第4話 わたしの師匠は最高権力者

「お前は何をしたのかわかっているのか。」

「……はい。はい。申し訳ございません」

「本当に反省しているか?」

「反省はしております」

「反省しているようには見えないんだがな」

「反省しすぎて、前世の親の顔が恋しくなっています」

「やっぱり反省していないな……?」



 お父様は「はああぁぁ」と深いため息がついた。

 年のせいか、少し息が臭い。



(まさか、こんな事態になるなんて……)



 婚約破棄を決闘で阻止したわたしは、家に帰って早々叱られてしまっている。


 どうやら、わたしが決闘で買ってしまったせいで派閥のパワーバランスとかがグチャグチャになってしまったらしい。

 まあ、それ以前に「王族に決闘を申し込むな!」ということらしい。



「ですが、わたしは一方的に婚約破棄をされたんですよ?」

「それは聞いている。だがな、当事者だけで決められる話ではないのは、お前も知っているだろう」

「向こうは本気でした。王子が押し切ろうと思えば、押し切れたはずです。それに、新しい相手が相手なだけに、実現する可能性は十分にあった……と思うの……ですがっ!」



 やばい。

 言い訳を必死に考えすぎて、頭が噴火しそう。



「ああ、彼女の持つ『願いの魔力』は確かに強力だ。持っているだけで権威になるほどに」



 『願いの魔力』。

 『もふ溺!』の主人公が持つ特別な魔力だ。

 人生で一度だけ、他人の・・・願いを叶えることが出来る。


 このケモッフ王国の建国の一助になったと言い伝えられている力で、血が関係なくても王妃になれる可能性すらある。

 それほどに神聖視されている力らしいのだけど、イベリスの扱いについてはかなり意見が割れているらしい。


 ちなみに、お父様はレン王子派閥の筆頭だ。

 だから彼とわたしは婚約者関係にあった。



「まあ、ケガがなかったんだからいいじゃないの」



 突然。

 横から声が聞こえて、わたしは顔をぱぁっと明るくした。


 そこにいたのは、背筋がピンと立った70歳ぐらいの女性だ。

 身にまとっている服は黒と、どこか修道服を彷彿とさせる。

 最も特徴的なのは、足元で元気に揺れている草花だ。とても青々しくて、生命の強さを感じる。

 最初から草花があったわけじゃない。彼女の力によって、自然と生えてきたものだ。



「土の聖女様。いらしていたんですか」

「面白い話を聞いたから、会いに来たのよ」

「おばさまっ!」



 わたしが抱き着くと、おばさまは目を細めて頭を撫でてくれた。



 『土の聖女』。

 この国の最高権力者と言っても過言じゃない人だ。

 一部では国王よりも強い権限を持っている。


 その権威の理由は、建国記の内容だ。

 国を作ったのは『初代国王』と『初代土の聖女』。

 その中でも、安住の地と肥沃ひよくな大地を作ったと言われる『初代土の聖女』は、


 その力の源は『土の大精霊』だ。


 魔法の属性。

 火・水・風・土。

 その1つにつき、たった1つだけの『大精霊』が存在している。

 その大精霊を宿した人間は『聖女』とか『聖人』と呼ばれている。


 そして、この世界に存在する4つの国がそれぞれ、大精霊を保有している。

 しかも、大精霊はすべて建国記で活躍が綴られているような存在だ。


 だから『大精霊』は神と同一視されることも多い。

 つまり目の前にいる土の聖女様は、この国の現人神あらひとがみと言っても過言じゃない。


 ちなみに、わたしの曾祖母そうそぼが先代の土の聖女だったらしい。

 その縁もあってか、おばさまはわたしによくしてくれている。



「ロコス! 失礼だろ」



 お父様が叫ぶと、おばさまはにっこりと笑った。



「いいじゃないの。私にとって孫みたいなものだし。ねー」

「ねー」



 わたしが子供っぽく返すと、お父様の額に青筋がたった。



「そうは言われましても……。こちらにも立場というものがありまして」

「あら、随分立派なことを言うようになったのね。あんなに小さかったのに」

「やめてください。人が悪いですよ」

「ねえ、ロコス。お父様が何歳までおねしょしてたか、知りたい?」

「本当にやめてくださいっ!」



 お父様が叫ぶと、おばさまはクスクスと笑った。

 つられてわたしも笑ってしまう。


 おばさまは本当に聖女みたいな人だ。

 そこにいるだけで、場を和やかにしてくれる。

 


「それでロコス。レン王子との話、聞かせてくれる?」

「うん!」



 おばさまの前では、ついつい子供っぽく振舞ってしまう。


 それから、わたしはレン王子に婚約破棄を言い渡されて決闘をした話を演劇風に語った。


 笑ったり頷いたり、おばさまは真剣に聞いてくれて、ついつい語り口に熱が入ってしまった。



「ありがとう。よくわかったわ」

「それで、何か」

「大丈夫。レン王子も悪いわよ。それに、私がビシッと言っておくから」



 多分、おばさまの一言で責任とかは全部うやむやになる。

 それだけの力があるのだ。


 まあ、おばさまがわたしを鍛えた張本人だから、庇ってくれると信じてたっ!

 修行のことは思い出したくない……。

 めっちゃスパルタだった。



「あ、そうだ。おばさまに鍛えてもらったお陰で勝てたから、お礼がしたくて……」

「楽しみ」

「ちょっと待ってて」



 そう言うと、わたしは土であるもの・・・・を作って見せた。



「へー。おもしろそうね」



 そう呟いたおばさまの目は、鋭く光っていた。 




◇◆◇◆




 わたしは大変なことをしてしまったのかもしれない。

 おばさまにある・・提案をしてから1週間後。



「ハーイ。元気だったかな? ベイビー」

「あ、はい。元気です」



 変わり果てたおばさまを前に、唖然とするしかない。

 服装は修道服のままだけど、サングラスを着けていて、それも十分におかしい。

 だけど、一番問題なのはまたがっているものだ。



「それはなにより。スイート」

「えっと、何しにきたんですか?」

「なに、すこしこいつをふかしたくなってね」



 おばさまはバイクを親指でさした。


 土の魔法でつくったバイク。

 魔力によって動かすことができて、実際のバイクよりはかなりシンプルな構造だ。

 「最近移動が退屈でつらい」って言っていたから試しに提案してみたのだけど、ドハマリしてしまったらしい。

 すでにかなりのカスタムが施されていて、昔の暴走族みたいになってる。 



「あ、あはは」

「20歳ぐらい若返った気分。素敵なプレゼントをありがとうね」


 

(いや、50歳ぐらい若返ってそうだよ)



 アタシは内心でツッコミをいれながら、



「それでは、アデュー」



 聖女様はブロロロロロ、とけたたましい音を立てながら行ってしまった

 エンジンを積んでいないのに、なんでそんな音がするのだろうか。


 ちなみに、バイクが通った後には花畑が出来ていて、頭がバグりそうだ。



(まあ、年寄りが元気なのはいいことだよね)



 家に戻ろうと振り返ると、わたしはギョッとした。

 お母様が倒れていたのだ。



「あぁ……」



 土の聖女様のことが大好きな人だから、さもありなん。

 まあ、次の日には「ワイルドな聖女様も素敵!」とか言いながら趣味の油絵を描いているだろう。


 お母様を家の中に運び入れると、視線を感じた。



「ぁ……」



 ハイエナ獣人の子供が、木の陰からこちらを見ていた。

 決闘の場にいた子だ。


 迷子かな?



「――っ!」



 子供ハイエナはわたしの視線に気付いたのか、走り出してしまった。



(あ、逃げる)



 わたしはこっそりと魔法で土をモリッと隆起させた。

 すると、ハイエナ子供はキレイに転んで気絶してしまった。


 そのまま素早く近づいて、周囲を確認する。

 よし、誰もみていない!


 小さな土人形を作って運ばせて、自分の部屋に連れ込んで、そーっと扉を閉めた。


 いや、誘拐じゃないからね……?

 保護だからっ!

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