第8話 火の姫君はウンコ博士に興味津々 後編

 馬車に揺られること2時間。

 王都にたどりついたわたしとペリットは、神木へと向かっている。


 王都の中心に生えている大きな木で、建国からずっとこの国を見守っているらしい。

 その周囲にはキレイな広場が整備されていて、国民の憩いの場になっている。


 同時に、待ち合わせ場所としても有名だ。

 神木が大きいから、王都のどこから見てもわかるんだよね。



「ロコス様。ちょっとよろしいでしょうか?」

「ちょっとペリット。ロコスって呼ばないでって言ったでしょ」

「失礼致しました。えっと、ローちゃん」

「おっけー」



 わたしが『ロコス・ロードデンドロン』だとバレると、かなり面倒なことになるからね。

 前に一度、城下町で決闘を挑まれた時は大変だったなぁ。


 周囲を見渡すと、火のお姫様の姿はない。

 ちょっと早く着きすぎたかな?

 


「ここは人が多いのですが、本当に大丈夫なんですか?」

「逆に人が多い方が都合がいいから。それに、この国には彼女の顔を知っている人は少ないしね」

「なるほど。結構考えているのですね」

「まあ、全部あちらからの提案なんだけどね」



 ペリットは少し冷たい視線を送ってきた。

 何を言いたいんだよぅ。



「あっ。いた。ロコス!」



 すごく元気な声が聞こえて振り向くと、ローブを目深にかぶった少女がいた。



「おひさー」

「ひさしぶり、コーラル。元気そうでよかった」



 かなり胸が大きくて、わたしよりも身長が高い。

 分厚いローブを被っているのに、胸の膨らみが見て取れるほどだ。


 ローブの奥にある顔はかなりの美人さんだ。

 気が強い感じだけど、どこか気品を感じさせる。

 最も特徴的なのは瞳で、キレイな紅色をしている。


 彼女は『コーラル・カーネリアン』。

 火の国の第2王女にして、わたしの唯一と言ってもいい親友だ。



「元気も元気さ。なにせ、今日は彼に会えるんだから」

「コーラルは相変わらず彼のことが好きだね」

「まあね。彼は絶対にゲットしないといけないから」



 コーラルはニカッと笑った。

 すごく豪快で、物怖ものおじしない人だ。


 どことなくおばさまと重なるところがあって、一緒にいるだけで元気をくれる。



「それで、後ろにいる彼は? なんか少し殺気を感じるんだけど……」

「うわっ!?」



 コーラルに言われて振り向くと、ペリットがすごい顔をしていた。

 牙を向いて、今すぐにでもとびかかりそうだ。

 オオカミだったら「グルルルル」と唸っているだろう。

 まあ、ハイエナだけど。 



「ごめん。紹介が遅れた。彼はわたしの専属執事のペリット。1か月前からお世話になってるの」



 ペリットは警戒しながらも、お辞儀をした。

 わたしに対する態度と全然違う。



「よろしく。ペリット」

「……よろしくおねがいします」



 ペリットは恐る恐るだけど、コーラルの手を握った。

 だけど、表情はまだまだ固い。


 あー。そうか。

 ペリットは王都で人間に迫害されてきた。

 そのせいで、普段接さない人には警戒心が強いんだ。


 もしかしたら、こうやって王都に一緒に来ている時点で、かなり無茶しているのかもしれない。


 あと気のせいだろうけど、少し嫉妬も入ってる?



「変わった人だね」

「ごめん。ちょっと訳ありだから」

「ふーん。ロコスらしいね」

「どこが?」

「そうやって、訳ありを拾うところ」



 わたしはムズ痒く感じて、頬をポリポリと掻いた。



「じゃあ、早速行こうか」

「うん」

「かしこまりました」



 コーラルを先頭にして、

 広場を出て、露店街を通って、

 いわゆるスラム街も言われる場所だ。



「どこまで行くんですか?」

「もうちょっと」



 先を行くコーラルは鼻歌を口ずさんでいる。

 いつ襲われてもおかしくないけど、彼女にとっては余裕だろう。


 王族なだけあって、魔力も腕っぷしも一流だ。



「あ、ついた」



 わたしたちの


 スラム街でも端の方。つまり、王都の一番端に位置する小屋だ。

 小屋と言うには大きいけど、作りはあまりよくない。



「なんですか? ここは」

「ある人の研究所」



 ペリットは不快感をあらわにしながら、鼻を押さえた。



「ひどい臭い。屍肉よりも酷いですよ」

「今日はまだマシな方かなぁ。酷い時は、こんなのは比じゃないよ」

「なんでロコ……ローちゃんは平気なんですか?」

「んー。ちょっとズルしてるから」

「……土魔法で鼻栓作ってるんですか?」

「お、正解」



 ペリットが不服そうにしていたから、彼の分も鼻栓を作ってあげた。

 ついでわたしの手で着けてあげると、ペリットは少し上機嫌になった。



「ほら、イチャイチャしないで」



 コーラルに急かされて、わたしは研究所のドアを叩いた。



「誰かいるー?」



 家の中に声を掛けると、すぐにバタバタと足音が聞こえた。



「あ、ロコスお姉ちゃん!」



 ドアを勢いよく開けたのは、クソガキだ。



「あ、火の国のお姫様も」

「今日もよろしくお願いね」

「相変わらずいいおっぱいしてるね!」

「相変わらずのクソガキっぷりね!」



 クソガキとコーラルは豪快に笑った。

 この2人はなぜか仲がいい。


 まあ、この2人の共通点はある人・・・が好きなことかな。

 



「……ロコス様の幻聴が聞こえるような」



 家の奥から、絵本の魔女みたいな少女が現れた。

 クソガキの姉だ。

 一見すれば老婆みたいに見えるけど、わたしとほとんど同じ年だ。


 その風貌から『クソ魔女』と呼ばれていたりする。


 彼女はわたしの顔を見ると、突然飛びついてきた。



「本物!? 純度100パーセントのロコス様!?」

「そ、そうだけど……」



 いつもながら、わたしへの好意がすごい。

 特別なにかをしたわけじゃないんだけど……。



「離れてください!」



 突然、ペリットがクソ魔女をわたしから引きはがした。

 いますぐにも襲い掛かりそうなほどに牙を剥き出しにしている。


 やばい。興奮しすぎている。



「大丈夫。大丈夫だから。ステイ」

「ですが、この女は危険です」

「危険じゃないから」

「俺は執事として、あなたの身の安全を確保しないといけません。すぐに片付けるのでご安心を――」

「ステイ!!!」

「――っ!」



 力強く言うと、ペリットはようやく落ち着いてくれた。

 ちょっと犬みたいでかわいいな?

 ハイエナだけど。

 ジャコウネコの一種だけど。



「んー。なんだね? さっきから騒がしいが……」



 今度は、いかにも冴えない感じの中年男性が出てきた。

 どこにでもいそうな見た目だけど、挙動から変人っぷりがにじみ出ている。

 この研究所の主だ。


 彼はペリットの顔を見るなり、大きく目を見開いた。 

 


「きみ! まさかハイエナ獣人ではないかね!?」

「――っ!」



 突然近寄られて、ペリットは脱兎のごとく逃げ出した。


 だけど、変人は諦めない。

 壁まで追い詰めて、顔をこれでもかとペリットのお尻に近づけていく。



「きみのウンコをくれないか!? 1万……いや、5万は出す!」

「!?!?!?」



 ペリットはさらに混乱してしまっている。

 このままでは人死にが出てしまいそうだし、助け舟を出そう。



「やめてください、ウンコ博士。ペリットが完全に怯えてしまってます」

「す、すまない……ついな」



 『つい』でウンコを買い取ろうとするのは、世界広しと言えどこの人だけだろう。



「ウンコ博士、お久しぶりです」

「ああ、久しぶりだな」



 彼はウンコ博士だ。

 本当にウンコの研究をしている人で、感染病対策や浄水設備の考案をした、かなりすごい人。

 ちなみに、わたしが少し前世の知識を教えたりしている。


 そのおかげか、気難しいウンコ博士は、わたしやわたしの友人の言葉ならある程度聞いてくれる。

 それがわたしがコーラルとウンコ博士の仲介をしている理由だ。


 わたしが挨拶を済ませると、コーラルが無理やり割り込んできた。



「お久しぶりです。ウンコ博士。今日も」

「ああ、君か。しょうがない。お茶でも出そう」



 ウンコ博士がそう言うと、わたし達はリビングへと向かった。

 クソガキとクソ魔女も同席しようとしたけど、ペリットに追い出してもらった。


 ちなみに、出されたコーヒーはジャコウネコ獣人のウンコだ。

 正確には、コーヒー豆をジャコウネコ獣人に食べさせて、その後出たウンコから取った未消化のコーヒー豆から作られている。

 結構いい香りがしたりして、気に入っている。


 ……ペリットには黙っておこうかな。



「一応言っておくが、何度来られても火の国にはいかないからな」



 ウンコ博士はいきなり結論から入った。



「気は変わってくれませんか?」



「あの、ロコス様。どうして」

「あー、それはね」



 わたしは簡単に説明をする。


 火の国は山間部に位置し、鉱山と石炭に恵まれた国だ。

 おかげで工業とかが盛んなのだけど、最近は汚水問題に悩まされているらしい。


 そこで白羽の矢がたったのがウンコ博士だ。


 だけれど、彼は中々コーラルのお誘いを受けてくれない。

 まあ、ケモッフ王国のとしては残ってくれた方が有難いんだけど。



「火の国にはあなたが必要なんです。いくらでも予算を出す準備はあります」

「いや、それでもダメだな」

「なぜダメなんですか!? 火の国なら比べ物にならないほどの施設がありますよ!?」



 コーラルが声を荒げると、ウンコ博士は冷静に答える。



「飯がまずいから。飯がまずいと良質なうんこも取れない」

「確かに、そうかもしれませんが……!」



(たしかに、火の国のご飯は大雑把だからなぁ)



 火の国のご飯は決してまずいわけじゃない。

 ただ、ちょっと豪快なのだ。

 基本的にスパイスをかけて、煮たり焼くことしかしない。

 それはそれで野性味溢れてておいしいのだけど、ウンコ博士の口には合わないらしい。



「では、アタシのおっぱいを揉みますか!? 毎日好きにしてもいいですよ!?」

「いや、いい」

「オーケーということですか!?」

「断るという意味だ」



 コーラルは相当ショックを受けたのが、一気にテンションが下がってしまった。

 女としてのプライドが傷つけられたのかもしれない。

 コーラルはウンコ博士の事、異性としても意識してるからなー。


 その様子を見て申し訳なくなったのか、ウンコ博士は眉を下げた。



「すまないな。僕はこの国で、2度と妻みたいな人を出したくないんだ」



 コーラルは目を伏せて、拳を握りしめた。。



「火の国でも、似たようなことが起きています。日々川は汚れていき、多くの。みな、将来に絶望しながら過ごしています。あなたは、彼らを見捨てるというのですか……?」

「ちょっと……」



 わたしがか細い声で言うと、コーラルはハッとした顔をした。



「申し訳ございません。卑怯なことを言いました」

「いや、僕こそ申し訳ない。姫様がわざわざ来てくれているというのに」

「ですが、来てくれないんですよね」

「……すまん」

「ありがとうございます」

「お礼を言われることは何もしていないが」



 コーラルはゆっくりと首を横に振った。



「あなたやロコスと会う口実が出来ますから」



 ハニカむコーラルを見て、ウンコ博士は目を細めた。



「強いな」

「諦めが悪くて、意地汚いだけとも言います」

「それでも、それは強さだ」



 想い人からの言葉に、火の国の姫はとびっきりの笑みで返した。



 こうして、わたし達はウンコ博士の研究所を後にした。


 いつの間にか夕暮れだ。

 王都の外まで送り届けると、コーラルは手を振った。



「今日はありがとう、ロコス。ペリットも」

「うん。またね」

「また」



 お別れを告ると、突然コーラルの体が炎に包まれた。

 炎は少しずつ形が定まっていき、大きな火の鳥を作り上げた。

 彼女も『火の精霊持ち』。

 精霊にも種類があって、レン王子は9本の尾持ったキツネだけど、コーラルは火の鳥だ。


 そのまま、コーラルは飛び立っていった。



 帰り路。

 ペリットは明らかに何か考え事をしていた。

 主人に隠して何を考えてる?



「ペリット。何か悩みごと?」



 わたしが単刀直入に訊ねると、ペリットは慎重に口を開く。



「ロコス様。俺は死んだ後も、ウンコ博士のようにあなたを想い続けられるでしょうか」

「どうしたの? いきなり」

「すみません、考えてしまいまして」

「別に、死んだ後は自由にしてもいいと思うけどな」

「でも、それは寂しいではありませんか」



 かなり幼稚な悩みだ。

 だけど、幼稚なことで悩むペリットが愛おしくて仕方がない。



「大丈夫。わたしが死んだとしても、ずっと見守ってあげるから」

「本当ですか?」

「本当だよ」



 わたしはペリットの頬を撫でた。

 なんだかいい雰囲気だ。

 せっかくだから、前から考えていたことを言ってしまおう。



「でもその代わり。もし、わたしが死んだら、ペリットがわたしの骨を食べてよ」



 ペリットは目を大きく見開いて、不安げに吐息を漏らした。

 この国では、土葬が当たり前だ。

 骨は土に還るべきもの。

 そうあるべきもの。


 それを、あなたに捧げたい。



「悪い冗談を」

「冗談じゃなくて、結構本気だよ」



 わたしは彼の黒い瞳をじっと見つめる。

 本気だ、と視線で伝え続ける。



「本当にいいのですか?」

「……うん」



 夕日に照らされていたせいで、ペリットの顔色はよくわからなかった。

 だけど、泣いている気がした。 





◇◆◇◆◇◆





 コーラルと会った次の日。

 優雅なティータイムに酔いしれていると、ペリットが真っ青な顔を引っ提げてきた。



「あの、ロコス様」

「どうしたの? 顔色が悪いけど」



 ペリットは1通の封筒を渡してきた。

 後ろの封蝋を見るだけでも、誰から送られてきたものか察せられてしまう。


 王家の紋章。

 わざわざわたしに封筒を送り付けてくる王族は、1人しかいない。



「レンブラント王子から果たし状が届きました」



 まじかー。婚約のこと、忘れかけていたのに。

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