第6話 1年でそうなる!? もうムリまじムリ心臓が耐えられない
『思い込み』って怖いなぁ、と思ったことはありませんか?
わたしは何度もあります。
前世ではそのせいで交通事故に遭い、高校受験に失敗しかけて、怪しい宗教に引っかかりかけたことがあります。
ええ。
またその恐ろしさを体感しています。
今日は、ペリットが執事としてわたしと再会する日。
もう1年が過ぎた。
もう1年?
まだ1年?
とにかく、我慢しすぎてどうにかなりそうだった。
だけど同時に、この1年は比較的平和だった。
おばさまの特訓とか、貴族としてのマナー指導とかはあったけど、日常の
レン王子との婚約はうやむやになっているし、出会うこともなかった。
なんだかレン王子もイベリスも忙しいらしい。
あと、お城に呼ばれて決闘を挑まれることがあった。
どうやら、レン王子に勝ったせいで『ロコスに決闘で勝てば爵位が上がる』と噂になってしまったらしい。
もちろん、わたしは負けなかった。
どやっ。
まあ、ちょっと忙しいぐらいがちょうどよかった。
暇があると、ついつい考えてしまうから。
あの子は今頑張っているのかな。
ちゃんとご飯を食べられているかな。
ちゃんとした服を着ているかな。
泣いてないかな。
寝られているかな。
風邪をひいてないかな。
ずっと、そんなことばっかり考えていた。
それも今日で終わり。
この日をどれだけ待ち望んだことか。
コンコン、と。
扉が叩かれた。
「お嬢様。ペリットを連れて参りました」
老婆の声だった。
この家の家事を取り仕切っている、
ペリットの教育を担当しているから、連れてきてくれたのだろう。
わたしはとっさに手鏡を見て、身だしなみを確認する。
本当は姿見が欲しいんだけど、この国は鏡を作る技術が低いから、上質で大きな鏡はなかなか手に入らないんだよね。
変なところないかな?
相手は子供だけど、身だしなみはちゃんと整えないと。
久しぶりに会うんだし、印象が悪いと今後の関係に影響が出てしまう。
よし、おっけー。
「入ってよろしいですわよ」
わたしは出来るだけ背筋を伸ばして、令嬢然とした
緊張しすぎて、少し言葉がおかしくなっちゃった。
まずは婆やが入ってきた。
もう還暦を超えていて、手も水仕事で荒れているのに、背筋がピンと立っている。
いつ見ても「こんなお年寄りになりたいなー」と思ってしまうほどに、元気で人当たりがいい。
「ペリット。お入りなさい」
ばあやの声に合わせるように、人影が見えた。
あの時のペリットは10歳ぐらいに見えたから、今は11歳ぐらいかな。
成長期だから結構大きくなっているかも。
それでも、わたしよりは身長は低そうだよね。
このあたりに顔があるかなー、と少し下に視線を向ける。
だけど、そこにあったのはお腹だった。
執事服の奥から、引き締まった腹筋が感じられる。
(あれ?)
視線をゆっくりと上に動かす。
わたしと同じ目線になっても、首までしか見えない。
首が痛くなるぐらいに見上げると、ようやくペリットの顔が見えた。
すごく立派で、かっこいいハイエナ獣人の顔。
高身長。
もふもふ。
…………ん?
「やっと会えましたね。ロコス様」
「だれ!?」
声もめっちゃいいんだけど!?
ちょっと渋めなのに幼さが残っている感じが最高なんだが!?
「悲しいですよ。1年前拾って頂いたペリットです」
「え、うそ!? ペリット!?」
ダメ。頭が追いつかない。
クラクラしてきた。
「大きくなり過ぎじゃない!? 魔法!? 魔法でも使ったの!?」
「そんな都合のいい魔法はありませんよ」
「で、でも、1年前はあんなに小さかったけどっ!?」
「1年もすれば、ハイエナ獣人は大きくなりますよ」
そうだった。
獣人は必ずしも、人間と同じスピードで成長するわけじゃない。
元になった獣に引っ張られるケースがある。
ハイエナが大人になるには3年しかかからない。
そりゃあ、1年で大きくなるかぁ。
「本当にペリットなの?」
「わたしは頂いたバゲットの味を、一度も忘れたことがありませんよ」
「……本当にペリットなんだ」
バゲットをあげたことは誰にも話したことがない。
怒られそうだったし、おばさまにも伝えていなかった。
ペリットはわたしの目の前に立ち直して、華麗にお辞儀をした。
「改めまして。今日からロコス様専属の執事になりました、ハイエナ獣人のペリットです」
すごく様になっていて、かっこいい。
わたしの視線はペリットの顔に釘づけだ。
「あの、俺の顔に何かついていますか?」
わたしはいてもたってもいられず、
「ねえ、ペリット。違う世界で暗殺者とかやってた?」
ペリットは少し困惑しながらも、真剣な眼差しで答える。
「ロコス様のためなら、暗殺の1つや2つ、成し遂げて見せましょう」
「いや、そういうことじゃなくて……」
わたしはまた、ペリットの顔をジーッと見つめた。
やっぱり、何度も見てきた顔だ。
間違えるわけがない。
前世の部屋で、画面越しに何回も舐めたり吸ったりした、あの顔だ。
え、やっぱりそうなの?
(これ、ペリット=
なんだか恐れ多くなってきた……。
そこらへんの獣人が執事になるのは別にいい。
だけど、突然推しが執事になるのは、話が変わってくるよ!?
え、いいの?
わたしなんかでいいの?
自分で言うのもなんだけど、悪役令嬢顔ぐらいしか取り柄がないよ?
全く貴族の令嬢っぽくないし、お城に行けばわたしよりいい人なんていっぱいいる。
しかも、ゲーム中では『ロコス・ロードデンドロン』に騙されて暗殺者をしてたんだよ!?
え、推しの人生を狂わせていいの?
ダメだよね???
ライン越えじゃない?
オタクとして超えてはいけないラインを踏み越えちゃってない!?
わたしは「すーはー」と深呼吸をしてから、口を開く。
「ねえ、ペリット様」
「ペリットとお呼びください」
「えっと。じゃあ、ペリットさん」
「ペリットとお呼びください」
「うぐっ」
なぜだか、ペリットから圧力を感じる。本気で怒った時のお母様に匹敵する。
……これは逆らえない。
「ペ、ペリット」
「なんですか? ロコス様」
ペリットは柔和に微笑んだ。
ちょっと小型犬っぽくてかわいい。
さっきとのギャップがすごくて、とトキめいてしまう。
「わたしなんかの執事で、本当にいいの?」
ペリットは一瞬驚愕したように目を見開いた。
だけど、すぐに微笑みを取り
「ロコス様。俺の主はロコス様ただ1人です」
「でも、わたしは拾った――というか、誘拐しただけだし……」
「なにをおっしゃいますか。あの出来事がどれだけ嬉しかったことか。あなたの傍にいたいと、どれだけ思ったことか。今やロコス様は俺のすべてなんです」
「そ、そう」
ペリットの顔が近づいてきて、わたしは思わず上半身を後ろに逸らしてしまった。
(めちゃくちゃ嬉しいけど、かなり重くない!? 影響与え過ぎじゃない!?)
とっさに婆やに『助けて』の視線を送った。
すると、茶目っ気たっぷりのウィンクが返ってきた。
あ、これ、『責任を取ってください』って言いたいんだろうなぁ。
わたしはペリットに向き直った。
こうなったら、わたしだって覚悟を決めよう。
でも最後に、ペリットの意思をちゃんと確認しておきたい。
「じゃあ、もし……もしも、わたしが『ここから連れ出して』って言ったらどうする?」
ペリットは迷う間もなく、答える。
「俺の雇い主はロードデンドロン家です。ですが、俺の心を照らし続けているのは、ロコス様だけです」
ペリットは片膝をついて、わたしの左手をとった。
「ロコス・ロードデンドロン様。あなたに俺の全てを捧げることを誓います」
華麗な動作で、ちゅっ、と。
手の甲に口づけをされた。
……されてしまった。
なにこれ?
夢?
あ、やばい。
ドキドキしすぎて限界だ。
わたしの体が自然と倒れていく。
幸せ過ぎて気絶することってあるんだ……。
意識が途絶える刹那。
視界の端で、婆やの姿が見えた。
渾身のガッツポーズをしてる婆や。
えっと、お前、1年間でナニを教え込んだの……?
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