第9話 婚約者との決闘 再び
もし……。
もしわたしが死ぬ刹那、どこかのタイミングに戻れるなら――
この瞬間に戻りたい。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
「来たようだな。ロコス・ロードデンドロン」
「お久しぶりですね。レン王子」
果たし状が届いてから2週間後。
わたしはペリットを引き連れて、砂漠までやってきている。
ここは火の国へと続く砂漠だけど、あまりにも過酷すぎて『死の砂漠』と言われている。
化け物とかはいないのだけど、とことん環境が厳しくて、精霊持ちでも生きては帰れないと言われている。
そのせいで国境の関所もなくて、人が近づくことが滅多にない。
ちなみに、火の国に行くに一番用いられるのは海路だ。
そんな場所で、わたしとレン王子は
少し遠くではイベリスとペリットが見守っている。
(いやあ。ペリットがいきなりイベリスを人質にしようとしたのは驚いたなぁ)
ペリットとしては、わたしに少しでも危険な真似をしてほしくないのかもしれない。
でも、流石に人質はやりすぎだよ。
イベリスが怯えててかわいそうだったよ。
一応、今は落ち着いてくれたけど、ペリットはすぐにでも暴走しそうな雰囲気だ。
何度も執拗に目配せして、なんとか抑え込んでいるけど。
さて、決闘に集中しますか。
「随分、鍛えてきたみたいですわね」
「そうだろう」
レン王子は袖をまくって、力こぶを見せつけてきた。
(筋力をつけてきたかー)
たしかに筋肉は大事だ。
筋肉は裏切らないし、いざという時は役立つと思う。
でも、基本的には魔法の勝負じゃないの?
「あの時の俺と同じだと思わないことだな」
「ええ。それはヒシヒシと感じております」
「ふっ。そうだろう」
レン王子は見事なドヤ顔を見せつけてきた。
かわいいかよ。
あ、ペリットの殺気が増した。
「ステイ!」と視線を送ると、ペリットはまた大人しくなった。
こっちもかわいいかよ。
「ふっ。なぜここを選んだかわかるか?」
「カッコつけでしょうか?」
「そんなわけがあるか! 俺は強くなりすぎたのさ。王都では全力を出せない」
んー? 中二病か?
いや、わたしもあまり他人のこと言えないかも……。
ノリノリで魔法使ってるし。
「では、始めようか」
決闘が始まろうとした。
その時。
ブロロロロロロ、と。
不思議な音が聞こえた。
この世界では聞きなれないバイクのエンジン音。
こんな音を響かせるのは、この世界では1人しかいない。
「土の聖女様!?」
「おばさま!?」
バイクから降りたおばさまは、ニカッと豪快に笑った。
彼女の背後には、タイヤ痕のかわりに花畑が広がっている。
「面白いことをやっているみたいだから、来ちゃった」
「いや、それで気軽に来る場所じゃないんだけど……」
「いいじゃない。せっかくのロコスとレンブラントの決闘。誰も見届け人がいないのも寂しいでしょ」
「土の聖女様がそういうなら……」
レン王子は王族として、土の聖女には逆らえないみたいだ。
「それで、一応確認するけど、決闘
「俺が勝ったら、ロコスとの婚約破棄してもらう」
(まあ、もう婚約破棄されてもいいんだけど)
わたしが婚約破棄を回避したかったのは、あの誕生日パーティーで婚約破棄された場合『イベリスをイジメた罪』で国外追放される可能性があったからだ。
今負けたとしても、断罪されることはないだろう。おばさまだっているし。
今のデメリットはお母様に怒られることぐらい?
でも、もう色々と諦められてそう……。
「では、わたしが勝ったら婚約は継続ということで」
「だが、それだけでは面白くないだろう。お前、いまいち乗り気じゃないよな?」
「何か他のものを賭けると?」
「あそこのお前の従者、隠しているけどハイエナ獣人だろ? 俺が勝ったら公開処刑してやるよ。きっといい見世物になるだろうぜ」
その言葉を聞いた瞬間、頭の中が真っ白になった。
ペリットを公開処刑する?
何をいってるんだ、こいつは?
わたしの執事だぞ? わたしの推しだぞ? わたしのペリットだぞ?
は?
マジで言ってんの?
許せないんだけど。
こいつあれでしょ。
どうせハイエナ獣人だから虫のように扱っているんでしょ。
はぁ~~~~~~~~~~~~~~。
ゼッタイに、ユルせない。
「ふはっ!」
わたしの心の中に、尋常ではない勢いの火が点いた。
「その言葉、後悔させてあげますわ」
なんだかレン王子が少し怯えているように見えるけど、気のせいだろう。
「2人とも、全力でやりなさい。危なそうなと時は私が守ってあげるから」
「「はい!」」
改めて、決闘の始まりだ。
「では、いかせてもらうぞ」
レン王子の言葉とともに、火の精霊が現れた。
九つの尾を持ったキツネの精霊。
でも、1年前とは比べ物にならない程に大きい。
あの時のわたしの土人形よりも、はるかに。
「これは、やばそうですわね……」
わたしも土人形を作り出す。
とにかく大きく。固く。強く。
ちなみに、ディテールも比べ物にならないぐらいよくなっている。
毎日ペリットのことを見ているんだから、当然だよね!
お互いに準備が出来た。
ここからは単純な力比べ。
押し勝った方が勝者だ。
土人形と火のキツネが激突する。
周囲には熱風が発生して、砂埃が舞い上がる。
熱気のせいで蜃気楼が発生して、空間がグニャリと曲がったように見えた。
レン王子の火の狐はさらに大きくなっていく。
わたしの土人形の倍以上のサイズに。
周囲の砂が溶けて赤くなっていく。
一体、どれほどの温度なのだろうか。
「ロコス様!?」
ペリットの悲痛な叫び声が聞こえて、わたしはサムズアップを送った。
「え?」
素っ頓狂な声をあげたのは、レン王子だった。
わたしの土人形が、右手を上げたのだ。
その右手には、本体によりも巨大な拳がついている。
ずっと砂の中に右手を入れて、生成させていた。
見上げると、まるで城のようなサイズだ。
レン王子の精霊の3倍ぐらいはあるかな。
「わたしのペリットへの愛を思い知れええええええええええええええええ!!!!」
わたしの全力の叫びに
途轍もない爆音とともに、周囲には砂嵐が発生する。
砂漠にはクレーターのような窪みができてしまった。
余波に当たってしまったレン王子は、砂にまみれて倒れていた。
土の壁が砕けた跡があるから、一応おばさまが守ってくれのたのだろう。
「……おばさま」
わたしが呼びかけると、おばさまは力強く頷いた。
「ロコスの勝ちね」
喜びのあまり、勝利の雄たけび(ハイエナ風)を上げようとしたのだけど――
「まだだっ!」
レン王子が立ち上がった。
「もうこれは婚約を破棄するためだけの戦いではない。イベリスと一緒になるためには、お前は絶対に越えなくてはいけないんだっ!」
フラフラと立ち上がりながら、彼は魔法を使おうとしている。
でも、炎が安定していない。
さっきの一撃で魔力が空になってしまったのだろう。
そんな満身創痍なレン王子に、イベリスが駆け寄った。
「私の『願いの魔力』を使ってください! そうすれば、ロコスに勝つことが出来ます!」
「だが、それでは君の立場は……」
「構いません!」
イベリスは毅然に言い切った。
おー。かっこいい。乙女ゲーの主人公みたい。
「ずっと見てきました。レン王子の努力しているところを。あなたは絶対に勝つべき人です」
「ありがとう。君と出会えて、本当によかった」
レン王子はイベリスを抱き寄せた。
「ちょっとっ!」
エモい展開だけど、ペリットの命がかかった展開だ。
さすがに見過ごすわけにはいかない。
だけど、おばさまが手で制してきた。
「なんで、おばさま!?」
「大丈夫よ」
「なにが!?」
「落ち着きなさい。絶対に勝敗はひっくり返らないから」
あ、イベリス達に襲い掛かろうとしたペリットも土に絡めとられている。
おばさまの仕業か。
わたしは頬を膨らませながらも、おばさまを信じて見守ることにした。
「お使いください。レン王子」
イベリスは左手を差し出した。
その薬指には、変わった紋様がついている。
『願いの魔力』を持つ証。
左手薬指に刻まれた、金色の十字傷。
願いの魔力を使用した場合、その十字傷は消えてしまう。
でも、ゲーム内では十字傷がなくなった薬指にレン王子が指輪をはめてくれるんだよね。
「俺は絶対に、ロコス・ロードデンドロンに勝ちたい」
十字傷に、レン王子はキスをした。
ゲーム内では、これで『願いの魔力』が発動していた。
「あれ?」
「なぜだ……?」
それなのに、なにも起きなかった。
なんで!?
なにか不具合でもあるの!?
「なんで……?」
イベリスは顔を青ざめて、レン王子から遠ざかった。
「なんで? なんでダメなの!?」
彼女の虚ろな瞳が、わたしをとらえた。
「ロコス・ロードデンドロン……」
「イベリス……」
イベリスはよろよろとわたしに近づいてくる。
「ねえ、その体を返してよ。もうわかったから」
「な、なにを言ってるの……?」
「いつまでそうやってしらばっくれる気? イベリス」
ん? おかしくない?
「いや、わたしはロコスだけど……。イベリスはあなたでしょ?」
どうしたの?
突然頭がおかしくなっちゃった!?
もしかして熱中症とか脱水症状!?
ここかなり暑いもんね。
ペリットに水筒を持ってくるように告げようとした瞬間。
イベリスは、わたしの肩を掴んだ。
「違うでしょ!? 昔、ロコス・ロードデンドロンだったわたしは『公爵令嬢としての身分を捨てても、レン王子と一緒になりたい』って願ったんだからっ!」
ん? どういうこと????
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