第17話 砂漠の道 前編

「あのクソ野郎、何を考えてるんだ!」



 『死の砂漠』に入って早々、ペリットは荒れていた。

 わたしは砂に足を取られて、歩くだけでも悪戦苦闘している。



「まーまー、落ち着いて」

「ロコスももっと怒っていいんだぞ」



(ペリットがわたしのために怒ってくれてるだけで、お釣りがくるというか……)



 正直、もう怒りなんて湧いてこない。



「あーもー! クソ野郎の顔がちらつく! 俺達の足元を見て、好きなように言いやがって」



 ペリットが言っている『クソ野郎』とは、『死の砂漠』に入る前に食料を買った闇の商人のことだ。

 見るからに怪しい見た目をしていて、水やパン1つとってもかなり高額だった。


 それでもかなり印象が悪かったのだけど、金銭以外のものまで要求してきた。



「何が『土の聖女の穴の具合を一度試してみたかったんだ』だよ。俺のロコスだぞ。あんな奴だとわかっていれば、最初から下手に出なかったっ!」

「まあ、そういうこともあるから」


 

 確かに少し怖かったけど「おおー。こんな人間本当にいるんだー」という感心の方が勝っていた。

 ザ・悪役。地味に希少です。

 その後すぐにペリットにボコボコにされていたし、わたし自身はあまり怒っていない。 



「あいつ、今度会ったら土の中に埋めてやる」

「さすがにもう出会わないと思うよ?」



 最初のうちは、そうやって雑談をする余裕があった。


 日差しが非常に強い。


 でも、少しずつ口数が減っていった。


 砂に足は取られるし、

 何回も方位磁針を確認しないと、すぐに方向を見失ってしまう。


 しかも時々砂の中にサソリやアリが隠れていて、油断すれば毒に侵される可能性がある。


 さらに一番厄介なのは、寒暖差だ。


 昼はかんかん日照りの猛暑。

 夜は身も凍るような極寒。

 まあ、夜はまだ体験してないけど。


 わたしの足元に生える花畑も一瞬で枯れちゃう。

 過酷過ぎてやばい。


 さすが『死の砂漠』。



「なあ、ロコス。情けない話ですまないんだが……」

「なに?」

「ロコスの魔法で移動できないのか? 追手もさすがにここまでこないだろ」

「うーん。やめておいた方がいいと思う」

「どうしてだ?」



 わたしは自分の手のひらをじっと見つめた。



「下手にやると、自殺になっちゃう」

「なあ!?」

「『土の聖女』になってから魔法の出力調整が難しいんだよね。今までは自分の魔力を使ってたけど、今は『土の大精霊』から魔力をもらっているから」

「なるほど。慣れないうちは暴走気味なのか」



 砂に足を取られて転びそうになると、ペリットが支えてくれた。



「しかも、ケモッフ王国から離れるほど拗ねてるみたいで……。王都の時はマシだったんだけど。今は気分で魔力の量がかなり変わる」

「『土の大精霊』の気持ちがわるのか?」

「なんとなく。だけど、かなり情緒不安定で気分を予測したり、機嫌を取るのも難しそう。この状態で魔法を使ったら最悪……」

「最悪?」



 わたしは出来るだけ怖がらせるつもりで言う。



「全身バラバラ」

「……やめておこう」



 ペリットは嫌そうな顔をした後、体が重そうに歩き出した。

 まだ1日も歩いていないけど、かなり疲れが出ているみたいだ。


 それほどに慣れない道というのは体力を持っていかれる。



「それと、1つ聞いていいか?」

「なに?」

「大精霊は男か?女か?」



 わたしは思わず、バランスを崩しそうになってしまった。



「ペリット……。精霊にまで嫉妬してるの?」

「……悪いか?」

「悪くはないかな。でも、流石に驚きだった」

「じゃあ、女なのか?」

「断言はできないかなー」



 精霊に嫉妬しているペリットが可愛くて、少し口角が上がってしまう。


 あれ?

 わたし、ちゃんと笑顔になれるようになってきた?



 シュッ、と。



 突然、何かが風を切る音が聞こえた。


 次の瞬間、強い衝撃を受けて倒れてしまった。



「え?」



 肩に触れると、矢が刺さっている。



「ロコスっ!」



 ペリットが駆け寄ってくるのを横目に見ながら、背後を確認する。

 すると、追手の集団が弓を構えていた。

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