第4話 階段の花子さん
次の日の昼休み。僕はいつも通り3階の踊り場へ行く為、席を立った。今から僕が行こうとしている3階の踊り場は人通りが少なく、ぼっちが昼食を摂るのには最適と言えると思う場所だ。
「さて、早くしないと昼休みが終わっちゃう」
そう独りごちて教室の出入り口へと歩いていくが、どこかから視線を感じて立ち止まる。
辺りを見渡してみるがクラスメイトが僕を見たような様子はない。先生は居ないので僕は気のせいと納得し、歩みを進めた。
3階の踊り場に着き、僕は袋から弁当箱取り出す。何故か毎日箸が2膳あるけどこれは
弁当の中には唐揚げや卵焼き、添え物などの弁当では定番である料理が詰められている。どれもこれも美味しそうだ。
「南さんには感謝しなきゃ。頂きます」
僕は大好物の唐揚げを箸で摘む。その唐揚げを口に運ぼうとして——
「南さんって誰?」
「うひゃあ!」
左耳に囁くように声をかけられ、僕はびっくりして弁当を落としそうになる。だが僕の反射神経は捨てたものではなかったらしい。ギリギリでキャッチ出来た。
「あ、危なかった……」
「ごめん。まさかそんなに驚くなんて思わなくて」
なんか昨日もこんな事あったような気がするな、なんて考えながら僕は左を向く。
やはりと言うべきか、僕の左には美影が居た。
「そう言えば昨日トイレから離れられるって言ってたね」
「そう。少しこの学校を探検してたら夕樹を見つけたからさ。声をかけたってわけ」
「成程」
明日からは昼休みや休み時間も意識しておいた方が良いかもしれない。びっくりさせられて弁当を落とすのは勘弁したいし。
「それで、南さんって誰なの?」
「僕のお母さんの名前だよ。ちなみにお父さんは
「へえ、そうなんだ。でもなんで名前で呼んでるの? 人間は普通両親の事をお父さん、お母さんって呼ぶと思うけど」
美影の疑問の声に僕はどう答えるか悩む。だが今は本心を言う必要は無いと言う結論に至り、笑顔を造る。
「……僕が南さんと文雄さんっていう名前を気に入ってるだけ。深い理由とかは無いよ」
「ふ〜ん……」
美影は少しの間僕を見つめる。が、すぐに視線は僕の弁当へと移った。
「まあいっか。それよりそのお弁当、美味しそうだね。夕樹が作ってるの?」
「ううん、違うよ。これは南さんが作ってくれた弁当」
美影はまた癖だと思われる「ふ〜ん」を言った後、僕のお弁当をじっと見てくる。
「えっと、少し食べる?」
「いいの?」
「うん。このお弁当少し多いくてさ。僕あまり食べれないから食べてくれると嬉しいな」
僕のその言葉に美影は目を輝かせた。その姿はまるで目の前にお菓子がある時の小学生のようだ。
「どれが欲しい?」
「う〜ん……じゃあ卵焼き」
「わかった」
まさか何故かあるこの2膳目の箸が役に立つなんて思わなかった。
僕は箸と弁当箱を美影に渡そうとする。だが、美影は僕に向けて雛鳥のように口を開けていた。
「……何をしているの?」
「え? 食べさせてくれるんじゃないの?」
……この子は一体何を言っているんだろう。それはつまり「あ〜ん」をする事だというのを理解しているのだろうか。
「はひゃく〜」
「いや、でもさ。あ〜んはちょっと僕にはハードルが高いかな〜って……」
「いひかははひゃく〜」
僕の心臓の鼓動が速くなる。そりゃそうだ。僕は今までこんな経験なんてない。友達も彼女も居ないから当然と言えるけど。
「本当にやるよ?」
「はやく〜」
僕はもう1つの割り箸を真ん中で割り、卵焼きを箸で摘む。そして美影の口へ持っていく。
「あ、あ〜ん……」
「はむっ。……んむんむ、美味しい。甘めな味付けなんだね」
恥ずかしくて顔が赤くなっているであろう僕とは違い、美影は卵焼きを咀嚼しながら冷静に感想を述べている。
「夕樹、顔が赤いけど大丈夫?」
「お願いだから気にしないで」
コテンと首を傾げている美影の視線から逃げるように僕は顔を背ける。
「……ふふ」
だが、美影の笑う声がして、また視線を戻した。どうして急に笑ったんだ、と思い少し思案する。そして——
「まさか、この一連の流れを狙ったの?」
「本当に鋭いんだね、夕樹。正解」
クスクスと笑う美影にシド目を向けるが美影が気にしている様子は無い。
「やっぱり夕樹は初心なんだね。からかい甲斐があるよ」
「……五月蝿い」
なんとか絞り出した言葉はやはり美影には届いていないようで、まだ美影は笑っていた。
「……と言うか、幽霊とかって食事出来るんだね」
「あ、誤魔化した」
「誤魔化してない」
「ふ〜ん。まあそう言うことにしておく」
僕、美影には一生勝てないような気がする。僕はどうしてからかい甲斐があるんだ……そんなの要らないよ……
「食事は出来るよ。まあしなくても良いけど私は食べるのが好きだから」
幽霊が何かを食べれたりするというのは初めて知った。本とかアニメではそんな描写はなかったから驚きだ。
「と言うか、早く食べた方が良いと思うよ?」
「……美影が言うことじゃないね」
僕のツッコミに、美影は「確かに」と言って笑った。
その綺麗な笑顔を横目に、僕は次の授業に備える為弁当をかきこむのだった。
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