なんとか許しを貰えて安堵していると、もう家のすぐそこまで来ていた。


「ここら辺で良いよ、美影。ありがとう」


「うん、わかった。また明日ね」


「美影も気をつけて帰るんだよ? また明日」


「私、夕樹が思っているよりも強いと思うよ?」


 美影はクスクスと笑いながら僕に手を振ったあと、ふっと消えた。まあ美影は幽霊だからと僕は結論を付けて家に入る。


 リビングに顔を出すと、台所で料理をしていた南さんが顔を上げ、僕を見た。


「おかえりなさい、夕樹」


「うん、ただいま、南さん」


 僕は階段を上がり、自分の部屋に入る。制服から私服へ着替えたりした後、ベッドに寝転がる。


 なんで心君は旧校舎の、それも図書室に来たのだろう? なんとか見つからなかったから良かったけど……


 過去に想いを馳せていると図書室の受付で美影と密着してしまった事を思い出し、頭をブンブンと振る。


「明日、心君と話してみようかな」


 そう呟いたのと丁度くらいのタイミングで南さんから夕食が出来たという声が下から聞こえてきた。


 僕は明日心君と話をしようと覚悟を決めながら下へと降りる為部屋を出るのだった。


※※


「外れたか〜」


 図書室にいると思ったのだが……どうやら俺の勘違いだったらしい。


『話し声とかは聞こえたの?』


 右の耳のイヤホンから聞こえてきた姉さんの質問に答える。


「というより霊力を感じた気がしたんだよね。まあ違ったみたいだけど」


『ちゃんと隅々まで探したの?』


「いや、入り口から少し見ただけって感じ」


 右耳に『はぁ〜』というかなり大きめのため息が聞こえてくる。


『それじゃあわからないでしょ。どこかに隠れてたかもしれないじゃん。例えば……受付の中とか!』


「……もうちょっとちゃんと探せば良かったかも」


『傭兵ならしっかりしろ、ス0ーク』


「誰が蛇やねん」


 だが、姉さんの言った可能性も無いとは言い切れない。次は注意して調べることにしよう。


『さ、早くパトロールを終わらせるのだ、我が弟よ。姉は今凄く眠い』


「姉さんはただ寝転がりながらパソコン開いてるだけでしょ」


 『あはは〜』と笑って流そうとしてきた姉さんに思わず額に手を当てた俺であった。

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