第3話 よくわからないノイズ

 次の日の放課後、僕はまた旧校舎の3階女子トイレの前に来ていた。


「やっぱり、勇気を出さなきゃだよね……」


「私、ここに居るけど」


「うえぇ?!」


 声をかけられると思っていなかったからか、変な声が出てしまった。


「約束してないのにまた来てくれたんだね。暇だったから嬉しいよ」


「ま、まあ……トイレの花子さんと話せる機会なんて滅多にないと思いますし」


「敬語」


「……思うし」


「確かに、まあそうだね。普通ならあり得ない」


「うん?」


 美影の言葉に少し違和感を感じ、僕は首を傾げる。


 だが、僕の疑問を他所に美影は歩き出した。


「今日も図書室に行こう。あそこ好きなんだよね」


「わかりました」


「敬語」


「わかった」


「よろしい」


 嬉しそうに笑って、美影は歩き出した。僕は美影についていく。


 少し歩くと、目的地である図書室についた。美影は目の前の扉を開ける。


 中へ入ると、本と木の優しい香りがした。旧校舎とは思えないほど本棚には本が並んでいる。だが、掃除はされていない為か床には埃や本が落ちていた。


「夕樹は本でも見てて。私はお茶を用意するから」


「お茶なんてあるの?」


「うん、あるよ。ちょっと待ってて」


 そう言って美影は受付であったと思われる端にある場所へ歩いて行く。僕は本棚へ近づき、少し題名を見てみる。


「そう言えば……」


 美影の歩いて行った方向には本が散乱していた事を思い出した。美影はしっかりしてそうだけど一応の為美影へ言っておこうかな。


「そっちは少し本が落ちてるから足元に気をつけて——」


「わひゃあ!」


 僕が言い終わる前に美影の歩いて行った方からどしゃあと言う凄い音がした。


『————』


 その音を聞いた瞬間、僕の頭に何かがフラッシュバックした。ノイズ混じりのその記憶に心臓が跳ね、全身から嫌な汗が出てくる。呼吸が浅くなるのを感じた僕は踵を返して一目散に美影の元へ駆け寄る。


「いたた……」


「大丈夫?! 怪我してない?!」


「え? ああ、うん、大丈夫」


 僕が貸した右手を取り、美影が起き上がる。怪我がないのと美影の返答に、僕は自分でも驚くほど安堵した。


「……良かったぁ」


 さっきのような身体の異常は消え、呼吸が落ち着いてくる。


「ねえ、夕樹」


「ん? どうしたの——えッ?!」


「なんか様子が変。大丈夫?」


 美影の両手が僕の頬を包み込み、僕の落ち着いて来たはずの心臓がまた高鳴る。冷たい感覚が僕の頬から伝わり、驚いて反射的に飛び退いてしまう。


「夕樹、顔が赤くなってる。初心なんだね」


 美影は悪戯な笑みを浮かべ、クスクスと笑った。

「……からかわないで」


「ごめんごめん」


 僕は気恥ずかしくなり、美影から顔を背けてしまう。そんな僕を見て美影は更におかしそうに笑った。


 美影はひとしきり笑った後、図書室の壁と本を置く為の壁に付いている腰ほどまでの扉を開け受付をする所へ入って行った。僕は美影がお茶を淹れてくれている間、本棚に並んでいる本を見る。


 数十秒ほど経つと、カップが2つ乗ったお盆を持ち、僕の方へ歩いて来た。


「お待たせ」


「あ、ごめんね。ありがとう」


「私がしたかったから大丈夫。さ、座って」


 僕は近くの椅子に座り、美影から紅茶の良い香りがするカップを受け取る。美影は僕の対面の席に座ると紅茶を少し啜った。


「この紅茶美味しいね」


「でしょ? 私のお気に入り。最近はずっとこれを飲んでる」


「今日は何を話すの?」


「う〜ん……君の学校生活とか?」


「……その話題は多分面白くないよ?」


 僕は友達が居ないため、休み時間などはぼっちだ。だから話題だって少ないし、思い出だってあまり無い。


「君が話したくないなら別の話題を考えるけど」


「いや、僕は良いけど……本当に良いの?」


「うん。だって君が普段どんなことをしてるとか気になるし」


「……それなら、まあ」


 そして、僕は美影に学校の事を話した。美影は時々相槌を打ってくれたりして、僕が話しやすくしてくれた。


 そして僕がある程度を話し終わると、美影はうんうんと頷いた。


「やっぱり見るのと聞くのとじゃ違う所もあるね」


「見るのとって……そう言えば美影さ——」


「夕樹?」


「……美影はトイレの花子さんなんでしょ? なのにトイレから離れられるの?」


 やっぱりまだ敬語を外すのは慣れない。家でも敬語だから外せと言われてもすぐに外すのは難しいんだよなぁ。


「うん、離れられるよ。私は霊力が強いからね」


 僕は俯き、顎に手を当てて美影の言葉を推測する。


「成程……霊力って言うのは多分どれくらい人に知られているか、みたいな感じ? 有名であればあるほど力や権力が強くなる、って感じかな」


 僕のその言葉に返答は無かった。不思議に思って顔を上げると、美影は口を小さく開け、ポカンとしていた。


「えっと、どうしたの?」


「いや、えっと。君、意外と鋭いんだなって。びっくりしたよ」


「美影の僕に対する印象はどんな感じなの?」


「う〜ん……影が薄いとか? あと弱気?」


「かはっ!」


 美影の言葉という名のナイフが僕に突き刺さり、椅子から崩れ落ちた。


 そんな僕を見て、美影は本当に楽しそうに笑った。その笑顔はあの噂とは真反対で、とても可愛くて、魅力的だった。

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