第15話 新しい関係

 わたしとペリットが王都をたってから、2日が過ぎた。


 わかったことがある。


 わたしはうまく笑えなくなってしまった。

 まあ、ちゃんと正気を保っているだけでも頑張ってるよね。

 いや、ペリットがいてくれるおかげなのかな。


 王都ではいろんなことがあった。


 本当に色んなことがあった。

 たった数日でほとんどのものを失った。

 家もなくなった。

 お父様もお母様も死んじゃった。

 使用人たちはどうなったかもわからない。


 でも、今のわたしにはペリットがいる。

 いてくれる。


 それだけでも、わたしの心は少し暖かい。


 

 空を見ると、清々しい天気だった。

 最初は森の中を歩くのは慣れなくて転びかけていたけど、少しずつ安定するようになってきた。

 いつもは馬車を使うか


 街道を使えば追手に見つかる可能性が上がる。


 わたし達の旅は前途多難だ。


 

「ねえ、ペリット。念のためこれからのことをおさらいしない?」

「かしこまりました」



 ペリットは慇懃いんぎんにお辞儀した後、話し始めた。

 お辞儀いる……?



「俺達が目指すのは火の国。さらに言ってしまえば、その首都です」

「そうだよね」

「その理由はロコス様はケモッフ王国の現人神である『土の聖女』になってしまい、俺が誘拐しました。絶賛追われている状況です」

「改めて聞くと、酷い状況」



 思わずため息が漏れてしまう。


 この状況もそうだけど、ずっと気になっていることがもう一つある。



「ねえ、ペリット」

「なんですか?」

「敬語をやめて」

「なんですか、藪から棒に」



 予想していなかったのか、ペリットは少しうろたえている。



「だって考えてみて。まだ敬語なのはおかしいでしょ」

「ロコス様は俺の永遠の主ですから」

「え、イヤなんだけど」



 あ、ペリットの足が止まった。


 振り向くと、この世の終わった後に犬におしっこを掛けられたような顔をしていた。 

 お、はじめて見た顔かも。



「なんでですか!? 俺何かやってしまいましたか!?」

「いや、ペリット。キスしたじゃん。というか、無理矢理唇奪ったよね?」

「それが気に食わなかったのですか!? でしたら、俺の唇と舌を今すぐ切り捨てますっ!」



 ペリットは早速短剣を取り出して、自分の唇に当て始めた。



「そうじゃなくて!」

「では、どういうことなんですか!?」



 あ、ペリット興奮しちゃってる。


 えー。

 これ、わたしから言うの?


 すごく恥ずかしい。顔熱い。

 でも、言わないと進まないよね。


 だってペリット、絶対によくわかってない顔してるし。


 前世でも言ったことないんだけど……。



「あんな大勢の前でキスして、主従関係のままでいいと思ってるの?」



 ここまでが精いっぱいだった。

 ペリットはやっと気づいたみたいで、大きく目を見開いた。


 彼も顔が真っ赤だ。



「あ、えっと、そういうことでいいんですか?」

「うん」

「ロコス様」

「はい」



 ペリットの顔が近づいてくる。

 舌が口の中に入ってくる。


 痛いぐらいに抱きしめられてる。

 身長差がありすぎてつま先だけで立ってるよ、わたし。

 でも、ペリットが支えてくれてる。


 ペリットの荒い鼻息が、わたしのまつ毛を揺らしてる。


 舌がわたしの歯茎を舐め回すたびに、ひしひしと伝わってくる。

 ああ、わたしのことめちゃくちゃ思ってくれてるんだなぁ。


 口同士が離れると、ペリットは真剣な眼差しでわたしを見ていた。



「ロコス様。いや、ロコス・ロードデンドロン」

「はい」



 思わず、背筋が伸びてしまう。唇も喉も乾ききって貼り付いている。

 でも、それくらい真剣に聞かないといけない話だ。



「一目見た時から、あなたのことを慕っていた」



 わたしは出会う前から好きでしたよ。

 言わないけど。



「俺の人生は、あの時に全く別物に生まれ変わった。家族がみんな死んだことが、全部吹き飛んでしまうほどに」



 思わず唾を呑んだ。



「あなたのいない世界を考えた時がある。まるで色が全部抜け落ちて、塩の塊になったような世界だった」

「うん」

「あなたの笑顔が好きだ」

「うん」

「あなたの声が好きだ。あなたの心が好きだ。あなたの体が好きだ。あなたそのものが好きだ」

「……うん」

「他の誰のものになってほしくない。誰でもない俺自身が、あなたを幸せにしたい。絶対にする。約束はできないけど、何度だって誓える」

「…………うん」

「だから全部、俺のものになってほしい。あなたの全てを俺にください」



 わたしはどんな顔をしているだろうか。

 泣いているのだろうか。

 多分、笑ってはいないかな。


 だって、こんなにも涙が出ているし。



「とってもうれしい。好きだよ、ペリット」



 もう一度キスをしようとした。


 その瞬間――



「いたぞ!!!」



 後ろから声が聞こえた。

 振り向くと、5人ぐらいの衛兵が近づいてきていた。


 しかも、かなりの重装備。



「待てッッッ!!!」



 いや、待つわけないでしょ!?


 ペリットはわたしをお姫様抱っこして、全速力で走りだした。

 わたしが走るより速いのだ。


 わたしの彼氏、すごくない?


 あ、よく見たらすごい顔をしてる。

 この世の全てを恨んでいるみたいな顔をしている。



「すまん。あいつら皆殺しにしていいか?」

「ダメだよ!?」



 さすがに人を殺すのはなぁ。

 相手もムキになっちゃうし、何よりペリットが人を殺す姿は見たくない。


 まあそれは置いといて、告白後のキスを邪魔されて怒ってるのはかわいいな~~。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る