第12話 人間であり、人間じゃない?
「そんな……」
「夕樹、弱すぎ」
この図書室でゆきさんと話をした翌日の火曜日。僕は美影とトランプのスピードで遊んでいたのだが……
「これで11勝0敗。もう私の完全勝利で文句無いよね?」
「まだだ……まだ……!」
「ここまで負けてよく再戦を申し込めるよね」
美影の言う通り、僕は今日1度も美影に勝てていない。今でも少しアプリでやっていたからスピードには自信があったのにここまで負ければ流石に実力差があることくらいわかる。でも、僕は引けない。
「男には逃げれない時がある……!」
「ただの負けず嫌いでしょ?」
「かはっ!」
美影のツッコミという名の鋭いナイフを刺されて僕は胸を抑えて机に突っ伏す。
「諦めて負けを認めた方が良いと思う。夕樹じゃ私には勝てないよ」
「くっ……」
左の肘を机につき、悪戯な笑みを浮かべながら僕の頭をツンツンする美影を恨めしい目で見る。今日はツインテール(そんな気分らしい)なので更に僕のムカつきが増す。偏見だけどメスガキってツインテールのイメージがあるんだよね。いや、ツインテールが嫌いってわけじゃなくてね?
「もう1回! 次は勝つ!」
「それはもう何回も聞いた」
「さっきまでのはウォーミングアップだった!」
「それは3回目と8回目」
「美影が負けると泣いちゃうと思って手加減をしてたからさ!」
「それは7回目と10回目」
僕、どれだけ言い訳してるんだ? めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど。あと美影記憶力良いね。
もう潔く負けを認めた方が良いのかもしれないなんて考えていると、不意に美影がガタンという音と共に立った。その視線は鋭く、まるで何かを警戒するように図書室の扉の方を見た。
「夕樹、ちょっとこっちに来て」
「え、なんで?」
「良いから」
「うわっ! ちょ、え?」
美影に手を引かれて受付の中へ入り、身を隠す。ここの受付は結構小さいので美影とかなり密着する形になる。
「ど、どう言う事?」
「静かに。誰か来る」
「ん?!」
美影は僕の頭を自らの胸に押し当て、僕は口が開けなくなる。柔らかい感触が顔に伝わり、良い匂いが鼻孔をくすぐった。その感覚を脳が処理するのと同時に心臓の鼓動がどんどんと速くなっていくのがわかる。
「こんなところに来るなんて珍しい人間が居るね……」
他人に見られたら勘違いされそうな危ないこの状況に気づいていない美影はそんな事を呟いていた。その言葉は僕にも響くのでやめて欲しい。
そして少しの間受付場所の中に身を隠していると、誰かが図書室の扉を開けた。
「……ここでは無いか」
「!」
この声……なんでここに? 今日は友達と遊びに行くとクラスメイトと話していたはずなのに。
僕の疑問に答えるわけもなく、その来訪者は扉を閉じてどこかへ歩いて行った。方向からして多分階段だろう。
「行った、みたいだね」
「あの、もうそろそろ離してもらえると嬉しいのですが」
「え? あ、ごめん」
美影の胸に顔をうずめたままだったので実際はもごもごとしていたはずだが、美影には届いたらしい。
美影の胸から離れられた僕はなんとか五月蝿い心臓の鼓動を落ち着かせようと深呼吸をする。
「夕樹、大丈夫? ごめんね。苦しかったよね」
「大丈夫だよ。気にしないで」
顔を覗き込もうとしてくる美影と視線を合わせないように僕は離れる。今、絶対に顔が赤くなっているので見られたくない。
「もしかして夕樹……照れてる?」
「そんっ! ……なわけないじゃん」
「……へえ」
美影は音もなく僕に近づいて、その小さい手で頭を撫でてきた。
「ど、どうしたの?」
「いや、可愛いなぁと思って」
「……嬉しくない」
「褒めてるのに」
僕の静かな抵抗も美影には効いている様子は無く、ニヤニヤとしながら僕の頭を撫でてくる。
「あ、そう言えば夕樹。さっきの人間を知ってるの? 声が聞こえた時反応してたよね?」
僕の頭を撫でながら美影はそう聞いてくる。その様子に既視感を覚えながら僕は返答する。
「多分だけど、あの人は僕のクラスメイトだと思う。少し話したくらいだけど、氷森心君で間違いないと思う」
あの声は心君だと思うけど……なんでこんな所に? 旧校舎に用事があるなんて珍しい事があったのかな?
「なんかあの人、嫌な感じがした」
「嫌な感じ?」
美影の抽象的な言葉に僕は首を傾げる。僕は感じなかったけれど美影にはそんな感覚がしたらしい。
「なんと言うか……普通の人間じゃないような……そんな感覚」
「心君は人間じゃなくて美影達と同じ幽霊ってこと?」
「それは違う。あの人間は多分ちゃんと人間。でも、なんか普通の人間とは違う感覚がした」
「う〜ん」
美影の説明を聞いてもよくわからず、唸ってしまう。心君は人間だけれど、人間じゃない……?
その後はまたトランプに戻るわけでもなく、2人で先程の事を考えていた。
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