第2話 衝撃の事実

「はぁ……」


 思わずため息が零れる。天気が雨なのも更に僕の落ち込んだ気分を加速させる。


 昨日、都市伝説であるトイレの花子さんと出会い、なんとか殺されずに済んだのだがまさかの「明日も来て?」と言われてしまった。


 正直、行きたくない。僕は幽霊とか都市伝説などのホラー系が苦手なんだ。みんな呪うとか殺すとか連れ去るとか物騒な事をするから。


 旧校舎3階の女子トイレに着き、扉に手をかける。……が、そこで僕は思った。


「あれ、これ僕入ったらアウトじゃない……?」


 僕は立派な男子高校生。いくら人が来ない旧校舎だからと言って女子トイレに入って良い理由にはならないだろう。


「ど、どうしよう」


 入ったところを誰かに見られたとしたら社会的に死ぬ。だが花子さんとの約束をすっぽかしたら物理的に死ぬ。


 僕は扉の前でしどろもどろとする。が、今度は昨日とは違い足と共に手も勝手に動き出した。


 僕の右手は扉の取っ手に手をかけ、開ける。そして足は入口から3番目の個室の前で止まる。これは、儀式をしろって事だよね……?


 僕はゴクっと唾を飲み込み、深呼吸をする。そして扉を3回ノックした後、こう唱えた。


「花子さん、こんにちは」


 瞬間、辺りの空気が冷たくなったのを感じ、体から嫌な汗が出てくる。体が強張り、動こうにも動けない。


「良かった。ちゃんと来てくれたんだね」


 僕がなんとか首を捻り、右を見る。そこには昨日と同じ格好をした花子さんが立っていた。


「うわっ!」


「……そんなに驚く? 私、結構傷つくんだけど」


 花子さんは眉尻を下げ、しょんぼりとした。僕は両手を振って急いで弁解する。


「ご、ごめんなさい! あの、急に隣に居たからびっくりしちゃって……」


 僕の弁解を聞いた花子さんはクスッと笑った。その噂の花子さんとは似ても似つかない優しい笑みにドキッとする。


「大丈夫、わかってるよ。幽霊の私に謝るなんて、君は優しいんだね」


「そんな事は……」


 花子さんの真っ直ぐな言葉に、僕は気恥ずかしくなってしまい顔を背ける。


「と、と言うか、なんで僕にまたここに来てって言ったのですか?」


「ん? それは昨日言ったじゃん。君に興味があるって」


「僕に興味がある、ですか……」


「何かおかしい?」


 花子さんは僕の顔を覗き込んでくる。花子さんの整っている顔が眼前にまで迫り、僕は慌てて距離を取る。


「い、いえ、おかしくはないのですが……ただ、珍しいなと」


「珍しい?」


 花子さんはコテンと首を傾げる。


「僕はほら、話すのもあまり得意じゃ無いですし、誰かに自慢出来るような特技とかもありません。そんな僕に興味を示した人は、初めてなので」


 花子さんは俯き、少し考える素振りを見せる。


「そっか……じゃあ今君と1番仲が良いのは私って事になるのかな?」


「え、まあ、多分?」


 僕が曖昧にそう言うと、花子さんは口元を綻ばせた。


「あ、君も居ることだし、まずは場所を移さないとかな?」


「そ、そうして頂けるとありがたいです……」


「うん、わかった。じゃあ図書室に行こう」


「え、あの、ちょっ」


 花子さんは僕の手を握り、歩き出した。


 花子さんの手は人間とは違い、とても冷たい。やっぱり花子さんは幽霊で、僕達人間とは違うのだなと再度実感する。


「そう言えば君の名前を聞いてなかった」


「あ、そうですね。僕の名前は夢乃夕樹です」


「そう、夕樹……良い名前だね」


 ニコッと可愛らしい笑みを僕に向けてきた花子さんに僕の顔が赤くなる。


「私の名前は心美影こころみかげ。心が苗字ね。美影って呼んで。ちなみに敬語は無しね」


「……ん?」


 心、美影? 誰の事を言っているのだろう? 花子さんは花子さんじゃないの?


「私達花子にもそれぞれ名前があるの。全員花子だと互いに呼びにくいし」


「私、達?」


 まるで花子さんが2人以上居るかのような言動に、僕は首を傾げた。


「あれ、言ってなかったっけ? トイレの花子さんって1人じゃないんだよ?」


「え」


 衝撃な事実を淡々と告げられ、僕は呆然とする。だが、意識が覚醒していくにつれ、脳も情報を処理出来るようになってきた。


「えええええええ?!」


「夕樹、五月蝿い。もう少し声を落として」


「ご、ごめんなさい」


 耳を塞ぎながら冷静に注意をしてきた花子さん、もとい美影さんに謝る。


「他の幽霊と比べてもかなり霊力がある花子さんでも全国の学校のトイレに瞬時に行くなんて無理」


「まあ、それは難しそうですよね……」


「まあ、そこらへんの話は後々してあげるとして……」


「み、美影さん? どうされました?」


 何故か美影さんが頬を膨らませたので僕はあたふたする。


「敬語はやめてってさっき言った」


「え?」


「敬語、やめて」


「で、でも——」


「や・め・て」


「はい」


 そんな事を言っている間に図書室に着いた。僕は美影さ……美影に促されて椅子に座る。美影は僕の対面の椅子に座った。


「じゃあ、早速おしゃべりしよ? 私、人間の事とかあまり聞いた事ないから興味があるの」


「は、はい」


 そして、僕達は僕が帰るまで美影と他愛のない雑談をしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る