第11話 決断するのはいつも優しくて強い人

「そ、そんなことが……」



 お父様は、頭を抱えて

 公爵として様々な苦労をしてきたのは知っている。

 でも、眉間にこんなにも深い皺を作っている姿は初めて見た。


 決闘を終えたわたし達は、ロードデンドロン邸にやってきた。

 そして、お父様とお母様に全部話した。


 娘のことなんだから、もちろん知る権利はあるよね。



「聖女様。これは夢や嘘ではないですよね?」

「私が保証するわ。過去に似たような事例があったし、彼女たちの言葉に間違いはない」

「……そう、ですか」



 お父様とお母様は、イベリスの顔を見た。

 イベリスはバツが悪そうに視線を逸らすばかりで、何も話さない。


 レン王子は心ここにあらず、と言った感じだ。


 おい、そこのペリット。なにどさくさに紛れてレン王子を棺桶に入れようとしてるの!?

 あ、おばさまがチョークスリーパーで止めてくれた。


 よし、ペリットのためにもさっさと本題に入ろう。



「ここで、このロコスから提案があります」

「変なことを言うなよ? もし言ったらただじゃおかないからな?」

「ああ、その前に一つ聞いていいですか?」

「おい、最初から話の腰を自分で折るな」



 わたしは舌を出した後、少し目線を下げる。



「お父様、お母様って、まだ呼んでもいいですか?」

「あー。お前、そんなことを心配してたのか?」

「だって、全然公爵令嬢っぽくなかったですし、いつも怒らせてばっかりで……。本当のロコスの方が良かったのではと……」



 自分で言っていて悲しくなってきた。

 今さらだけどごめんなさい……。



「本気で怒っていなら、さっさと養子の1人や2人は取ってる」

「じゃあ、嫌われてはないんですか!?」

「まー。今でもお前は大事な娘だと思っているよ」



 お父様の頬が少し赤くなっていて、微笑ましそうにお母様の視線が向けられている。


 そっか。

 なら、もう十分かな。



「安心しました」

「お前の提案とやらに関係があるのか?」

「関係はないですけど、覚悟が決まりました」



 わたしはゆっくりと目を閉じて、力強く開いた。



「わたしが『願いの魔力』を使います」

「何を願うつもりだ?」

「イベリスがロコスの姿に戻り、レン王子と添い遂げることを」

「だが、それだけでは『自分の不幸』が足りない」



 わたしは深呼吸をした。

 ここからが本番だ。



「その代わり、わたしは『ロコス・ロードデンドロン』の名も姿も捨てて、全く別人として生きていきます。そうすれば、全部丸く収まります。同じロコスが2人いるのもおかしいですし、ロコスとレン王子の婚約も残っていますし」

「ロコス……お前……」



 お父様もお母様も、目を見開いたままわたしの顔を見ている。


 別に、わたしはレン王子とイベリス(ロコス?)の恋を邪魔したいわけじゃない。

 ただ推しのハイエナ獣人――ペリットを執事に出来る環境が欲しかっただけだ。

 でも、もうわたしにはペリットがいてくれる。

 絶対に、何があっても一緒にいてくれる。


 だから、ロコスとしての人生を捨てても後悔はない。

 うそ。

 本当はずっとこの生活を続けたい。


 でも、これがわたしが思いつく、最高のハッピーエンドなんだ。 



「そんな言葉、信じられません!」

「イベリス!?」



 興奮気味のイベリスがわたしの腕をつかんだ。



「どうせ土壇場になったら別の願いを言うんでしょ!?」

「そんなことはしないよ」

「なんでっ!」

「わたしはもう、いっぱいもらったから」



 わたしはじっとイベリスの瞳を見つめ続けた。

 彼女の瞳はとってもキレイだ。

 恋する女の子の目。


 不安定で危なかったしいけど、この世界で最もキレイな宝石だ。



「イベリス……いいえ、ロコス。わたしはただ、あなたに幸せになってほしいの。わたしは確かに酷いことをされたけど、その奥に潜む愛を美しいと思ってしまったから」



 わたしはイベリスのせいで婚約破棄されて、国外追放されそうになった。

 でも、そのおかげでペリットに出会えた。


 これはその恩返しでもある。



「…………」



 イベリスは静かに涙を流して、レン王子が胸を貸した。


 その光景を「尊いなぁ」と見ていると、おばさまが近づいてきた。



「ロコス。あなたの決断を誇りに思うわ。あなたは私の自慢の孫よ」

「おばさま……」


 

 おばさまが手を広げて、抱きしめようとしてくれた。



 その刹那。



 なにか音が聞こえた。

 パリン、とガラスが割れるような音。


 すると、おばさまがわたしに寄りかかってきた。



「おばさま!?」



 様子がおかしい。

 なぜか鉄臭い。



「ロコス……逃げて……」



 おばさまの背中に、何か固いものが突き刺さっている。

 ふと、自分の右手が濡れていることに気付いた。

 ゆっくりと視線を向けると、赤黒く染まっていた。


 え?

 なに?

 

 おばさま……?



 突然、浮遊感を覚えた。

 ペリットに持ち上げられたと気付くのに、数秒かかった。


 

「どうして!? おばさまが、おばさまがっ!」

「危ないですから!」



 わたしは必死におばさまに手を伸ばした。

 でも、ペリットに運ばれてどんどん遠くなってしまう。


 突如、光が見えた。



 おばさまに突き刺さった矢が、光ったのだ。



 同時に、炎が燃え上がる。


 一瞬で屋敷は炎の海に包まれていく。

 お父様とお母様は懸命に使用人たちの安否を確認したり、消火活動に当たっている。



 外に出たわたしは、指一本動かせなかった。



 屋敷が崩れていく。

 わたしがこの世界で6年間近く過ごしてきた家。


 おばさまが燃えていく。

 さっきまであんなに元気で、抱きしめてくれていたおばさま。


 彼女は、今炎の中にいる。 



「ロコス! この場にはこの炎を消せるほどの水魔法の使い手はいない。お前の土魔法で炎を埋めてくれっ! 俺達の魔力だけでは足りない」

「でも、おばさまがまだ中に……」

「もう手遅れだ。今火を消さなければ、森に移る可能性がある」

「でも……」



 お父様の顔つきが変わった。

 親としてではなく、公爵としての顔。



「ロコス・ロードデンドロン!!!」

「――っ!」



 わたしは歯を食いしばって、土魔法を発動させた。


 土砂崩れのような土が屋敷を覆い、飲み込んでいく。

 炎は少しずつ消えていき、静かになった。


 残ったのは大きな土の塊。

 屋敷も、おばさまも、その中でグチャグチャだ。


 

「なんで……どうして……」



 怖い。

 なにか間違えた?

 ここ『けも溺!』の世界じゃなかったの?

 こんなに重い作品だっけ? 

 こんなイベント、ゲームの中では欠片すらなかったよ???



「……ペリット」



 ペリットはわたしを抱きしめてくれた。

 モフモフだけど、彼も緊張していることが感触からわかる。



「ロコス様。俺はずっとあなたの傍にいます。だから、そんな顔をしないでください」



 とっても嬉しい言葉。

 


 でも、わたしの顔は笑ってくれなかった。

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