第6話 ささやかな褒美
「さて、今日は早く行かなきゃ」
放課後、僕は旧校舎へ行く為席を立つ。荷物を詰めた鞄を肩にかけ、教室の扉を開けて廊下を歩く。
「夕樹君、もう帰るの?」
家族以外の誰かに名前を呼ばれるのは慣れていないので僕は驚きで目を見開いてしまった。後ろから声をかけられたので振り向くと、そこには昨日僕に話しかけて来た心君の姿があった。
「ま、まあ、そんな感じ」
旧校舎に行く人なんてもうあまり居ないため、正直に話すと目立ってしまうかもと考えた僕は嘘をつく。
「……そっか」
意味深な間の後、そう返事をした心君を見て僕は内心嘘だとバレるのではと気が気じゃなかった。
「なら気をつけて帰りなよ! 俺はまだ帰れないからさ〜」
「あ、う、うん。じゃあね」
心君は「じゃあね〜」と手を振りながら教室へ戻って行った。
僕は旧校舎への道を歩きながら心君について考える。
昨日と言い今日と言い、心君の目的が見当もつかない。心君に限って僕と友達になりたいと言う理由は無いだろうし……
うんうんと唸っている間に図書室の前に着いた僕は取っ手に手をかけ、扉を開け——
「……ん?」
ようとして、違和感に気づいた。扉が少し開いている。上を見てみると黒板消しが扉に挟まっていた。……これはまた、ありきたりな……
僕はまた取っ手に手をかけ、扉を開ける。そして開けたと同時に素早く後ろへ下がる。
「あっ」
中から誰かの声がしたのと同時に扉に挟まっていた黒板消しが床に落ちた。ぼふっと言う音がした後に黒板消しが落ちた辺りにチョークが霧散する。
「……気づかれた」
少ししょんぼりしているような美影の声を聞こえてきたので僕は苦笑する。そして窓際にいる美影の近くに行く為歩きだす。
「ここまでわかりやすかったら流石に気づく——いたっ!」
だが次の瞬間、僕の頭に衝撃が走った。そしてすぐにカツンと言う何かが落ちた音がする。
僕はその音がした所を見ると、先程の黒板消しとは違う黒板消しが落ちていた。
「え? え? どう言うこと?」
扉の黒板消しは避けたのに……もしかして、天井に貼り付けてた? いや、それだと任意で落とすのは難しいはず。それに入り口には黒板消しを挟めたり出来る所はない。なら、どうやって……
「ふふふふ。ここまでわかりやすい、か。ちょっとわかりやすすぎたかな?」
僕がその謎について考えていると、美影が悪戯な、そして意味深に笑う声が聞こえた。くっ……なんか悔しい。考えろ、考えろ僕……
天井貼り付けは無理。挟んだりもしていないだろう。それに、落ちた時に美影はどこも動いていなかった。それなら糸を引いて落としたみたいな線もなくなる。なら浮かばせるくらいしか……いや、そんなの不可能——
「ん?」
そこで僕はある1つの可能性に気づいた。挟めんだり隠したりする所は入り口には無い。浮かばせようにも普通は物理的に不可能。でも、それは美影が普通なら、だ。
「もしかして、霊力って物を浮かばせたり出来る?」
「お〜、凄いね。正解だよ。やっぱり夕樹って見かけによらず鋭いみたい。絶対にわからないと思ったのに」
パチパチと拍手をしながら感嘆の声を漏らす美影に今度は僕がジト目を向ける。
「騙されたよ。まさか最初の罠以外にもう1つあるなんて」
「ふふん、でしょ?」
あまり無い胸を張り、ドヤ顔をする美影。何か言い返したいけど引っかかった僕にそんな事を言う権利は無い。
「そして、トリックを当てられた夕樹には賞品が与えられます」
「え、そんなのあるの?」
「うん、こっち来て」
チョイチョイと手招きする美影に従い、歩き出す。もう天井に黒板消しは無さそうだ。
僕が歩き始めてから数秒で美影の隣に着いた。
「それで、何をくれるの?」
「賞品はこれです」
「えっ?」
美影は背伸びをし、僕の頭を優しく撫でてきた。突然頭を撫でられ、僕は情けない声を出す。
「あの、美影さん。恥ずかしいのですが……」
「まあ良いじゃん。こんなに可愛い幽霊に頭を撫でられるなんてご褒美でしょ?」
「可愛いって自分で言うんだ」
そう返す僕も否定はできない。だって実際に可愛いのだから。
「どう?」
「どうと言われても……」
正直、心臓が五月蝿い。これ聞こえてる? 聞こえてないよね?
「それにしても、ちゃんと引っかかってくれて良かったよ。夕樹は鋭いからさ」
「いや、普通の人間には避けられないよ。余程反射神経が良くなければ無理だね」
「ふふん!」
まさか霊力がこんなに便利な物だなんて。僕も霊力欲しい。いや、幽霊になりたいってわけじゃ無いんだけどね?
「ちなみに霊力ってそこまで便利な物じゃないよ」
「え、そうなの?」
多分トイレの花子さんは地縛霊だ。なのに霊力を使えば別の場所へ移動出来るようになる。更に物を浮かせられるし、多分他にも色々な事が出来るだろう。
「1日に使える霊力には限りがあるからね。それにさっきは物を浮かせてたけどあれも短時間しか無理だし」
「そんな制約があるんだ」
「うん、他にも結構あるよ」
「……それよりさ。いつ頭を撫でるのは終わるの?」
さっきからずっと撫でられている。人が居ないとしても流石に恥ずかしさで限界だ。
「う〜ん……夕樹の頭撫でるの好きになったからもう少し」
「それもう僕へのご褒美じゃなくて美影へのご褒美に変わってるじゃん」
なんて文句を言う僕は楽しそうに僕の頭を撫でている美影の顔を見ると何も言えなくなってしまい、僕は美影に弱いのかななんて考えるのだった。
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