第5話 ハイエナ獣人はかわいそうかわいい
お父様とここまで真剣に向かい合ったのは初めてかもしれない。
目の前で偉そうに座っているお父様は、すごく険しい顔をしている。
その横にはお母様。
こちらもかなり渋い顔をしている。
お父様はいかにも『ザ・お貴族様』みたいな顔をしている。
顔立ちは基本整っているんだけど、顔の節々に深いしわが刻まれていて、
まだ40歳にもなっていないはずなのに、すでに還暦の貫禄がある。
お母様は頭が痛そうに、こめかみをおさえている。
きつい釣り目とこめかみに刻まれた深いしわが印象的だ。
肌はキメ細かくてツヤツヤとしていて、見ているだけでお思わずため息が出そうになる。
だけどストレスのせいか、額に大きなおできが出来てしまっている。
2人とも見た目がすごくいいから、すごく絵になっている。
隣合わせで座っているんだけど、人がギリギリ入れないぐらいの距離を保っている。
なんかその距離感が『お互いに尊重している大人の関係』みたいな感じでとてもグッとくる。
わたし、この2人から産まれたって本当?
このカップルは推せるんだけど。まじ尊い!
ちがうちがう。
そうじゃなくて、今はお願いしに来たんだった。
「わたし、このハイエナ獣人の子供を執事にしたいです!」
「ダメに決まってるだろっ!」
わたしの脚に抱き着いている子供ハイエナを指さすと、お父様は怒鳴りつけてきた。
パワハラだっ!
ちなみに、子供ハイエナは10歳ぐらいに見える。
「じゃあ、わたしがこの子のメイドになりますっ!」
「お前は何を言っているんだ!?」
小さい子供のメイドって絶対に楽しいよね。
徹底的に教育して、わたし好みに染め上げたい。
まあ、こっちはさすがに冗談だけど。
お母様は頭が痛いのか、しきりにこめかみをさすっている。
声を張る気力も湧かないのかもしれない。
「大体、獣人を拾ってくるな。家族がいる可能性があるだろ」
「みんな殺されたらしいです」
わたしがしれっと告げると、お父様は「まあそうだろなぁ」と意味深に呟いた。
あれ? 驚かない?
子供ハイエナをゆうかぃ――じゃなくて保護した後、わたしは彼から事情を聴いた。
まだうまく言葉を話せないらしくて、かなりたどたどしかったけど、全部話してくれた。
家族が殺されたこと。
その後王都で細々と生きてきたこと。
お城で出会ったわたしを追いかけてきたこと。
それで、本格的に決意した。
わたしはこの子を救いたい。
まあ、推しを執事にしたい野望はまだ持っているけど、目の前の子供を助ける方が優先だ。
「お前。普通の獣人ならまだしも、よりによってもハイエナ獣人など……」
「そういえばハイエナ獣人を全然見かけませんけど、何かあるんですか?」
「お前なぁ……」
お父様は震える手で水を飲んで、一息ついた。
結構怒ってるなぁ。
「その子供、一旦隣の部屋に連れて行きなさい。これから話すことは」
「それが全然離れなくてー」
「困ってる顔には見えないぞ」
おっと、顔が勝手にニヤニヤしてたみたい。
ダメだぞ、わたしの表情筋!
って、冗談を言ってる場合じゃないか。
「ねえ、ちょっといい?」
優しく声を掛けると、さらに強く抱きしめてきた。
わたしは気合で表情筋を抑え込む。
「言うこと聞いてくれないと、一緒にいられなくなるの。少しだけ、隣の部屋で待っていってくれない?」
「…………」
ハイエナ子供は、おびえた様子でわき腹に顔をうずめてきた。
わたしは困り果てて、とりあえず頭をなでると、少し名残り惜しそうに離れてくれた。
でも、動いてくれない。
わたしは目線を合わせるように屈んで、話しかける。
「そういえば、名前は?」
「ぺりっと」
「ペリット。いい名前だね。わたしはロコス。よろしくね」
わたしがペリットを抱きしめた。
かわいすぎて、我慢できなかったわけじゃないからね?
「ペリット。大人しく隣の部屋で待ってて。絶対に大丈夫だから」
ペリットはコクリと頷いて、隣の部屋に向かってくれた。
耳まで真っ赤でかわいすぎかよ。
ドアが閉まると、後ろからお父様の「はああぁぁぁ」という深いため息が聞こえた。
「……お前なぁ」
「なんですか? ちゃんと言うことは聞かせましたよ」
「残酷なことをしている自覚はあるか?」
お父様の言いたいことはわかる。
猫を拾うのとはわけが違う。
でも、もう覚悟は決まっている。
わたしは胸を張って、お父様の瞳を見つめ返した。
「わたしはあの子を執事にするって決めてますから」
「そうか。まあ、この国のハイエナ獣人の扱いについて聞いてから、もう一度問うとしよう」
お父様は「ごほん」と咳払いをして、顔を引き締めた。
「このケモッフ王国は獣人と人間が共存する国だ」
「ですから、ハイエナ獣人が普通にいてもおかしくないはずです。ハイエナ獣人もれっきとした獣人ですから」
「だが、同時に『土の大精霊』を神格化し、肥沃な土地に誇りを持っている国でもある。『土の大精霊』を信仰する宗教が国教であり、その教えは国民に浸透している。ここまではわかるな?」
「はい」
わたしはぎこちなく頷いた。
日々の勉強の甲斐があって、なんとか話についていけてる……はず。
「宗教が最も深く関わるのは、葬儀だ。この国での埋葬方法はわかるか?」
「たしか土葬……ですね」
「その通りだ。他の国では別の方法をとっているが、なぜこの国が土葬を選んでいるかわかるか?」
わたしは首を横に振った。
そこまでは知らない。
「死後、体を土に還すことで次の世代の礎になる。この考えが根強いからだ。昔から『土の大精霊』を信仰してきた影響だな。死んだ後この国の土に還るのが自然の摂理で、絶対のルールだと考える者が多い」
お父様は一拍置いて、ゆっくりと口を開いた。
「だが、ハイエナ獣人は骨を食う」
「――っ!」
ここまで言われれば、さすがのわたしだって理解できる。
骨が土に還ることを妨げるハイエナ獣人が、いい扱いをされるわけがない。
こんな話、ゲームの中でも出てこなかった。
裏設定なのだろうか?
「じゃあ、彼の家族が殺されたというのは……」
「迫害の結果だ。大方、不作や流行り病の原因だと決めつけられたのだろう」
「この国でハイエナ獣人が生きていくのは難しい」
「でも、だからこそ、わたしは彼を救ってあげたいんです」
わたしはお父様の瞳を見つめ続ける。
頷いてくれるまで、視線をはずすつもりはない。
わたしの想いが伝わったのか、お父様の眉が下がった。
「わかった。好きにしろ。だが、なにかあったら責任を取ってもらうからな」
「ありがとうございます!」
やった!
なんとかなった!
喜びのあまり、心の中でソーラン節を踊っていると――
「ダメにきまってるでしょ!」
「お母様!?」
ずっと黙っていたお母様が突然立ち上がった。
「あなたは最終的にはロコスに甘くなってしまうのだから、私がいてよかったです」
お母様ににらみつけられて、お父様は冷や汗をかいた。
意外と尻に敷かれるタイプなんだよね。
今度はわたしに視線が向く。
釣り目だからかなり怖い。
「わかっているのですか? 彼の一生を保障しないといけないんですよ」
「わかっています」
「では、その覚悟を示してもらいます」
お母様はわたしの目の前で、指を一本立てた。
「1年」
「いちねん?」
「1年。彼には執事としても教育を受けてもらいます」
「いいんですか!?」
わたしは思わず叫んだ。
だけど、お母様は冷静に続ける。
「ですがその1年間、あなたとペリットが出会うこと禁じます」
その言葉に、一瞬真っ白になった。
文句を言いたかったけど、お母様から「絶対に異論は認めない」というオーラがあふれ出ていた。
「……はい」
「その後、お互いに考えが変わらなかったら、彼を正式にあなたの執事として認めましょう」
お母様はきっと「この子は飽きっぽいから呑まないでしょう」とか考えているのだろう。
でも、わたしの前世はオタクだ。
興味がないことには適当だけど、趣味や推しのことになると途轍もないエネルギーを発生させる。
「わかりました。一年ぐらい待ちます」
「そう。相変わらずよくわからない子ね」
お母様は複雑な表情で頷いた。
それから、わたしはペリットが待つ隣の部屋に向かった。
ドアを開けた瞬間、彼は警戒していたけど、わたしの顔を見ると子供らしい笑顔になった。
「ねえ、ペリット。1年待ってくれる?」
「どういう……こと?」
わたしは執事になる条件について話した。
聞き終わったペリットは、即決してくれた。
「ろこすと、ずっといっしょにいたい。だから、がんばる」
すごく嬉しかった。
今すぐ自分の部屋に連れて帰りたい。
いろんな服を着せたり、毛づくろいしてあげたり、色々としてあげたい。
でも、我慢だ。
この子の決意を無駄にしてはいけない。
「ありがとう」
1年分の想いを込めて、ギュッと抱きしめた。
………幼くて柔らかい毛のもふもふ感、たまらない。
そして1年後。
わたしは腰砕けになる。
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