第7話 火の姫君はウンコ博士に興味津々 前編
幸せすぎるのは、辛いんだなぁ。
そりゃあ、『幸』と『辛』の漢字は似てるよね。
最近よく実感しています。はい。
ペリットがわたしの執事になって1ヶ月が過ぎた。
とにかくドキドキの毎日で、刺激のあまり鼻血が出そうです。
「ロコス様。おはようございます。お目覚めの紅茶はいかがですか?」
「ありがとう。ペリット」
「どういたしまして。ロコス様。今日もかわいらしいですよ」
「あ、ありがとう」
ベッドの上でティーカップを受け取って、口をつける。
熱すぎず冷めすぎず、スルリと飲めてしまう温度。
程よい甘さと苦みが、寝起きの体に染みる。
それなのに、しっかりと茶葉の香りがたっていて、とても上品な味わいだ。
このお茶一杯だけで、ものすごく気が配られていることがわかる。
紅茶を飲み終わると、ペリットは言われるまでもなく食器を片付けてくれた。
寝巻姿や寝起きを見られるのも、ようやく慣れてきた。
「改めましておはよう。ペリット」
「おはようございます。ロコス様」
わたしはあることが引っかかって、少し唇を尖らせる。
「ねえ、ロコス〝様〟ってやめてくれない? ムズ痒いんだけど」
「そうはいきません。あなたは大事な主なんですから」
「そ、そう」
ペリットの
正直、反応に困るんだけど!?
ペリットは意外と頑固だ。どれだけお願いしても譲ってくれない時がある。
それぐらいのことがわかるぐらいには、一緒に生活してきた。
なんだか最近、どんどんペリットが生活の一部になってきている気がする。
ずっとペリットがいて、ペリットがなんでもやってくれる。
ペリットがいるのが当たり前で、1日の半分はペリットの顔が視界に入っている。
なんか、幸せ過ぎて頭がバグってくる。
思わず頭を抱えていると――
コンコン、と。
部屋のドアが叩けた。
「ロコス。起きている?」
「あ、お母様。大丈夫です」
返事をしながら、最低限の身支度を整えた。
寝巻のままだけど、さすがのお母様も文句は言わないだろう。
「朝早くにごめんなさい」
珍しいことに、お母様は少し不安そうな顔をしていた。
「なんだか最近、大人しくないかしら? 体の調子が」
「そうですか? というか、お母様こそ顔色が優れないようですが……」
お母さまは「わかる?」と小声で言いながら話し始めた。
「ちょっと今朝悪い夢を見て……」
「悪い夢、ですか?」
「ええ。家族が処刑されて、ロコスがどこか遠くに行ってしまう夢」
「じょ、冗談ですよね?」
「所詮は夢ですから。だけど、不安に思ってしまって……」
「大丈夫ですよ。お母様。もしお母様が処刑されるようにことになっても、わたしが何とかしてみせます」
「たしかに、あなたなら何とか出来てしまいそうですね」
お母様の目つきが少し柔らかくなった。
よかった。
少し元気が出てきたみたいだ。
「ペリットが来てから、本当に変わりましたね」
「そうですか?」
「少し大人になった気がします」
多分、ペリットの前であんまり恥ずかしいことができないからだ。
ペリットがお辞儀をすると、お母様は優しく微笑んだ。
なんだか2人に通じ合っている気がして、少しムッとしてしまう。
「あの、お母様。ペリットの事をかなり受け入れてますよね。最初は反対していたのに」
「まあ、世間にバレなければいいのですから。それに、ちょくちょく王都で走り回る娘の方が家の恥です」
「……ぅぐっ」
何も言い返せない。
公爵令嬢が城下町で走り回っているなんて、論外もいいところだ。
「今日はお城でお茶会があるんでしょ? ちゃんと失礼のないように」
「わかっていますよ」
「あと、ペリットの正体はくれぐれもバレないように。もしバレてしまったら、庇いきれなくなりますから」
「わかっています」
お母様は
わたしはお出かけの準備をするために、ドレスを選び始める。
「今日は王都に行くんですか?」
ペリットが
んー。全部話しても大丈夫かな?
「んー。これからの話はお母様には内緒ね」
「また悪だくみですか?」
「まあ、間違いではないかな。『火の国のお姫様』と密会しないといけなくて」
ペリットは一瞬、唖然とした。
あ、顔をぽかーんとしている顔かわいい。
「えっと、火の国って隣の国でしたよね?」
「そうそう。工業とか鉱山とか石炭で発展したところ」
「そこのお姫様と会うのですか?」
「うん。独りで来るらしい。お手紙が来たのは、ペリットが執事になる少し前かな」
わたしが軽い口調で告げると、ペリットの眉がヒクヒクと動いた。
「ご、ご冗談を」
「いや、冗談じゃないんだけど」
「他国のお姫様が独りで尋ねてくる、という話を信じろという方が難しいですよ」
まあ、普通はそう考えるよね。
「彼女、かなり変わってるから」
「その言葉だけで納得できませんよ」
「会ってみればわかるよ。証拠に手紙でも見せる?」
「い、いえ、そこまでは結構です。ロコス様は嘘をつくような人ではありませんから」
わたしは「そ」と相槌をうちながら、1着のドレスを取り出した。
「このドレスがちょうどいいかな。どう思う? ペリット」
ペリットは困り眉を作った。
「あの、もっと着飾った方が……」
「えー。これくらいがちょうどいいと思うけど」
でも確かにシンプルすぎるかな。
他のにしよう。
でも、これから行く場所を考えるとなー。
「わたしは仲介役だし、あんまり派手な格好をしていると色々と厄介かも。王都の中でも治安の悪いところに行くし」
「仲介役、ですか?」
「うん。あ、ペリットはついて来なくてもいいよ」
「何をおっしゃいますか。わたしはどんなところでも、あなたのお傍にいます」
なんで隙があればドキドキさせてくるの?
お前はドキドキの権化か?
さて、ドレスを決まったし、そろそろお着換えでもしますか。
「じゃあ、ちょっと大変なお出かけになるけど、頑張ってね」
「ロコス様のためなら、どんな地獄にも耐えて見せましょう」
「一応念を押しておくけど、無茶はしないように」
「問題ございません。ロコス様が近くにいるだけで、無限に力が湧いてきますから」
「その元気はいつまで続くかなー」
ペリットは不思議そうに小首を傾げた。
まあ、これから行く場所は伝えないでおこうかな。
ちょっとしたサプライズだ。
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