第16話 我慢と抱っこ

 火の国に行くには、いくつかのルートがある。

 その中でも最もメジャーなのが海路だ。


 だけど、わたし達は使えない。

 絶対に検問されて捕まってしまう。


 他には山道を通るルートとかもあるのだけど、関所が設けられていて突破は難しい。


 でも、『死の砂漠』と言われる場所を通るなら問題がない。

 レン王子と2回目の決闘をした場所だ。

 あの時はほとんど入口付近までしか入らなかった。


 この場所は関所がないことからわかる通り、死人が出るほどに過酷だ。


 道標みちしるべなんて無い砂の道を、ひたすら進み続けないといけない。

 しかも毒をもったサソリや、巨大な人食いミミズまで生息しているらしい。


 しかも3日3晩歩き続けて、やっと抜け出せるぐらいに広い。

 さらに、これは最短で通れば、の話だ。


 実際には休憩を挟まないといけないし、方向が分からなくなる時もあるだろう。


 だから入ったら最後。

 絶対に出てこれない『死の砂漠』。


 

「本当にいけるのかなぁ」

「大丈夫ですよ」



 わたしを背負ったペリットが、自信満々に言った。



「ペリット。敬語」

「……まだ慣れないです……なあ」



 おかしな言い方になってしまったペリットが愛おしい。



「一番の問題は物資を買えないところ」



 今のわたし達はお尋ねものだ。


 お金は……実はレン王子からもらったからそこそこ持っている。

 でも、お金を使える場所がないのが問題だ。


 下手な場所で買い物をしようとすると、追手に見つかる可能性が上がってしまう。



「問題ない。『死の砂漠』近辺の街には、密入国者向けの商人がいると聞いたことがある」

「闇の商人とかそんな感じ?」

「相場よりかなり割高らしい」

「足元見られるわけか。まあ、仕方ないよね」



 そういう場所しか使えないのが、わたし達の現状だ。


 とりあえず今の目標は『死の砂漠』。

 その近辺の街だ。


 歩いてあと1日ぐらいだ。


 わたしは自分をおんぶしているペリットに話しかける。



「ねえ、ペリット、重くない?」

「これくらい大丈夫です……じゃなくて、大丈夫だ」

「ごめんね。」

「仕方ないだろ。歩いたら花畑が出てしまうんだから」



 そう。

 わたしは『土の聖女』になったせいで、歩くと花畑が出るようになってしまった。

 これはわたしの意思でオンオフできるものじゃなくて、勝手に出てしまう。


 これのせいで追手に見つかるから、ペリットにおんぶされながら移動するしかない。


 

「まあ、俺としては嬉しい限りだ」

「わたしとしては申し訳ないんだけど」



 それからしばらく、無言の移動が続いた。


 とても穏やかだ。


 『土の聖女』としての加護なのか、動物が襲いに来る様子はない。

 それどころか、小鳥が遊びに来ることがある。


 逃亡中とは思えない、穏やかな天気。



「……すびー」



 わたしはいつの間にか寝ていた。

 目が覚めた時には、夕日がこんにちはしてたんだけど!?

 ペリットの背中が快適すぎる。馬車よりも楽だ。


 そんな快速ペリット号は、わたしが起きたことに気付いたのか、話しかけてくる。



「ロコス。俺、そろそろ限界だ」

「どうしたの? おしっこ?」

「いや、そうじゃなくて……」



 なんだか歯切れが悪い。

 何か言いにくい事でもあるの?



「俺。ずっとロコスのことを背負ってたんだぞ」

「そうだね。いつもありがとう」

「色々密着してるわけだぞ。色んなところが」

「うん。仕方がない」

「俺もオス……男なわけだ」



 あー。なるほど。

 そういうことか。


 結構純情でかわいいなー。



「ねえ、ペリット。わたしも」

 

「そういうのは、火の国に着いてからにしよう」

「……そうだな。その時が来たら覚悟してもらおう。我慢した分、反動があるからな」

「覚悟って……」



 彼の頭の中では、わたしはどんなことをされているのだろうか。

 怖さよりも好奇心が先に立ってしまう。


 でも、今は煽るようなことをするのはやめておこう。

 ちゃんと我慢してくれるペリット、かわいいし。



「お」



 そんな話をしていると、木々の間から小さな街が見えた。

 その奥に広がっているのは『死の砂漠』だ。



「ほら、見えてきたぞ」

「予定よりも早かったね」

「気を紛らわせるために必死に歩いたからな」

「なるほど」



 あとは闇の商人から物資を買って、準備を整えるだけだ。


 『死の砂漠』。

 ここを通り過ぎれば、火の国にたどり着く。


 そうしたら、ペリットとの幸せな生活が待っているはず。


 どんなことされちゃうのかなー。


 少し楽しみに思いながら、わたし達は街に入っていった。

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